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黒の少女

「あああああ……」

 中央都市シェナスの露店通り。

 その日発行されたばかりの新聞を手に取って、翠は思わず声を上げた。


 ――先日のことだ。

 観光気分で鉱山の町オルスローからシェナスへ向かう列車に乗っていた最中、突如としてフォレストドラゴンの襲撃を受けた。

 ドラゴンは何とか撃退したものの、その一件は列車に同乗していた新聞記者リサ=ウェリントンの手によって新聞の一面に大きく掲載された。


 『謎の少年がドラゴンを撃退』『白き翼の賢者』――そんなワードが紙面に踊っている。


「お……大げさに書きすぎだよリサさん……」

 ――翼を隠さないといけない理由が一つ増えてしまった。


 あの後、乗客たちからは奇異な目で見られるし、リサからは質問攻めにあうしで大変だった。機関士からは感謝されたが、謝礼は辞退してシェナスに着くなり翠は全力で逃げた。

 その日はシェナスの宿屋で一泊し、翌日にはすでに新聞に載っていたという次第だ。




 露店通りでガーネットと待ち合わせをしているため、翠は散歩がてら露店を眺めて時間を潰していた。

 その時、彼の進行方向に立ちふさがるようにして声をかけてくる者があった。


「ドラゴンを倒したのはあなたかしら? ……賢者サマ?」


 そこに立っていたのは、個性的な見た目をした少女だった。

 黒髪のツインテールを縦ロールにしており、両頬には黒い水玉模様が3つずつペイントされている。口紅も黒く、ネイルも黒い。服装も、レースのたっぷりついた真っ黒いドレスを着て、踵の高い黒い編み上げブーツを履いている。

 ――いわゆるゴスロリというやつだ。この世界にその概念があるのかは知らないが。

 全身真っ黒でまとめたファッションに対して肌は生気が感じられないほどに白く、そのコントラストが非現実的な雰囲気を醸し出していた。長い睫毛に縁どられた瞳も、深淵のように黒い。


「……ひ、人違いです」

 反射的に、翠はそう答えていた。


「隠そうとしても無駄ですわよ。……私、見ていましたもの」

 そう言って、少女は意味深に微笑む。


「え……?」

 ――見ていたってどこから? 列車の乗客の中に、こんな少女はいなかった。いたら印象に残らないはずがない。


「わざわざドラゴンをけしかけて、あなたの力を見せて頂きましたの」


「あのドラゴンは君が……!?」

 ――おかしいと思っていた。本来は大人しい性格で、住処である森の中から滅多に出てこないはずのフォレストドラゴンが、列車を襲ってきたのは何故なのか。


 少女が、翠と距離を詰める。吐息を感じるほど間近で、少女は囁いた。

「……私、あなたに興味がありますの。お母様が弟子を取るなんて前代未聞ですもの」


「お母様……?」

 アーカーシャのことを『お母様』と呼んだ。そのワードには聞き覚えがある。


「……もしかして君は、自動人形……?」

 だが、こんな少女の存在を翠は聞いたことがなかった。


 肯定を示すように、少女は黒い唇を歪めて蠱惑的に微笑んだ。

「そう、私の名前は……」


「――オニキス!!」

 その時、ガーネットがこちらに向かって走ってきた。


「どうしてこんな所にいるの!?」

 翠と少女の間に強引に割って入り、翠のことを背中でかばうようにしながらガーネットは言った。


「あら、良いところでしたのに……。お久しぶりですわね、ガーネットお姉さま」

 黒い少女……オニキスは、ガーネットに向かって微笑んだ。その微笑みには親しみではなく、わずかな侮蔑が含まれている。


「オニキス……、ここで何をしているの? 答えて」

「お姉さまに話す義理はありませんわ。……残念、邪魔が入りましたので今日のところはお(いとま)しますわ。またお会いしましょうね、スイ」

 スカートの端を軽くつまんでお辞儀をし、オニキスの姿は搔き消えるように見えなくなった。


 ――瞬間移動? いや、認識阻害か……?


