世界の異変
――シェナスの冒険者ギルドにエルフの美女が現れた。
その噂はあっという間に広がり、すぐに翠の耳にも入った。その人物に心当たりがある翠は、急いでシェナスのギルド本部へと向かった。
彼女は、ギルドの待合室で冒険者たちの注目を集めていた。
萌黄色の長い髪をゆるく三つ編みにしたその女性は、やはりイーリィだった。
「イーリィさん……!? どうしてここに……!?」
「やあ、スイ君。君のことを待っていたんだ。ここに来れば君と連絡が取れると聞いてね」
「イーリィさんはアーカーシャの領域内には入れないはずじゃ……?」
盟約によって、『古き魔女』達は互いの領域内には侵入できないことになっている。プリトヴィーと人格が融合していたイーリィは、他の魔女の領域には入れないはずだった。
イーリィはわずかに表情を曇らせて、言った。
「そのことなんだが、色々と伝えたいことがあるんだ。できれば、君の師匠に会わせてくれないかい……?」
イーリィを連れて、翠はアーカーシャの館へと戻った。
館に蓄えられた大量の蔵書を見て、イーリィは感嘆のため息を漏らす。
「……すごいな、研究をするには絶好の環境だ」
「はい、本当にそう思います」
複雑に入り組んだ本棚の間を抜けて、翠は彼女をアーカーシャの居室へと案内する。
イーリィがアーカーシャと会うのは、フラムフェル城で魔導兵器と戦ったとき以来だ。
「お久しぶりです、古き魔女アーカーシャ」
『古き魔女』の時間感覚ではつい先日のことだろうが、イーリィはそう言って頭を下げた。
「ああ、久しぶりだな、イーリィ。……プリトヴィーはどうした?」
「それが……」
イーリィは、シルヴァラントであった出来事をアーカーシャに伝えた。
――千年前、ケントニス魔法学校でプリトヴィーと同級生だったロベリアという少女が当時の姿のまま現れたこと。そして、彼女が醜悪な触手の怪物に変化したこと――
「ロベリア……」
アーカーシャは呟いた。
「……師匠も知っているんですか?」
翠はアーカーシャに尋ねる。
「ああ、私も同じ学校の生徒だったからな……。ただ、残念ながらあまり印象は残っていない。目立たない生徒だったと記憶している」
「はい、私の……、師匠の記憶の中にあるロベリアも目立たない無口な少女でした。ただ、入学当初は師匠と仲が良かったようです」
イーリィはそう言った。
自分の中にあるプリトヴィーの記憶を、イーリィは掘り起こす。
人間だった頃のプリトヴィー、――当時の名前はエルデ――も、当初は大人しい少女だった。だから、ロベリアと気が合って入学当初はよく行動を共にしていた。
しかし、プリトヴィーがアーカーシャに執着し、勉学に全力を注ぐようになってから全ては変わった。
魔法の勉強に集中するようになってから、プリトヴィーはほとんどの交友関係を切り捨てた。ロベリアとも疎遠になっていった。
それからのプリトヴィーの成長は目覚ましかった。ついには、当時ラプロスの最高学府だったケントニス魔法学校で次席にまで登り詰めた。――その頃には、ロベリアのことなどほとんど忘れ去っていた。
「どうして、今になって千年前の人間が次々と蘇っている……?」
怪訝そうに、アーカーシャは言った。
ケントニス魔法学校の校長だったサイモン=グリモワール。そして、今度はロベリア。
――この世界で、一体何が起こっているんだ……?
*****
もしも千年前の人間を反魂の魔法で蘇らせている術者がいるのだとしたら、それは『古き魔女』クラスの実力を持った魔法使いしかありえない。
あらゆる可能性を潰すため、翠は他の『古き魔女』に確認を取りに行くことにした。
――プリトヴィーのことも気にはなるが、何の準備もなく助けに行ってはこちらの命も危ない。まずは、敵の正体と目的を見極めるべきだ。アーカーシャはそう判断し、翠もそれに同意した。
翠は、まずテジャスの元へと向かった。
魔導兵器と一体化したテジャスは、エルシア帝国の上空を気ままに飛んでいる。
空を飛ぶ金属の船は目立つため目撃情報も多く、居場所を見つけるのはそれほど難しくなかった。
ガーネットと共にリューイに乗って金属の船に近づくと、その船首にテジャスの姿がホログラムのように現れた。
「よぉ、スイ!!! この前は世話になったな!!!!」
テジャスの声が空気を震わせる。――あ、相変わらず声が大きい……
「……こ、こんにちは、テジャスさん。この前はどうも……」
「おう!!!! 俺様に何か用か!!??」
「あの、最近世界で起こっている異変についてご存知ですか……?」
「異変? 何のことだぁ?」
――やっぱりテジャスは何も知らないか……
翠は、ここ最近起こったことをテジャスに共有した。
世界各地で出現している不定形の魔物、通称『ショゴス』のこと。中央大海に出現した謎の塔のこと。そして、蘇った千年前の人物のこと。
「俺が反魂魔法なんて禁呪に手を出すわけねぇだろ!!!!!」
話を聞いて、開口一番テジャスはそう言った。
「で、ですよね……、分かってます。一応、確認に来ただけです……」
なだめるように、翠は言う。テジャスの声の大きさに耳がキーンとする。
――仮にテジャスに何らかの悪意があったとしても、こんなまどろっこしいやり方をするタイプとは思えない。彼女は、正面から全てを焼き尽くすタイプだ。
「何か心当たりはありませんか? こういうことをしそうな人物に……」
「はっ、知らねぇな!!!! こんな陰湿なやり方をしそうな魔女はプリトヴィーかヴァーユだろ」
「プリトヴィーさんは、どうやら違うみたいなんですよね……」
アパスとは先日会ってきたばかりだが、人間だった頃の記憶を取り戻した彼女がこんなことをするとは思えない。
――消去法で、残るはヴァーユか。何か嫌だなぁ、あの魔女ともう一回会うの……




