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ラピスの日常

 ラピスは古き魔女アーカーシャによって作られた最初の自動人形である。

 アーカーシャが数百年間に渡って溜めに溜めた蔵書を管理するのが主な仕事であり、アーカーシャの館の雑用全般も彼女が行っていた。

 仕事量が多いため一体では手が回らず、常に複数体のラピスが稼働している。ラピス達は記憶を共有しているため、個体間の区別はない。


 その日も、ラピスは黙々と館の掃除を行っていた。アーカーシャの蔵書が納められた図書館は吹き抜けの構造になっており、見上げるとどこまでも本棚が並んでいる。

「ラピス!!」

 そんな彼女に、声をかける者があった。


 吹き抜けの廊下の上から、少年が手を振っている。

 背中と右目に異形の翼が生えた彼は、現在この館に暮らしている唯一の人間だ。伸びてきた白い髪を、後ろで無造作に一つに括っている。


 彼は階段を使わずに廊下から飛び降りると、空気を操ってふわりと着地した。

「スイ、……上手くなりましたね、魔法の扱い方が」

「ありがとう。浮遊はまだ難しいけど、落下速度の調整くらいなら何とか……」


 アーカーシャの弟子である彼は、この館で魔法を学んでいる。とはいえ、アーカーシャは簡単に何でも教えてくれるタイプではないため、もっぱら彼は自力で試行錯誤していた。

 だが、その放任主義な教育方針に、スイは居心地の良さを感じているようだった。時折自分からアーカーシャの部屋を訪ねては、何やら長時間話し込んでいる。


「……それで、私に何かご用ですか?」

「うん、ちょっと探してほしい資料があって……。『世界樹』について書かれた本ってないかな?」

「世界樹ですか……。お伽話や神話にはよく出てきますが、詳しく研究された文献となると意外に少ないですね」

「そうなんだ……」


 ――世界樹。この世界の真理を表す抽象的な概念として、文献の中にはよく登場する。

 だがその実態が一体何なのか、詳しくは分かっていない。


「ちなみにですが、理由を聞いてもいいですか?」

 ラピスは尋ねた。

「……オニキスが言っていたんだ。僕が世界樹に至る鍵に成り得るって。それが気になって……」


 ――オニキス。アーカーシャの作った三番目の自動人形であり、ラピスにとっては妹にあたる。

 親であるアーカーシャから離反して長らく行方不明になっていたが、先日スイが首だけ持ち帰って来た。彼女の首は、今はアーカーシャによって封印されている。


 スイがオニキスに拉致されてから、彼にとって辛いことがあったという話はラピスも聞いている。そのせいか、エルシアから帰って来たスイは少しだけ雰囲気が変わったような気がした。


「世界樹についてはお母様に聞いた方が早いかもしれませんが、一応、文献は探しておきますね」

「ありがとう、ラピス」




 脳内に蓄積されている蔵書の情報から、該当しそうな本をラピスはピックアップする。

 ――そういえば、禁書庫の中に世界樹について書かれた本があったかもしれません。


 禁書庫は、古い希少本が保管されている書庫である。特殊な魔法がかけられていたり、読むだけで悪影響が出るような危険な本はそこに厳重に保管されていた。

 ――定期点検のついでに探しに行ってみましょう。そう思い、ラピスは禁書庫の鍵を取り出した。



 増改築を繰り返したせいで迷路のようになっているアーカーシャの館の奥深くに、禁書庫はある。ラピスが扉の鍵を開けると、カビ臭いような独特なにおいが鼻を突いた。


 ラピスが掃除をしながら本の状態を確認していたその時、カタカタという小さな音が書庫の中から聞こえた。

 経年劣化で装丁の崩れかけた本が、ひとりでに小さく震えている。


 ――しまった。

 本に施された封印の魔法が弱くなっていたようだ。本から黒い染みのようなものが漏れ出し、人のような形を作って実体化していく。緑色の皮膚に蝙蝠のような羽根の生えた、醜悪な魔物が顕現した。


『ははははは……!! 我が名はグフルーン!! 永き封印よりようやく目覚めた……!!』

 古代の言語で、魔物は聞かれてもいないのに勝手に自己紹介をした。


『運が悪かったな小娘!! 貴様には我の犠牲者第一号になってもらう!! 喰らえ!!

 ……究極灼熱魔法(メガ・フレア)!!』


 しかし、魔法は発動しなかった。


『…………お?』

『残念でしたね、あなたの時代とは環境が違うんですよ』


 古代と現代では、空気中のエーテル濃度が異なる。エーテル濃度の薄い現代の環境下では、古代魔法は当時の術式のままでは発動しない。


『く、くそっ……!!』

 魔法が使えないと知ったグフルーンは、今度はその鋭利な爪でラピスを襲った。だが、ラピスはその攻撃をかわし、持っていたモップの柄をグフルーンの顎に叩き込む。


『ぐはぁっ!?』

 ラピスとて自動人形である。ガーネットほどではないものの、身体能力は一般人よりは高い。

 グフルーンは慌てて天井まで退避し、開いている扉から逃走を試みた。


「逃がしません……」

 ラピス同士は情報を瞬時に共有できる。魔物の封印が解けたのを見た瞬間から、別のラピスが行動を起こしている。

 禁書庫の扉の向こうは一本道の狭い廊下だ。そこで、もう一人のラピスが捕獲用の網を持って待ち構えていた。もちろん、普通の網ではない。封印魔法が織り込まれた魔道具である。