 おそらくまだその辺にいるのだろうが、周囲の人間の精神にわずかに干渉し、姿が認識できないようにしているのだろう。アーカーシャの館の周囲にある結界と同じ作用だ。

 やろうと思えば、エーテルの流れを辿ってオニキスを追いかけることは可能かもしれない。だが、翠はやめておくことにした。――今、そこまでして彼女を深追いする理由はない。


「……彼女は一体誰なの?」

「あの子はオニキス。母さんが作った自動人形の一体。……でも、母さんから離反してずっと行方知れずになっていたの」

 翠の問いに、ガーネットはそう答えた。


「自動人形って、君とラピスだけじゃなかったんだね」

「うん、母さんが作った自動人形は、四体いるの。……あっ、ラピスはコピーも含めて一体としてね?」

「ラピス、ガーネット、オニキス、……あと一人は?」

「ローズクォーツ。この子も、今は行方不明」


 ――ローズクォーツ。


 翠はふと、ある少女のことを思い出した。

 この世界に迷い込む直前、電車の乗客が突然消えたあの時、ガラスに映った白い少女。そして、初めてシェナスに来た日に遭遇して、すぐに姿を消してしまった少女。……彼女の右目は確か、薄桃色だった。


「ねえ、もしかしてその子って……」

 そのことを、翠が尋ねようとした時だった。二人に話しかけてくる者があった。


「……失礼いたします。ガーネット様、スイ様」


 褐色の肌に、黒髪をポニーテールにした切れ長の瞳の女性だった。引き締まった体つきをした美人である。翠は、どこかで彼女のことを見たことがある気がした。


「私はカルラと申します。……本日は、ベルトーニ首相の遣いで参りました」

「あっ……」

 翠は思い出した。始めてシェナスに来た日、路地裏でガラの悪い連中に絡まれていた翠をエミディオが助けてくれた時のことだ。あの時エミディオの背後にいた面々の中に、彼女もいた。


「……エミディオの?」

 ガーネットが尋ねる。

「はい。ベルトーニ首相が是非お二人にお話を伺いたいと。……先ほどの、黒い少女のことで」

 どうやら、先ほどのオニキスとのやり取りを見られていたようだ。

 翠はガーネットと顔を見合わせた。



 *****



 この国の政治を司る政庁舎は、シェナスの中心部にあった。

 ゴシック様式を思わせる建物の入り口をくぐると、玄関ホールにはやはり(本人とは似ても似つかない)魔女アーカーシャの壁画があった。

 カルラは、翠とガーネットの二人をエミディオのいる執務室へと案内した。


「やあ、久しぶりだねガーネット。そしてスイ君。……いや、賢者様とお呼びした方がいいかな?」

 以前に会った時と同じ涼やかな笑顔で、エミディオはそう言った。

「……や、やめて下さいそんな呼び方。あれは本当に、新聞に大げさに書かれてしまっただけで……」


「大げさも何も、実際すごいことをしたんだよ、君は。目撃者が多かったから、新聞に書かれなくてもいずれ噂になっていただろうね。……何にせよ、死傷者が一人も出なかったのは君のおかげだよ。まずはその礼を言いたかったんだ。ありがとう」

「い、いえ……」


「……それで、もし可能であれば、君のその力が何なのか教えてもらえないかな」

 それが本題とばかりにわずかに目を細めて、エミディオは翠に尋ねた。


 現在も生存が分かっている『古き魔女』は、アーカーシャも含めて五人いる。

彼女達にはそれぞれテリトリーのようなものが存在し、ルーセット共和国はアーカーシャのテリトリーの中にある。

 そのため、エルシア帝国という強国と国境を接していながら、ルーセットはこれまでずっと侵略を免れてきたのだ。この国は、アーカーシャに庇護されていると言っても過言ではない。


