三つの顔を持つ男
冒険者ギルド経由で依頼を受けて、翠はイゼプタへと飛んだ。
もとより、ヴァーユを探すためにイゼプタには行くつもりだった。居場所がだいたい分かっている他の魔女と違って、ヴァーユは広い砂漠のどこにいるのか全く分からない。
――無事に見つけられるといいんだけど。
リューイに乗って砂漠の上を飛んでいると、砂の上に点々と黒いものが蠢いているのが見えた。
『ショゴス』だった。
「……数が多いね」
ガーネットが言った。
「うん……」
――いつの間にか、『ショゴス』の出現数はこんなに増えていたのか。これはもう、あまりのんびりしている暇はないのかもしれない。
『ショゴス』の発生源と思われるあの塔を何とかすることを考えないと……
だが、今は目の前の脅威を排除することが先決だ。
「どうする? 一匹ずつ倒してたらキリがないよ」
「うん。なるべく一ヶ所に集めて、まとめて吹き飛ばそう」
「分かった……!!」
ガーネットはリューイの手綱を操り、高度を落として『ショゴス』の頭上スレスレを飛ぶ。
翠は適当に何体かの『ショゴス』を爆破して、彼らの攻撃性を刺激した。案の定、『ショゴス』達はこちらを敵と認識して追いかけてきた。
それを何度か繰り返し、『ショゴス』をなるべく同じ場所へと誘導する。
狭い範囲に何十体もの『ショゴス』が蠢いているその様は、なかなかに名状し難い恐怖を覚える光景だった。
――これくらい集めればもういいか。
リューイは上空に舞い上がって『ショゴス』の群れから距離を取る。
翠は上空の高濃度エーテル層から、魔法の発動に必要な分のエーテルを吸い出した。
「……detonation……!!」
『ショゴス』の群れを囲むように、砂漠の広範囲に大きな魔法陣が展開される。
爆音が空気を震わせ、衝撃波が周囲の砂を吹き飛ばす。膨大な熱エネルギーが瞬時に解放されたことによって強力な上昇気流が発生し、砂塵が天高く巻き上げられた。
砂埃がおさまった後には、大きく抉れた地面だけが残っていた。爆発の中心部にいた『ショゴス』はほとんどが蒸発して消えた。
「だいたい倒せたかな……?」
――もう少し砂漠を巡回して、残ったショゴスも倒しておこう。
そんなことを考えていた時だった。
「待って、スイ」
何かに気がついたように、ガーネットが言った。
「何かがこっちに近づいてきてる……」
「えっ……?」
程なくして、それは翠も肉眼で見える距離まで近づいてきた。
それは、背中にコウモリのような黒い羽根の生えた人間だった。
――また黒い羽根か。謎の島の上空で出会ったサイモンや、プリトヴィーの元に現れたロベリアという少女と同類だろうか。一体何人いるんだ……?
近づいてくるに従って、その人物の異様さに翠は気づいた。――彼には、阿修羅像のように頭部に三つの顔があった。
正面を向いた顔は、平凡でどこにでもいそうな男の顔をしている。その表情から、どことなく卑屈そうな印象を受けた。側面の顔は憤怒の表情、もう片方の顔は悲嘆に満ちた表情をしている。
「お、お、お前、魔法使いか……?」
翠の目の前まで来ると、上擦った声で男はそう言った。
「そうですけど……」
翠がそう答えると、男の首がぐるんと回った。憤怒の表情が正面に来て、突然大声で喚き出した。
「まだ魔法使いが残っていたのか!! 魔法使いは世界に災いをもたらす邪悪な存在!! 全て殺し尽くさねばならん……!!」
次の瞬間、男の口がパックリと喉元まで大きく裂けた。
その口から、火炎放射器のように高温の炎が勢いよく放たれる。リューイが素早く動いて炎を避けてくれたが、男は続けざまに炎を吐いてきた。
「じ、自分だって魔法使ってるじゃないですか!!」
思わずそう突っ込まずにはいられなかった。――が、今はそんなことを言っている場合ではない。
逃げるリューイを、男はしつこく追ってくる。
「……ex……fogo……!!」
――炎の魔法だったらこちらも負けない。
お返しとばかりに、翠は男に炎の魔法を放った。男も口から炎を吐き、二つの炎が空中でぶつかり合う。
危うく押し返されそうになったので、翠は炎の出力を上げた。
翠の放った炎の勢いに押し負けて、男の体が炎に包まれる。
「ぎゃああああああぁぁぁぁ……!!!」
悲鳴を上げて、火だるまになった男の体が地面に落ちていく。
――しめた。生け捕りにできれば情報を聞き出せるかもしれない。
翠とガーネットは、男を追って地面に降りた。
男は黒焦げになって地面に墜落した。だが、意外にもすぐに起き上がる。――見た目ほどにはダメージを受けていないのか……?
