表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/169

三つの顔を持つ男

 冒険者ギルド経由で依頼を受けて、翠はイゼプタへと飛んだ。

 もとより、ヴァーユを探すためにイゼプタには行くつもりだった。居場所がだいたい分かっている他の魔女と違って、ヴァーユは広い砂漠のどこにいるのか全く分からない。

 ――無事に見つけられるといいんだけど。


 リューイに乗って砂漠の上を飛んでいると、砂の上に点々と黒いものが蠢いているのが見えた。

 『ショゴス』だった。


「……数が多いね」

 ガーネットが言った。

「うん……」

 ――いつの間にか、『ショゴス』の出現数はこんなに増えていたのか。これはもう、あまりのんびりしている暇はないのかもしれない。

 『ショゴス』の発生源と思われるあの塔を何とかすることを考えないと……


 だが、今は目の前の脅威を排除することが先決だ。


「どうする? 一匹ずつ倒してたらキリがないよ」

「うん。なるべく一ヶ所に集めて、まとめて吹き飛ばそう」

「分かった……!!」


 ガーネットはリューイの手綱を操り、高度を落として『ショゴス』の頭上スレスレを飛ぶ。

 翠は適当に何体かの『ショゴス』を爆破して、彼らの攻撃性を刺激した。案の定、『ショゴス』達はこちらを敵と認識して追いかけてきた。


 それを何度か繰り返し、『ショゴス』をなるべく同じ場所へと誘導する。

 狭い範囲に何十体もの『ショゴス』が蠢いているその様は、なかなかに名状し難い恐怖を覚える光景だった。

 ――これくらい集めればもういいか。


 リューイは上空に舞い上がって『ショゴス』の群れから距離を取る。

 翠は上空の高濃度エーテル層から、魔法の発動に必要な分のエーテルを吸い出した。


「……detonation(デトネーション)……!!」


 『ショゴス』の群れを囲むように、砂漠の広範囲に大きな魔法陣が展開される。

 爆音が空気を震わせ、衝撃波が周囲の砂を吹き飛ばす。膨大な熱エネルギーが瞬時に解放されたことによって強力な上昇気流が発生し、砂塵が天高く巻き上げられた。


 砂埃がおさまった後には、大きく抉れた地面だけが残っていた。爆発の中心部にいた『ショゴス』はほとんどが蒸発して消えた。


「だいたい倒せたかな……?」

 ――もう少し砂漠を巡回して、残ったショゴスも倒しておこう。

 そんなことを考えていた時だった。


「待って、スイ」

 何かに気がついたように、ガーネットが言った。

「何かがこっちに近づいてきてる……」

「えっ……?」


 程なくして、それは翠も肉眼で見える距離まで近づいてきた。

 それは、背中にコウモリのような黒い羽根の生えた人間だった。


 ――また黒い羽根か。謎の島の上空で出会ったサイモンや、プリトヴィーの元に現れたロベリアという少女と同類だろうか。一体何人いるんだ……?


 近づいてくるに従って、その人物の異様さに翠は気づいた。――彼には、阿修羅像のように頭部に三つの顔があった。

 正面を向いた顔は、平凡でどこにでもいそうな男の顔をしている。その表情から、どことなく卑屈そうな印象を受けた。側面の顔は憤怒の表情、もう片方の顔は悲嘆に満ちた表情をしている。


「お、お、お前、魔法使いか……?」

 翠の目の前まで来ると、上擦った声で男はそう言った。

「そうですけど……」

 翠がそう答えると、男の首がぐるんと回った。憤怒の表情が正面に来て、突然大声で喚き出した。


「まだ魔法使いが残っていたのか!! 魔法使いは世界に災いをもたらす邪悪な存在!! 全て殺し尽くさねばならん……!!」


 次の瞬間、男の口がパックリと喉元まで大きく裂けた。

 その口から、火炎放射器のように高温の炎が勢いよく放たれる。リューイが素早く動いて炎を避けてくれたが、男は続けざまに炎を吐いてきた。


「じ、自分だって魔法使ってるじゃないですか!!」

 思わずそう突っ込まずにはいられなかった。――が、今はそんなことを言っている場合ではない。

 逃げるリューイを、男はしつこく追ってくる。


「……ex(エクス)……fogo(フォーグ)……!!」


 ――炎の魔法だったらこちらも負けない。

 お返しとばかりに、翠は男に炎の魔法を放った。男も口から炎を吐き、二つの炎が空中でぶつかり合う。

 危うく押し返されそうになったので、翠は炎の出力を上げた。


 翠の放った炎の勢いに押し負けて、男の体が炎に包まれる。

「ぎゃああああああぁぁぁぁ……!!!」

 悲鳴を上げて、火だるまになった男の体が地面に落ちていく。


 ――しめた。生け捕りにできれば情報を聞き出せるかもしれない。

 翠とガーネットは、男を追って地面に降りた。


 男は黒焦げになって地面に墜落した。だが、意外にもすぐに起き上がる。――見た目ほどにはダメージを受けていないのか……?


