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エルシア帝国

「うっ……」

 翠が意識を取り戻すと、すぐ側にオニキスがいた。


「あら、お目覚めになりまして?」

 地面に横たわっている翠のことを見下ろして、オニキスは言った。

 どうやら、どこかの森の中にいるようだった。起き上がろうとして、翠は違和感を覚える。首筋に、冷たい金属の感触があった。


 翠は両手を手枷で拘束され、首輪を付けられて鎖で繋がれていた。首輪の金属の表面に何かが刻まれているのが、手触りで分かった。

 いつも使っているコートと眼帯は取り上げられていて、翼が露出している。そのせいで、エーテルの流れを鋭敏に感じた。

 だから、翠はすぐに違和感の原因に気づいた。


「この首輪……エーテルを拡散させてる……?」


 オニキスは少しだけ驚いたような顔を見せた。

「もう気づきましたの……? まるで見えてるみたいですわね」


 翠の右目はエーテルの流れを視覚的に捉えることができる。その情報は、まだオニキスには知られていない。

 ――黙っていよう。わざわざ手の内を教える必要はない。


 翠がいつも空気中のエーテルを収集するために使っている術式。それと真逆のものが、おそらくこの首輪には刻まれている。

 魔法の発動には、エーテルの収集が不可欠だ。これでは、エーテルを集めた側から拡散されてしまう。

 ――つまり、魔法を封じられたということだ。


「あなたに魔法を使われたら厄介ですもの」

「オニキス……、僕をどうするつもりなんだ……?」


「あなたのこともじっくり調べたいところですけど……、その前に少し、やることがありますの」

 唇を歪めて笑い、オニキスは翠の首輪に繋がれた鎖を引っ張った。


「……ほら、ご覧あそばせ」

 森の切れ間からオニキスが指し示した先には小高い丘があり、そこに、堀に囲まれた巨大な城が建っているのが見えた。

 高い城壁からは何基もの砲門がのぞき、物見のための尖塔が全方位にそびえ建つその姿は、さながら難攻不落の要塞だった。こんな無骨な建物は、ルーセットでは見たことがない。


「……あれは?」

「あれはフラムフェル城。……エルシア帝国の、皇帝の居城ですわ」


「エルシア帝国……!?」


 エルシア帝国は西大陸デュシスにおいて随一の大国である。その軍事力で周囲の小国を次々と飲み込み、現在では、西大陸にあったほとんどの国を支配下に置いている。

 西大陸でエルシアから完全独立を守っているのは、魔女アーカーシャのテリトリーの中にあるルーセット共和国と、また別の魔女のテリトリーにあるシルヴァラントという地域だけだ。


「……それじゃ、行きますわよ」

「え……、まさかあそこに……?」

「別に喧嘩しに行くわけじゃありませんし、正面から堂々と入れば問題ありませんわ。……あなたも一緒に来るんですのよ」


 翠の鎖を強引に引っ張り、オニキスはフラムフェル城へ向かって歩き出した。



 *****



 アレクサンドル=ヴィトリー現エルシア皇帝は、五十絡みの壮年の男性だった。髭や頭髪には白いものが混じっているが、身体はまだ頑健である。鍛えられた肉体の武人であることが、服の上からでも分かった。


「お目にかかれて光栄でございますわ、皇帝陛下」

 片膝をついて頭を下げ、オニキスは玉座の上の皇帝に礼を示す。


「うむ、頭を上げて構わんぞ。……オニキスと言ったな。そなた、古き魔女アーカーシャによって作られた自動人形というのは本当か?」

「本当ですわ。何か証拠をお見せしましょうか? 例えば腹を突き刺してみるとか」

「いや、そこまでしなくても構わん……。証拠なら、そなたが先ほど見せた幻惑のような魔法で十分だ」


 突然現れた怪しい者がいきなり皇帝に謁見するなど普通は無理なのだろうが、アーカーシャの名前を出したことで急遽謁見が叶った。……もちろん、多少のひと悶着はあった。

 オニキスは、自分達を捕えようとした衛兵たちを精神干渉で操り、手玉に取ってみせた。


「……して、魔女アーカーシャに関係する者が我が国に何の用だ? 我が国は魔女テジャスの領域にあることは当然存じておるだろう?」


 エルシア帝国にも、五人の古き魔女の内の一人が存在する。――テジャスという名の魔女が。

 魔女同士は、お互いの領域には不可侵という盟約があった。


「もちろんですわ。私はお母様……魔女アーカーシャの被造物ではございますが、アーカーシャとは異なる私自身の意思で行動しておりますの。……皇帝陛下に何かお力添えができないかと思いまして、こうして参じた次第でございますわ」


