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魔の棲まう塔

 イゼプタの冒険者ギルドからの連絡で、『ショゴス』は東大陸(アナトレー)にも出現していることが分かった。

 ――ということは、あの魔物は全世界規模で出現していると考えた方がいい。


 そしてもう一つ、翠のもとにギルドから気になる情報が舞い込んできた。

 西大陸(デュシス)東大陸(アナトレー)の間には、中央(メディウム)大海と呼ばれる海が広がっている。――その海に、これまでなかったはずの島が突如として出現したというのだ。


 船乗りの話では、その島には天に届くほどの巨大な塔が建っていたという。

 船でその島に接近しようとしたところ、突如として海が荒れ、引き返さざるをえなかったという話だ。


 ――船で近づけないなら、空から偵察に行ってみよう。

 というわけで、翠とガーネットはリューイに乗って飛び立った。




 陸を飛び立ってしばらくの間は、何の変化も見られなかった。見渡す限り穏やかな海が延々と広がっている。

 ある程度の時間が経った頃、翠はその違和感に気づいた。――上空のエーテルの流れが何か変だ。


 この世界の大気は、高度が高くなるほどエーテル濃度が高い。空を見上げるといつも目に入る巨大な空気クラゲは、上空の高濃度エーテル層にしか生息できない生物だ。

 翠がこれまで観察した限りでは、上空のエーテルの流れは基本的には常に凪いでいる。いつも静かな状態で、大きな濃度変化が見られることはほとんどなかった。


 ――その上空のエーテルの流れが、乱れている。


 ガーネットはコンパスで方向を調べて、島が発見されたという地点に向けてリューイの手綱を操って飛んでいく。

 ちなみにそれはアーカーシャが作成した魔法のコンパスで、設定した座標の方角を正確に指し示してくれる。そのため、何もない海の上でも迷子にならずに済んでいた。


 目的の地点に近づくにつれて、上空のエーテルの乱れは激しくなっていった。

 はっきりと、エーテルは翠たちが向かう方向に向けて流れていた。大きなエーテルの流れに反応して、翠の背中の羽根がザワザワする。


「……ガーネット、気をつけて。何か様子が変だ」

「えっ……?」

 ガーネットには何も見えていない。ただ、穏やかな空と静かな海が広がっているだけだ。

「大きなエーテルの流れが視える……。まるで、何かに吸い寄せられてるみたいな……」


 やがて、青い空が急に雲に覆われ始めた。

 周囲に霧が立ち込め、視界が悪くなっていく。


 そして、濃霧の中に突如としてそれは現れた。

 ――異様にねじくれた形の、巨大な塔。それはまるで、墓場から手を伸ばす干からびた死者の手のようにも見えた。

 上空のエーテルは塔の周囲で大きく渦を巻き、吸いこまれるように塔に流れ込んでいく。


「何……これ……」

 その塔の異様な姿に、ガーネットは思わず呟く。

 塔の建っている島の地表は、何か黒いものに覆われていた。


「うわっ……」

 島を覆う黒いものの正体に気づいて、翠は鳥肌が立った。

 それは、大量の『ショゴス』だった。不定形の黒い魔物が島の地表にひしめき合っている。

 ――『ショゴス』の発生源はここだったのか……!?


 もう少し近づいてみようとしたその時、塔から何かがこちらに向かって飛んできた。

 ブブブブブ……という不快な羽音が聞こえる。それは大量の蝿の群れだった。

 ――ただの蝿ではない。一匹一匹が人間サイズの巨大な蠅だ。


「ど、どうする!? 逃げる……!?」

 生理的な嫌悪感に駆られて、ガーネットは反射的に逃げようとした。


「いや、まとめて吹き飛ばす……!!」

 翠は言った。上空のエーテルが塔に吸い寄せられているおかげで、この辺りのエーテル濃度は高い。

 ――これなら、大きな魔法もすぐに使える。


「……detonation(デトネーション)……!!」


 蝿の群れを囲むように、上空に大きな魔法陣が展開した。

 次の瞬間、空気を震わせて大爆発が巻き起こる。熱による空気の膨張速度が音速を超え、爆発は蝿の群れのほとんどを飲み込んだ。


 爆散し、焼け残った蝿の体の一部がボトボトと海へ落下していく。

 ――だいたい全部倒せたか……?


 生き残った個体は個別に爆破しようと思っていたが、蝿はそれ以上襲ってこなかった。

 爆風がおさまったその場所に、いつの間にか一人の老人がいた。老人は、何もない空中に平然と立っている。


「ふむ……、今の魔法を使ったのは君かね? この時代に魔法使いがまだ残っていたとは……」

 灰色の長い髪。長い顎髭。ローブをまとったその姿は、絵に描いたような「魔法使い」だった。

 しかし、その背中には黒い羽根が生えていた。コウモリのような黒い羽根だ。


「エーテルの消費効率に対して最大限の破壊力が出るように計算されているな。悪くない。私の生徒だったら『優』の評価をやるところだ」

 老人は、教師のような口調でそう言った。


「あなたは……?」

 翠は老人に尋ねた。

「人に名前を聞くときは自分から名乗るものではないかね?」

 老人は言う。その態度はどことなく高圧的だ。


「……僕は翠といいます。あなたは?」

「私は、サイモン=グリモワール」

 老人はそう名乗った。


「少年、君はその魔法を誰に習った?」

「……僕の師匠は、古き魔女アーカーシャです」

「古き魔女……? はて、聞いたことがないな……」


 ――この人、『古き魔女』を知らない……?

 『古き魔女』のことは、この世界の人間ならおとぎ話として幼児でも知っているはずだ。


「ふむ、……君の魔法も悪くはないがまだまだだ。どれ、私が手本を見せてやろう」

 サイモンと名乗った老人は言った。


 ――まずい。

 老人の周囲に大量のエーテルが集まってくるのが、翠には視えた。


「ガーネット、逃げて!! 全速力!!」

「わ、分かった!!」

 リューイが急旋回し、その場から離脱しようと羽ばたく。


 古代魔法の短い詠唱が聞こえた。

 次の瞬間、老人の周囲のエーテルが炎に変換される。炎は、巨大な龍の姿となって翠たちに襲いかかってきた。


「……ex……aer(アーエール)……!!」


 空気を操って強風を起こし、翠は襲ってくる炎を吹き散らす。

 同時に、その風を推進力としてリューイの飛行速度が増す。


「……ふむ、(しの)いだか。判断力も悪くない。若いのに優秀な魔道士だ」

 サイモンは去っていくドラゴンを眺めながら、そう呟いた。




 翠は念のため背後を警戒していたが、幸いにも老人は追ってこなかった。

 リューイは塔が見えなくなるまで全力で飛行した。深い霧を抜けると、嘘のように晴れ渡った青空が戻ってきた。


 ――何だったんだ、あの老人は。『古き魔女』以外であんな魔法を操る者がいるなんて……

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