 男の首がぐるんと回り、悲嘆に満ちた表情が正面に来る。

「い、痛い……、ひどい……、どうしてこんなことを……」


「いや、先に攻撃してきたのはそっちですよね……?」

 ――何を言ってるんだ? こいつは……


 だが、男は翠の言葉など全く聞いていなかった。

「……やはり魔法使いは世の中を乱す危険な存在……、殺さなくては……、一人残らず殺さなくてはああああぁぁぁぁぁ!!!!!」


 突如として、男の体が膨れ上がった。

 コブ状の肉塊が形成されたかと思うと、それは人間の顔に変わった。膨張しながらいくつもの肉塊が形成され、無数の顔が出現する。顔は老若男女様々だったが、どれも違う顔をしていた。怒りや侮蔑、悲嘆の表情を浮かべているものが多い。


 最終的に、男の姿は無数の顔で形成された醜悪な肉の塊へと姿を変えた。肉塊からは、顔の数と同じくらいたくさんの腕が生えている。

 無数の顔は、みな一様に何かをブツブツと呟いていた。


『殺せ……殺せ……魔法使いは殺せ……』


「い……、一旦逃げよう、ガーネット……!!」

「う、うん……!!」

 翠とガーネットは、再びリューイに乗って空へと舞い上がった。

 ――上空へ逃げて距離を取り、爆轟魔法(デトネーション)で吹き飛ばす……!!


 だが、その肉塊は更に変態した。背中の肉が盛り上がり、歪な骨が突き出して赤い皮膜を形成する。

 その肉色の羽根を羽ばたかせ、肉塊は空を飛んで追いかけてきた。


「ま、まずい!! 追いかけてきた……!!」

「嘘でしょ……!?」

 肉塊は、呪詛の言葉を呟きながらこちらへ腕を伸ばしてくる。


「……explosion(エクスプロージョン)……!!」


 翠は、肉塊の翼を狙って爆破した。

 肉の翼とその根元がごっそりと抉れ、肉塊は地面に落ちていく――かと思われたが、信じられない回復力であっという間に翼を再生し、再び追いかけてきた。


 ――何て奴だ。やっぱりある程度大きな魔法で一気にやるしかないか……


「ガーネット、しばらく逃げ回って時間を稼いで!!」

「わ、分かった……!!」

 しかし、リューイはすでに全力で飛んでいる。肉塊の飛行速度は思ったよりも速かった。


 ――このままでは、魔法の発動前に捕まってしまう。

 翠が危機感を覚えた、その時だった。


 不意に突風が巻き起こり、肉塊を襲った。

 その風は、まるでミキサーにかけたかのように一瞬で肉塊をズタズタに切り刻んだ。


 細切れになった肉塊は、再生が間に合わずに地面に落下してぐちゃりと潰れる。


「えっ……?」

 何が起こったのか分からずに、翠とガーネットはとりあえず地面に降りた。

 挽肉のようになった肉塊は、それでもまだモゾモゾと動いている。


「まったく……私の領域内で好き勝手に暴れないで下さいまし」

 そこに、黒いローブを翼のようになびかせなから、一人の少女が現れた。


 黒髪のツインテールを縦ロールにしたその少女の姿を、翠はよく知っていた。

 オニキスの姿が気に入っているのか、それとも翠に対する嫌がらせのつもりなのか。

「古き魔女ヴァーユ……、お久しぶりです……」


 少女は、黒い唇を歪めて独特の笑みを浮かべる。どこか人を小馬鹿にしたような、蠱惑的な微笑み。

「こんなに早くまた会えるとは思いませんでしたわ。もしかして、私に会いにきてくれましたの?」

「え、ええ……、まあ……」

 ヴァーユは、おもむろに翠と距離を詰めてきた。吐息を感じるほど近くまで顔を寄せて、囁く。


「……しばらく見ない間に少し顔つきが変わりましたわね。血の匂いがしますわ」

「えっ……?」

「たくさん人を殺したのね。……素敵、惚れ直しますわ」


 ――記憶を読まれた。

 え、というか、惚れ直すって何……? いつ惚れられたんだろう。怖い……


 その時、地面にへばりついてモゾモゾと蠢いていた肉塊の中から、不意に男の姿が再生した。

 最初に現れた時の、どこか卑屈そうな男の顔が正面にある。

 ――しまった。しっかりとどめを刺しておくべきだった。


「あら……? あなたどこかで……」

 その男の顔を見て、ヴァーユは何かを思い出しかけたように首を傾げた。


「じ、邪悪な魔法使いどもめ……、お、お、覚えていろ……!!」

 小悪党のような捨て台詞を吐いて、男は黒い羽根を広げて飛び去っていった。


「……何ですの? あれは」

 不思議そうに、ヴァーユは尋ねた。

「知り合いじゃないんですか……?」

「顔に見覚えがあるような……、ないような……。まあずっと昔のことだから覚えてませんわね」


「……そうですか。あなたが召喚したわけではないんですね」

「何のために私がそんなことをしますの?」

 ヴァーユはキョトンとした顔をしている。嘘をついているようにも見えなかった。


 ――ヴァーユも黒幕ではなさそうだ。

 『古き魔女』ではないとすると、裏で糸を引いているのは一体誰だ……?


 因果を捻じ曲げ、千年前の人間をこの世に呼び戻すような力を持った人物。

 明確な悪意を持ってこの世界に混乱をもたらそうとする人物。


 あまり考えたくはなかったが、翠はそういった人物に一人だけ心当たりがあった。


 この世界そのものを憎む少女。

 ――ローズクォーツ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