「ふむ……、祖国を裏切るということか?」

「もともと、ルーセット共和国などという人間達の国家に興味などございませんの。裏切るも何もありませんわ」

「……なるほどな。そういう事であれば、客人として我が居城に滞在することを許そう。……ところで、その少年は一体何だ……?」


 アレクサンドル皇帝は、オニキスの背後にいる翠にようやく言及した。背中と右目に歪な翼を持つ翠に、化物でも見るような視線を向ける。

 それは皇帝だけでなく、周りに控えている衛兵や従者たちも同じだった。

 ――どうもルーセットの人々とは大分反応が異なる。もしかして、天使病はエルシア帝国ではあまり知られていないのだろうか。


「この子は、陛下への手土産でございますわ。……珍しいでございましょう? この羽根、本物ですのよ」

「…………っ」

 オニキスに乱暴に背中の翼を引っ張られ、翠は苦痛に呻いた。


 その時、謁見の間に急に無邪気な声が響いた。

「本当か!? 本物の天使なのか!?」


 アレクサンドル皇帝の玉座の隣の椅子に、ずっと退屈そうに座っていた少女だ。緩やかに波打つプラチナブロンドの髪が美しい、まだ十歳にも満たないくらいの可愛らしい少女だった。

 彼女はマリアンジュ=ヴィトリー。アレクサンドル皇帝の愛娘である。


「……これはある魔物に噛まれたことで生じる後天的な奇形なのですわ」

 オニキスが一応説明するが、マリアンジュ王女はあまり聞いていないようだった。


「父上!! 私、あれがほしい!!」

 翠のことを指差して、マリアンジュは無邪気に言った。


「……う、うむ。マリアがそう言うなら仕方ないな。……構わんな? オニキスとやら」

 威厳あるアレクサンドル皇帝も、愛娘に対してはどうも甘いようだ。


「ご自由にどうぞ……。ああ、でも一つだけご注意くださいませ」

 オニキスは言った。

「彼の首輪は絶対に外さないように」


「うむ、どうしてじゃ?」

 キョトンとした顔で、マリアンジュが尋ねる。

「この首輪で、彼の魔法を封印しておりますの」


「……魔法が使えるのか!?」

 オニキスの言葉に、マリアンジュは顔を輝かせる。


「ええ。……ですので、危険なので首輪を外してはいけませんわ」

「そうか……。魔法が見られんのは残念じゃが仕方ないの」

 心底残念そうに、マリアンジュは言う。


「お前たち」

 マリアンジュが呼ぶと、背後に控えていた彼女の侍女たちが素早く反応した。

「とりあえず、こやつを念入りに洗い清めておけ」


「「「かしこまりました」」」

 同時にそう答え、完全に統率の取れた動きで、侍女たちは翠の体をガシッと捉える。


「えっ……、ちょっ……」

 状況も飲み込めないまま、翠は侍女たちに連行されて行った。



 *****



「……あ、あの、体は自分で洗えますから……!!」

 一応抵抗は試みたが、無駄な足搔きだった。侍女たちに三人がかりで押さえつけられて衣服を剥ぎ取られ、翠は無理矢理風呂に入れられた。


「いいえ、なりません」

「マリアンジュ様の物を完璧に磨き上げるのが我々の仕事ですので」

「暴れないでください、痛くしませんから」


「あの、羽根はあんまり触らないでください……!!」


 抵抗むなしく全身くまなく隅々まで洗われた上に、何か化粧水のようなものを塗り込まれた。髪の毛も丁寧にトリートメントされて櫛で整えられ、清潔な白いローブに着替えさせられる。


 徹底的に体を清められた後、翠が連れて行かれたのはマリアンジュの私室と思われる部屋だった。

 広々とした室内は、たくさんのぬいぐるみや人形など、少女らしいもので溢れている。この部屋を見ただけで、皇帝の愛娘に対する溺愛ぶりが伺えた。


 マリアンジュは、一足早く部屋に戻って翠のことを待ち構えていた。


「うむ、綺麗になったではないか。こうして見ると、顔もなかなか悪くないの」

 そう言って、マリアンジュは満足げに頷く。


「その顔の羽根は目から生えているのか? 痛くはないのか?」

「今はもう、痛くはないですね……」

 無邪気に質問してくるマリアンジュに対して、翠はつい素直に答えていた。


「そういえばまだお前の名前を聞いていなかったな。何という名じゃ?」

「……翠と言います」

「うむ、そうか。スイ、お前は今日から私のペットにしてやるぞ」

「…………え」

 何と答えるべきなのか、翠には分からなかった。


「……えーと……、それは……。具体的には何をすればいいんですか……?」

「別に何もせんでよいぞ? ペットというのはそういうものだろう?」

「……ああ、はい……」


 ――どうやら、完全に珍獣扱いのようだ。

 マリアンジュは、珍しいオモチャを手に入れてご満悦といった様子で翠のことを観察している。


 ――この状況は一体何なんだろう。

 自分の事よりもむしろ、オニキスの動向の方が気にかかった。――エルシア帝国の皇帝に取り入って、何を企んでいるんだ……?

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