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古き魔女テジャス

 ――時間を少し遡る。

 マリアンジュが翠を助け出そうとしてくれたあの時、翠は彼女に尋ねた。


「それよりも、確認したいことがあるんです……」

「……え?」


「この城の地下に、何があるか知りませんか? 例えば何か大きな設備があるとか……」

「いや、何も聞いたことはないが……。どうしてどんなことを聞くんじゃ?」


 フラムフェル城に来てから、翠はずっと気になっていることがあった。

 この城には、不自然なエーテルの流れがあるのだ。フラムフェル城は軍事要塞でもあるから、大量のエーテルを使用するような大規模な設備か何かがあるのだろう……と、最初はそう思っていた。


 エーテルの流れの源は、城の地下にあるようだった。

 城の地下から発生し、城全体を巡るように流れるそのエーテルの流れは、まるで生物の血管の流れのようにも見えた。

 ――そこで翠は、ある可能性を思いついた。ほとんど直感のような思い付きだった。


「あの、ちなみに……。エルシアにいるという古き魔女テジャスの話を聞いたことは……?」

「もちろん、お伽話にもよく出て来るし知っておるぞ。……でも、テジャスがどこにいるのかは誰も知らんと聞いておる」

「そう……ですか……」


 翠は何とかベッドから起き上がり、ふらつく足で立ち上がった。

「だ、大丈夫か……? やっぱり逃げるのか?」

「いえ、逃亡はしませんが、行きたい所があります……。オニキスに気づかれる前に……」


「じゃあ、私も一緒について行く……!!」

 そう言って、マリアンジュは翠の服をぎゅっと握る。


「え!? いえ、危険なので部屋に戻っていて下さい……」

「私の方が城の内部には詳しいし、もし見つかった時も私がいた方が都合がいいじゃろ?」

「そ、それは……そうかもですが……」

「心配しないで私について来い。皇族しか知らない秘密の抜け道があるんじゃ」

「……わ、分かりました」




 マリアンジュに教えてもらった抜け道を使い、二人はフラムフェル城の地下へと降りて行った。

 城の地下には、まるで迷路のような地下道が広がっていた。石造りの通路が、延々と続いている。どこからか水の流れる音も聞こえてくるため、水路と繋がっているのかもしれない。

 発光生物が多少は入り込んでいるようだが、通路は薄暗い。ランプを掲げて、二人は慎重に歩を進めた。


「……地下はこんな風になっていたんですね」

「うむ、この城が建てられる前からある古い地下道なんじゃが、今では使われていない通路の方が多いんじゃ。私も知らない道の方が多いし、多分父上でも全ては知らないと思う」

 気丈に振舞っているが、やはり怖いのだろう。マリアンジュは、翠の服の裾をしっかりと握りしめている。

「わ、私から離れるんじゃないぞ!? 迷ったら出られなくなるからな……!!」

「……はい」

 翠は、マリアンジュの小さな手を握った。少女は、少しだけ安心したように微笑んだ。



 地下に降りた時から、エーテルの流れはより強くはっきりと視えるようになっていた。

 脈動するようなその流れを辿って、翠は歩いて行く。

「……こっちですね」

 抵抗するように、マリアンジュは足を止めた。

「そ……、そっちの道は知らん……」


「大丈夫です、目印を付けながら行きましょう」

「そっちに何があるか分かるのか……?」

「いえ、何があるのかはっきりとは言えませんが、確実に何かはあると思います……。かなり強いエーテルの流れが視えるので……」


「エーテルの流れ……? そんなものが、スイには視えるのか……?」

 驚いたように、マリアンジュは尋ねる。

「……はい。この右目に生えた羽根のおかげで」


 更にしばらく歩いて行くと、通路は不意に行き止まりになった。

 だが、エーテルの発生源は明らかにこの先にある。


 よく見ると、壁に何か文字が刻まれていた。どうやら古代文字のようだ。

「……“眠りを妨げる者は覚悟しろ” ……?」


 翠がそれを読み上げると、石がこすれ合う音とともに壁がゆっくりと開いた。


「な、なんじゃここは……!?」

 マリアンジュが、翠の手をぎゅっと握りしめる。


 そこは、円形の狭い部屋だった。

 部屋の床いっぱいに、魔法陣が描かれている。そして、その中空に浮かんでいたのはむき出しの心臓だった。心臓はドクンドクンと拍動し、その拍動に合わせてエーテルの流れも脈動する。


 恐る恐る、翠はその心臓に手を触れようとした。

 ――その時。


「気安く触んじゃねえええぇぇぇ!!!!!」


 突然、空気を震わせるほどの大声が響いた。同時に火柱が立ち上り、長い髪に炎をまとった女が姿を現した。身長が高く、外見だけならモデルのような美女なのだが、その態度や仕草は男性的だった。


