準備
思想の名前は改革思想、組織の名前は改革派に決定した。
無事今日の話し合いも終わって私は早めにお城に帰る事にした。
私はお城に入ってすぐに私の世話係りのライアンさんの元に行ってお話をする事にした。
「失礼します」
「どうぞお入りください」
部屋の前で声をかけると返事が返ってきたので私はドアを開けて中に入る。
「話を聞いて欲しいです!」
「分かりました。いくらでも付き合いますよ」
この人は私の言葉使いをとやかく言わないから接していて楽。
「今日はメルヴィルさんと私たちの思想と組織の名前を考えてきました。思想の名前は改革思想、組織の名前は改革派。改革派って全然組織の名前っぽくないですよね。でもこれはメルヴィルさんの作戦なんです。改革思想を持つ人を改革派とすることで組織の人数を偽装をしようとしているんですよ」
「それは凄いですね。メルヴィル様はやはり頭がよいようで。ですがメルヴィル様に熱を入れすぎるのは感心できません」
お姉ちゃんの婚約者だから駄目なのは分かっているけど仕方ないじゃん。
「メルヴィルさんが格好よすぎるのがダメなんですよ。それにもしかしたらお姉ちゃんは婚約破棄するかもしれないですし」
「そういう話がありましたね。ですがまだ婚約者です。お気をつけください」
「はーい」
こんなに尤もな事を言われてしまえば納得するしかない。
「でもメルヴィルさんが加わってから急速的に知名度が上がってます。これはメルヴィルさんが凄いからだと素直に褒めるべきです」
「ええ。メルヴィル様は凄いお方です。人を褒める事はいい事ですが、一人の方に熱を入れすぎるわけにはいかないのが王家の人間です」
「そんな事は百も承知。だから私は結婚しません」
今までの王家の人の結婚は政略結婚十割。
好きな人と結婚したい人はお城を抜け出して、更に国からも好きな人と一緒に逃げ出さなければいけない。そうした場合問答無用で王家の人間から外されるから十割というわけだ。そうするのは面倒だし相手も一緒に来てくれなきゃできない事だからそれをするつもりはない。
だけど政略結婚はしたくないから結婚を拒否する。
「それを許してくれるとは思いませんが」
「許して貰うために成果が必要なんです。成果を出せばお父さんは私に無理強いはしにくくなるし、いざという時は国民のみんなに訴えかければ助けてくれるかもしれないですしね」
「この活動は政略結婚しないためでもあるんですね」
私はもう十七歳。
後五年以内には結婚をさせられるだろうからそれまでに大きな成果を。大きな成果を挙げて政略結婚しないというのはずっと昔から考えていたけどタイムリミットが迫ってきて私は焦っている。
メルヴィルさんが加入するまでのペースでは確実に間に合わなかった。だから私はメルヴィルさんには感謝している。
「ところで改革思想はライアンさんが私に教えてくれた思想だけど考えたのもライアンさんですか?」
「私ではないです。街を歩いていた時に偶々改革思想について話をしているのを耳にしまして。それが面白いと思ったのでお話しました」
私たちの活動の基礎を作った方に是非お礼をしたいところだけど今更それを知ってもだよね。
「今更探し出せないですよね」
「頑張ってみます」
「ありがとうございます!」
まさか探そうと動いてくれるとは思わなかった。心の声が漏れた事でいい方向に動き出した。
「それではありがとうございました」
私は部屋を後にしてすぐにお城から出て本部に立ち寄ってから宣伝活動を始める。
――――――――――――――――――
俺ーーメルヴィルは再び幹部会に来ている。
前回頼んでおいた事の結果を報告してもらいに来たのだが部屋に入ってすぐに結果が書かれた資料を渡された。
「ありがとう。それと例の思想の名前は改革思想と名付けられる事になったようだ」
「情報が早いですね。《創糸操術》は情報収集にも使えて便利で羨ましいです。勿論それを使いこなせるメルヴィル様のお力あっての事ですが」
俺が組織に加入しているとは思われていないようだ。
「血の力だ。あの父の血を受け継いでいる事は癪だが」
俺は結果が書かれた資料を持って部屋を後にして自室で資料の中身の確認をしていく。この部族の人たちほとんどにアンケートが出来ている事に幹部の凄さが分かるが、結果としては賛成は三割ぐらい。
予想以上に多い。
もっと自分の部族優先で考えると思っていたが、他の部族と交流が多い今、余り自分の部族を大事にしまくるみたいなのは薄いんだな。
これなら俺たちの部族から出る十人の議員の中に三人ぐらいは賛成派がいるという事か。まだ議会で過半数を越えるには届かないが四割まで増やせれば過半数が射程圏内。
十分達成可能に思える。思えるけど現実的に考えれば説得するのは難しすぎるよな。部族の説得をしなければいけないが他の部族の領地で宣伝活動をするわけにもいかないし。
これはもう議会での勝利は諦めてクーデターで何とかするしかなさそうだな。
アレッタ様頼りになってしまうから俺のできる事はもうほとんどありやしないのだが、もう少し頑張ってみるか。
それを終えたら市民の説得に協力していきたい。俺は自分の部族と協力関係にある部族の元に急いで向かう。
木が所々ある所を通った方がいいため道から少し外れたところを走る。走りながら糸を一瞬で数十メートル先の木まで伸ばし、木と自分に引っ掻ける。そして、木側の糸を操って自分を木側に手繰り寄せるというのを素早くやって俺をかなりの速度で木に引き寄せる。
この移動はバランス感覚と自分に引っ掻ける位置がかなり重要でバランスを崩せば引きずられる。引きずられると糸で引く事はできても自分を止める事はできないので止まるまで体を地面で摩るから大怪我するのだ。
一回失敗した時は腕が血塗れになって大変だった。
その時は顔を守るために腕を地面に着けていたから摩擦で大変な事になったし、最後に木でも摩ったからその時に木の皮で皮膚を抉ったとかだった気がする。
その時の傷跡が少し腕に残っている。
という事もあったが今では完璧に糸を使いこなしているし失敗した時の対処法を編み出したからもう大怪我する事はない。
俺は馬をも追い越して他の部族の集落に来た。
ここで勝手に宣伝しても文句を言われるだけだろうが俺は次期族長なのだから、悪い印象は持たれたくない。だからこの部族の族長の子供に会いに行く。
族長にアポ無しで会えるかどうかは運次第なので確実に会える子供に会いに行くのだ。
族長宅はかなり広い。俺の家よりも少し広いのではないだろうか。
家の前で警備員に話しかける。
「族長の息子エルドに会いたいのだが会えるか」
「アポはありますか?」
「ない」
「それでは少々お待ちください」
警備員は俺と話をしていたところから少し離れて音声通信の魔法具を使って何かを話しているようだ。糸を使えば盗み聞きも可能だが聞くまでもなく話している内容は分かる。
会えるのかどうかの確認を取っているだけだ。
警備員が名前を聞いてこなかったし警備員は俺の事を知っているだろうからすんなり話は進むだろう。
予想通り警備員はすぐに戻ってきた。
「お入りください」
警備員がドアを開けて中に入れてくれて、中に入ったところで案内してくれる人が出てきた。
「こちらです」
同じような壁がずっと続いている道を何度か曲がったところの部屋の前で案内してくれていた人が立ち止まってドアをノックする。
「メルヴィル様がお越しになられました」
「入ってください」
案内の人がドアを開けてくれたので俺は室内に入る。
天井にはでっかいシャンデリアがあり、部屋にある家具も高級品ばかり。だが部屋は汚い。