 ラピスとラピスに挟み撃ちにされ、グフルーンはあっけなく捕獲された。


「……ラピス、大丈夫? 何かあった?」

 騒ぎに気付いたのか、スイが様子を見に来た。


「いえ、ご心配は不要です。もう終わりましたので」

「こちら、お探しの本です。どうぞ」


「あ、ありがとう。……その魔物は?」

 ラピスから本を受け取りつつ、封印の網に捕獲されて身動きが取れなくなっている魔物を見て、スイは尋ねた。


「グフルーンとかいう古代の魔物です。高位の魔法を操るので昔は厄介な魔物だったんですが、」

「現代の環境下では魔法が使えないのでただの雑魚ですね」

「とはいえレアな魔物ではあるので、このまま標本にするかもう一度封印し直すかは、」

「お母様に相談しようと思います」

 二人のラピスは交互に言葉を継ぎながらそう答えた。


「そ……、そっか。お疲れ様……」




 アーカーシャに魔物を引き渡し、ラピスは事の次第について報告を終えた。

 周囲が暗くなり、発光生物の灯りが輝き始める頃、どこからか食事の匂いが漂ってきた。


 スイがこの館で暮らすようになってから、物置だった部屋の一つを改装して台所を作った。この館にはもともとアーカーシャと人形達しか住んでいなかったため、食事を必要とする者は誰もいなかったのだ。

 スイは少しずつ調理器具を揃え、最近では氷結の魔法陣を仕込んだ冷凍庫を自作して、肉や野菜を保管していた。


 ラピスが何気なく台所を覗くと、スイは一人で料理をしていた。

 彼は庭の一角に小さな畑を作り、ささやかに野菜を育てている。畑で採れたパルパラの実をざく切りにして煮込み、スープを作っているようだ。


「……あ、ラピス。何か用?」

 ラピスがいることに気づき、スイは振り返って尋ねる。


「いえ、特に何も。様子を見に来ただけです。……毎日食事を作らないといけないなんて、人間は大変ですね」

「まあね……。でも僕は作るのも食べるのも好きだから、けっこう楽しいよ」

 苦笑しながら、スイは答えた。

「そういうものですか……」



 その時、館の玄関の方で元気の良い声がした。

「ただいま~!!」

 声の主は、廊下を迷わずに駆けてくると台所にひょっこりと顔を出した。鮮やかな緋色の髪をツインテールにした少女だ。


「ガーネット、おかえり」

 嬉しそうに、スイは彼女を出迎えた。


 ガーネットは、アーカーシャが作った二番目の自動人形だ。

 ラピスが館の中の仕事を全て切り盛りしているのに対し、ガーネットは館の周辺の見回りが主な仕事である。また、基本的に表に出ないアーカーシャに代わって、人間達との交渉を行うのも彼女の役割だった。そのため、人当たりが良く明るい性格に造られている。


「スイ、これお土産!!」

 ガーネットは、森で狩ってきたと思われるプテロンの肉を持ってきた。ちゃんと皮を剥いで血抜きしてある。

 ちなみに、プテロンはこの辺りでは珍しくない小型の翼竜だ。家畜化されたものが人間に飼われているが、野生の個体は縄張り意識が強く凶暴である。


「ありがとう、ガーネット。今ちょうど夕飯を作っているところだから、スープに入れるね」

 ガーネットから受け取った肉を、スイは手際よく切り分けていく。最初の頃に比べると、肉の調理にもだいぶ慣れたようだ。


 スイがこの世界にやってきた最初の頃から、ガーネットは何かとスイのことを気にかけている。

 もっとも、当初は保護対象として善意で世話を焼いていたのが、最近では「可愛い弟」に接するような感じに変わってきている。……というのが、ラピスから見た印象だった。


 エルシアから帰ってきた後も、スイの精神状態を心配して、ガーネットは頻繁に様子を見に来ていた。



「……ところで、ローズクォーツの情報は何かあった?」

 完成した夕飯を食べながら、スイはガーネットに尋ねた。

「それが全然」

 ガーネットは答える。


 ――ローズクォーツ。

 アーカーシャの作った四番目の自動人形。彼女も、オニキスと同じようにアーカーシャから離反して姿を消している。

 オニキスの件があった今、彼女のことも放置していては危険かもしれない。そのため、ガーネットはシェナスやオルスローなどの町で聞き込みを行い、ローズクォーツの情報を探していた。――が、今のところ有力な情報は全く得られていない。


「前に、シェナスでローズっぽい子を見かけたって本当?」

「うん……、すぐに見失ってしまったんだけど……。全身真っ白で、右目が薄桃色だった。左目は紫だったと思う」

「それは、間違いなくローズだね……。今どこにいるんだろうあの子……」


 ローズクォーツの探索には、まだしばらく時間がかかりそうだった。




 夜が更け、ラピスは夜間の見回りを行っていた。

 スイの部屋の前を通りかかると、彼の部屋からはまだ明かりが漏れていた。


「……スイ、まだ起きてるんですか」

 ノックをして、ラピスは彼の部屋のドアを開ける。スイは、昼間ラピスが渡した本を黙々と読んでいた。

「勉強熱心なのは結構なことですが、体に悪いですよ。あなたは私達と違って、眠らなくても平気な体ではないんですから」


「うん、キリのいいところまで読んだら寝るよ。……心配してくれてありがとう、ラピス」

「……いいえ」


 一通り見回りを終えてから念のためもう一度スイの部屋を確認すると、ちゃんと明かりは消えていた。


 ――さて、では私も眠りましょうか。

 自動人形であるラピスは、人間のように睡眠を取る必要はない。だが、仕事の手が空いた時は、控室で待機モードになって眠りについている。


 ――今日も、何事もない平和な一日でした。


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