「俺の眠りを妨げたのはお前かぁ!? 人間!!」

 横柄な態度で、女は翠のことを睨みつける。その勢いに気おされて、翠はマリアンジュを背中に庇いながら後ずさる。

「……はい。あ、あの……、あなたは……」


「俺はテジャス。古き魔女テジャスだ!!!!」

 胸を張って、女は大声でそう名乗った。


 ――い……、いちいち声が大きい……。何だか想像してた感じと違うな……

 アーカーシャとのあまりの違いに、翠は内心で驚いていた。どうやら、「古き魔女」にも色んなタイプがいるようだ。


「やっぱり……、この城のエーテルの流れの源は、あなただったんですね……」

 ――確証はなかった。本当に、ただの賭けだった。


「ん……?」

 翠のその言葉に、テジャスはわずかに眉をひそめた。

「妙なことを言うやつだな、人間。エーテルの流れだと……?」

「はい。……僕には、エーテルの流れが視えるんです」

 エーテルは本来、不可視の元素である。その流れを視覚的に『視る』ことなど、恐らく古き魔女でも難しいはずだ。その証拠に、テジャスは翠に興味を示した。


「その目に生えてる妙な羽根のせいか? おもしれぇな。……で? わざわざ俺の眠りを妨げた理由は何だ? 大した理由じゃなかったらただじゃおかねぇぞ!?」


「……あなたと、取引がしたい」

 翠は言った。


「あ……?」

 その言葉に、明らかにテジャスは気分を害したようだった。もともと険の強い目つきが更に険しくなる。

「てめぇ、自分で何言ってるか分かってんのか? この俺様と取引だと……!?」


「はい……。僕に力を貸してください」

 彼女の剣幕に逃げ出したくなる気持ちを押さえて、翠は答えた。


「ふん、取引と言うからには何か差し出せるものがあるんだろうなぁ!? 古き魔女の力は安くねぇぞ!? 言っとくが、お前の命とかはいらねーからな!! 人間の命に興味ねぇし!!」