 だから、エミディオのような為政者がアーカーシャの動向に気を配るのは当然だ。

 ――魔女の気まぐれ一つで国が滅びることだって、十分にありうるのだから。


「僕は、アーカーシャの元で魔法を学んでいるんです」

 翠は、正直にそう答えた。


「……『古き魔女』が弟子を取るなどということがあるのか。君は一体何者なんだ……?」

 驚いたように、エミディオは呟く。

「す、すみません。僕の出自についてはその……、言えません……」


 翠がアーカーシャの弟子であること。

それについては、言っても構わないとアーカーシャから許可を得ている。――というより、言わなくてもいずれ世間に知られることになるだろう、と。

 しかし、翠が異世界人であることは秘密にするように固く口止めされていた。

 ――理由はよく分からないけれど。


「そうか……。いや、君が『古き魔女』の弟子であることが分かっただけでも十分だよ。……君は『魔法』が使えるんだね」

「……はい」


「ドラゴンを倒した時の、あの魔法はいつでも使えるものなのかな?」

「……ええと、ドラゴンを倒すくらいの威力を出すにはエーテルが大量に必要なので、いつでもというのは無理ですね……」

 あれは、エーテル結晶の原石が大量にあったからできたことだ。あの量のエーテルを空気中から集めるとなると、発動までにかなり時間がかかってしまう。

「そうか……」


 ――何だろう。僕の力量を測ろうとしているのかな……?

 翠は、何となく居心地の悪さを覚えた。


「黒い少女について聞きたいんじゃなかったの? エミディオ」

 それまで黙っていたガーネットが、口を挟んだ。


「ああ、……うん。そうなんだ」

 ようやく、エミディオは本題に入った。


「……黒い少女の目撃情報が、特に北部を中心に最近増えていてね。『魔法』を使うという噂もあるから、君達の関係者ではないかと思ったんだが……」

「関係者と言えば関係者なんだけど……。でも、彼女が何を目的に行動しているのかは、私達にも分からないの」

 黒い少女がオニキスという自動人形であることを、ガーネットはエミディオに説明する。


「なるほど……。今のところ、敵か味方かすら分からないということか」

「うん……。役に立てなくてごめんね」

「いや、構わないよ。情報共有に感謝する」


「でも、その……、それは、ベルトーニ首相が気にかけるような事なんですか……?」

 気になったので、翠はそう質問してみた。


「エミディオと呼んでくれて構わないよ。……そうだね、実は北部という地域がちょっと厄介でね。あの辺は旧貴族層の支配力がまだ根強いんだ。それに、エルシア帝国との国境も近い」


「オニキスが、旧貴族やエルシアと手を組んでいたらまずい……ということですか」

 旧貴族達は政権奪還を常に狙っているし、エルシア帝国もルーセットに干渉する機会を伺っている。わずかな危険も、見逃すことはできないのだろう。


「そういうことだよ。……こちらでも人を使って情報を集めているけど、もし何か分かれば情報を共有してもらえると助かる」

「……うん、分かった。オニキスの件は私達も調べてみるつもりだから、何か分かったら連絡するね」

 ガーネットはそう答えた。



 *****



 政庁舎から離れた後で、翠はガーネットに尋ねた。

「……念のため聞きたいんだけど、僕たちはエミディオさんに協力してもいいの……?」


「うーん、私はエミディオのことは小さい頃から知ってるから、個人的には味方してあげたいんだけど……。でも、母さんの方針は、基本的には人間達の国の政治には不干渉なの。だから、選挙の時も私は見ていることしかできなかった」

「……そうなんだ」

「ただ、オニキスに関してはこちらの不手際だし、情報共有くらいはしてもいいんじゃないかなぁ」

「うん……、そうだね」


 しかし、口には出さなかったが、ガーネットは薄々勘付いていた。

 ――エミディオは、スイの力を利用しようという腹案があるのかもしれない。貴族達や帝国への牽制として。


 魔法が衰退した世界で魔法使いになるということ。

 その意味を、翠はまだ理解していない。


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