男の首がぐるんと回り、悲嘆に満ちた表情が正面に来る。
「い、痛い……、ひどい……、どうしてこんなことを……」
「いや、先に攻撃してきたのはそっちですよね……?」
――何を言ってるんだ? こいつは……
だが、男は翠の言葉など全く聞いていなかった。
「……やはり魔法使いは世の中を乱す危険な存在……、殺さなくては……、一人残らず殺さなくてはああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
突如として、男の体が膨れ上がった。
コブ状の肉塊が形成されたかと思うと、それは人間の顔に変わった。膨張しながらいくつもの肉塊が形成され、無数の顔が出現する。顔は老若男女様々だったが、どれも違う顔をしていた。怒りや侮蔑、悲嘆の表情を浮かべているものが多い。
最終的に、男の姿は無数の顔で形成された醜悪な肉の塊へと姿を変えた。肉塊からは、顔の数と同じくらいたくさんの腕が生えている。
無数の顔は、みな一様に何かをブツブツと呟いていた。
『殺せ……殺せ……魔法使いは殺せ……』
「い……、一旦逃げよう、ガーネット……!!」
「う、うん……!!」
翠とガーネットは、再びリューイに乗って空へと舞い上がった。
――上空へ逃げて距離を取り、爆轟魔法で吹き飛ばす……!!
だが、その肉塊は更に変態した。背中の肉が盛り上がり、歪な骨が突き出して赤い皮膜を形成する。
その肉色の羽根を羽ばたかせ、肉塊は空を飛んで追いかけてきた。
「ま、まずい!! 追いかけてきた……!!」
「嘘でしょ……!?」
肉塊は、呪詛の言葉を呟きながらこちらへ腕を伸ばしてくる。
「……explosion……!!」
翠は、肉塊の翼を狙って爆破した。
肉の翼とその根元がごっそりと抉れ、肉塊は地面に落ちていく――かと思われたが、信じられない回復力であっという間に翼を再生し、再び追いかけてきた。
――何て奴だ。やっぱりある程度大きな魔法で一気にやるしかないか……
「ガーネット、しばらく逃げ回って時間を稼いで!!」
「わ、分かった……!!」
しかし、リューイはすでに全力で飛んでいる。肉塊の飛行速度は思ったよりも速かった。
――このままでは、魔法の発動前に捕まってしまう。
翠が危機感を覚えた、その時だった。
不意に突風が巻き起こり、肉塊を襲った。
その風は、まるでミキサーにかけたかのように一瞬で肉塊をズタズタに切り刻んだ。
細切れになった肉塊は、再生が間に合わずに地面に落下してぐちゃりと潰れる。
「えっ……?」
何が起こったのか分からずに、翠とガーネットはとりあえず地面に降りた。
挽肉のようになった肉塊は、それでもまだモゾモゾと動いている。
「まったく……私の領域内で好き勝手に暴れないで下さいまし」
そこに、黒いローブを翼のようになびかせなから、一人の少女が現れた。
黒髪のツインテールを縦ロールにしたその少女の姿を、翠はよく知っていた。
オニキスの姿が気に入っているのか、それとも翠に対する嫌がらせのつもりなのか。
「古き魔女ヴァーユ……、お久しぶりです……」
少女は、黒い唇を歪めて独特の笑みを浮かべる。どこか人を小馬鹿にしたような、蠱惑的な微笑み。
「こんなに早くまた会えるとは思いませんでしたわ。もしかして、私に会いにきてくれましたの?」
「え、ええ……、まあ……」
ヴァーユは、おもむろに翠と距離を詰めてきた。吐息を感じるほど近くまで顔を寄せて、囁く。
「……しばらく見ない間に少し顔つきが変わりましたわね。血の匂いがしますわ」
「えっ……?」
「たくさん人を殺したのね。……素敵、惚れ直しますわ」
――記憶を読まれた。
え、というか、惚れ直すって何……? いつ惚れられたんだろう。怖い……
その時、地面にへばりついてモゾモゾと蠢いていた肉塊の中から、不意に男の姿が再生した。
最初に現れた時の、どこか卑屈そうな男の顔が正面にある。
――しまった。しっかりとどめを刺しておくべきだった。
「あら……? あなたどこかで……」
その男の顔を見て、ヴァーユは何かを思い出しかけたように首を傾げた。
「じ、邪悪な魔法使いどもめ……、お、お、覚えていろ……!!」
小悪党のような捨て台詞を吐いて、男は黒い羽根を広げて飛び去っていった。
「……何ですの? あれは」
不思議そうに、ヴァーユは尋ねた。
「知り合いじゃないんですか……?」
「顔に見覚えがあるような……、ないような……。まあずっと昔のことだから覚えてませんわね」
「……そうですか。あなたが召喚したわけではないんですね」
「何のために私がそんなことをしますの?」
ヴァーユはキョトンとした顔をしている。嘘をついているようにも見えなかった。
――ヴァーユも黒幕ではなさそうだ。
『古き魔女』ではないとすると、裏で糸を引いているのは一体誰だ……?
因果を捻じ曲げ、千年前の人間をこの世に呼び戻すような力を持った人物。
明確な悪意を持ってこの世界に混乱をもたらそうとする人物。
あまり考えたくはなかったが、翠はそういった人物に一人だけ心当たりがあった。
この世界そのものを憎む少女。
――ローズクォーツ。