「……僕が持っている異世界の知識、……とか、興味ないですか」


 テジャスが、目の色を変えるのが分かった。

 ――食いついた。


 アーカーシャと接しているうちに、翠は気づいていた。永い時を生きている古き魔女は、生きることそのものに飽きている。新しい知識に飢えているのだ。


「……お前、一体何者だ? 人間」

「僕は神崎 翠。こことは別の世界から来ました」


 翠の背に隠れるようにしているマリアンジュが、息を飲むのが分かった。だが、今は彼女を気にしている暇はない。

 テジャスが、翠に顔を近づけてきた。燃える髪が触れそうなほど近いのに、熱さを感じない。

 翠は、彼女の姿が実体を伴っていないことにその時気づいた。


「その言葉が本当なら、お前の記憶を見せてみろ。引き換えに、一つだけお前の頼みを聞いてやる」

「わ、分かりました。……あの、できたら目から触手を突っ込む以外の方法でやって下さい……」


「あ? そんなことしねぇよ」

 テジャスの姿が炎に変わる。炎は翠の体を覆い、口や耳から体内に侵入してきた。

「うっ……」

 思わず身構えたが、熱さは感じなかった。しかし、何かが体の中に入って来る妙な気持ち悪さはあった。

 ――触手よりはマシだけど、やっぱり嫌だなこれ……


「す、スイ……!! 大丈夫か……!?」

 翠自身よりも、マリアンジュの方がうろたえて涙声になっていた。

「だ……、大丈夫です……。痛くも熱くもないので……」


 炎に体をまさぐられるような感覚にしばらく耐えていると、やがて炎は翠の体から離れ、テジャスは元の女性の姿に戻った。

「……本当なんだな、異世界人。カンザキ・スイ」

「はい……」


「ふん、いいだろう。面白いものを見せてもらった礼に、一つだけお前の頼みを聞いてやる」

「……ありがとうございます。僕の記憶を見たなら、状況を説明する必要もないですよね。……情報を、伝えてほしいんです。ガーネットと、アーカーシャに」


 その名前を聞いた途端に、テジャスは少し嫌そうな顔をした。

「アーカーシャかぁ……。お前、あいつの弟子なんだって? あんな根暗野郎なんてやめて、俺んとこ来ねぇか?」

「え!? えーと、さすがにそれは……ちょっと……」

 ――体育会系っぽいテジャスとは性格が合わなそう……とは、さすがに口が裂けても言えなかった。


「つーか、本当にそれだけでいいのか? そのオニキスとやらを倒してほしいとかでなく?」

 ――確かに、テジャスであればオニキスなど敵ではないだろう。……でも。


「オニキスは、僕が自分で倒したいんです……」

 彼女には、トラウマを抉られて精神をズタズタにされた。――それ以上に、僕に人殺しをさせたことを絶対に許さない。


「ははっ、その心意気は気に入ったぜ。やっぱり復讐するなら自分の手でやらねーとなぁ!!」

 テジャスは高らかに哄笑した。


「一個だけサービスだ。元居た場所まで送ってやるよ。あんまり時間ねぇんだろ?」

 翠とマリアンジュの体を、熱の無い炎が包み込んだ。


「お前の仲間にはしっかり伝えといてやるから安心しな!! あとは自分で上手くやれよ!!」


 視界がぐにゃりと歪み、気が付くと、翠とマリアンジュの二人は元居た場所――翠が軟禁されていたオニキスの部屋のすぐ近くにいた。

 ――空間転移。息をするように高度な魔法を使うなぁ……


「……な、何だったんじゃ今のは……。古き魔女テジャス……、ほ、本物……!?」

 今になってマリアンジュがパニックを起こしている。

「マリアンジュ様、……今日のことは絶対に秘密にして下さいね」

「わ、分かった。二人だけの秘密じゃな……!!」


 マリアンジュは、翠の手をぎゅっと握る。t

「……スイの秘密も、絶対に誰にも言わんぞ」

「ありがとうございます……」

 翠は、幼い皇女の頭を優しく撫でた。



 それから、翠はオニキスに完全に洗脳されたふりをして、機会が訪れるのを待っていた。



 *****



「……私の負け、ですわね」

 オニキスは自嘲気味に笑った。古き魔女まで出てきたとあっては、もう彼女に打つ手はない。


「さあ、殺してくださいませ。あなたの手で」

「……うん」


 正直なところ、オニキスの気持ちも翠には少しだけ分かる。絶対に超えられない存在を親に持った絶望感や焦燥感。翠も、兄に対してずっとそんな感情を抱き続けていた。

 ――でも、だからと言ってこんな風に無関係な人間をたくさん巻き込むようなやり方は、許すわけにはいかない。


「……explosion……」


 最期の瞬間に、オニキスは言った。

「“……愛しているわ、スイ……”」



 文字通り人形のようにバラバラになったオニキスの首を拾い上げた時、腰を抜かしたまま無様に逃げようとしているアルフレッドの姿が目に入った。


「ひっ……」

 翠と目が合うと、彼は全力で命乞いを始めた。

「な、何でもやる……、望む物は何でもやるから命だけはどうか……!!」


 ――ああ、そういえばこんな人もいたっけ……。

 冤罪をかけられて拷問されたことを思い出しつつ、翠は冷めた目で言った。


「いえ、別にそういうのいいんで……。あなたは普通にエルシアで裁かれて下さい。……今回のルーセットへの攻撃の件、皇帝はご存じなんですか? オニキスがいなくなった今、あなたを庇う人は誰もいませんよ」

 アルフレッドの顔が真っ青になった。


 オニキスの干渉があったとはいえ、皇帝がここまで軽率な行動を起こすとは思えない。今回の件は、オニキスに唆されたアルフレッドの独断専行だろう。――彼にどんな処分が下るかは知らないが、もはや翠にとってはどうでもよかった。



「ありがとうございました、古き魔女テジャス。……上手くいったのは全て、あなたの助力のおかげです」

 事の顛末を見ていたテジャスに、翠は深々と頭を下げた。


「はっ、気にすんな。ちょっとは面白いもんが見られたしなぁ!! ……それよりも!!」

 テジャスは炎に姿を変えてその場から消えたかと思うと、アーカーシャの前に出現した。


「アーカーシャ!! てめぇ!! 自分の不始末は自分でつけろや!! 俺んちに迷惑かけてんじゃねぇぞ!!!!」

「……それについては返す言葉もないな」


「それとな、異世界人の件だ。他の魔女が知ったら黙ってねぇぞ!? 分かってんのか!?」

「ああ、分かっている」

 アーカーシャは、淡々と答えた。


「チッ……、相変わらず何考えてるか分かんねぇ野郎だな!! もういいから帰れよ、お前のルーセット王国に!!」

「ルーセットは共和国だ」

「ん? この前まで王国だったじゃねーか。いつの間に共和国になった?」

「お前が眠っていた百年の間にだよ……」

「まあ人間の国の体制なんてどうでもいいか。ほら早く帰れ帰れ!! お前の辛気くせぇ顔なんてこれ以上見たくねーから!!」


「……言われなくても帰る。久しぶりに外に出たから疲れた……」

 来た時と同じように魔法陣を展開し、空間の裂け目の中にアーカーシャは姿を消した。


「……僕たちも帰ろうか、ガーネット」

「うん……!!」

 翠の言葉に、ガーネットは頷いた。



 *****



 オニキスもいなくなり、スイもいなくなって、マリアンジュの周囲は何事もなかったかのように日常に戻っていった。

「退屈じゃの……」

 マリアンジュはぽつりと呟く。

 スイにちゃんとお別れを言えなかったことが、少しだけ心残りだった。


 彼は、一枚の羽根と走り書きのようなメモだけ残していった。

『ありがとうございました。お元気で』


 その羽根を見ていると、何か心がぎゅっと苦しくなるような、不思議な気持ちになった。


 ――自分の命を救ってくれた魔法使い。

 それが初恋だったと気づくには、少女はまだ幼すぎた。


お読み下さってありがとうございました。ここで第二章は完結となります。

続きを書く励みになりますので、よろしければブックマークや評価をよろしくお願い致します。

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