始動
「味方が誰なのかを正確に知るために来ました」
アレッタ様と軽く世間話をしながら国会を見ていると例の発議になった。
張り巡らせてある、糸から伝わってくる振動に集中してどちらを選ぶのかを確認する。
反対406、賛成44
想像より多いな。下の部族からの票ほぼ全てと一部の上の部族の合計だ。まだまだ先は長いが、上の部族から数人賛成者がいるのはいいな。
ここからは賛成者に接触を図りながら新しい賛同者の入手、民衆をその気にさせなければいけない。
「まだまだ先は長いですね」
過半数到達には賛同者が251人必要になるからあと207人は絶対に必要になってくる。
「最初はこんなものですよ。私はもっと少ないと思っていましたから」
「同感です。ただ、次の議会からは自分も出ますのでそれまでに民意をいくら得られるかが鍵ですかね。その情報をもとに説得しようと思うので」
民意なしで改革をしようとしても無意味なのだ。だからこそ、これを提案したアレッタ様がいかに民意を集めるのかを確かめたい。何故なら改革に成功すれば間違いなくアレッタ様は英雄扱いされ、アレッタ様の言葉に絶大な効力が生まれる。
その力を民意なくして扱うわけにはいかないためと、その力をどのように扱うのかを見極めるためだ。もし俺に都合が悪いような使われ方をされそうなら、すぐにアレッタ様とは離れて俺一人で改革を行う。
改革は絶対に行うのだが、見るべきなのは現在ではなく改革後の未来だ。常に未来を見据えて行動していく必要がある。
「民意を得ることはアレッタ様にお任せしますので、議員の取り込みはお任せを」
「頼みます」
俺はアレッタ様に糸を仕込みながらこの場から離れて、議員に接触を図る。
まずは下の部族の賛同者に俺たちが最初に集まった建物に出向くように声をかけにいく。
一応アレッタ様が拘束されている振りをしていた建物には本部という名前がつけられた。
声かけに奔走して、下の部族三十九人全員に声をかけ終わり、上の部族五人に接触を図る。
こいつらには護衛がついているからそう簡単には接触できない。我々の改革の内容が伝わってから堂々と話し合うか、護衛のいない隙をついて話すかの二択。印象がいいのは前者だが、一人一人に裂ける時間はそう長くはない。
他の議員の説得をする時間が無くなってしまう。可能性が高い少数票よりも、可能性の低い多数票を手に入れて数を揃えておいた方がいい。運が良ければ四大部族という肩書きだけで説得する事も可能であろう。四大部族に取り入りたいと考える部族は少なくないはずだ。
家の力を借りるようで癪だが時間がないため仕方がない。
上の貴族の説得が終われば、次はウォーカー家の議員を説得して味方を増やしていく。
これらを全て今の議会の期間が終わって休止してから次の議会が始まるまでには終わらせておきたい。
というのも次の議会では俺も議員になって直接干渉できるようになりたい。正式な場で四大部族の議員の発言は重いので、その力を直接使えるようにして、更に多くの議員を引き込むのが目的だ。
もしこれらが失敗すればアレッタ様が集めてくれた民意を利用してクーデターを起こすしかない。
議会政治に意味があるのかは分からないが、どれだけ求められていることなのかは議員に伝わってくれるはずだ。そのためにもアレッタ様には確実に民意を集めてくれなければ困る。
全てが上手くいった暁には俺とアレッタ様の発言力は絶大的なものになり、この国の実質的な権力者は俺たちになる。そして俺とアレッタ様は繋がっているからこの国を支配することなど容易だ。
というのも少しあるがアレッタ様が協力してくれなさそうだし、支配できても大変そうだから本当に少しだ。
ただ可能不可能で言えば可能であるという話である。
色々考えを整理していると、糸に反応が出た。議員の近くから人が居なくなったら反応するように、透明で細い糸を張り巡らしておく。どうやら警備に隙が出来たようなので、急いで移動して屋敷に入り、警備を掻い潜って上の部族の賛成してくれた人の前に出る。
「私はウォーカー家嫡男メルヴィルです。訳あって急な訪問になってしまいましたが、お時間頂けないでしょうか」
武器を持っていないことを示しながら自己紹介をする。
「先日の議会で出た審議の一つ、現在の議員の選出制度を変えることについてお話したいのです」
「ウォーカー家の頼みとあれば」
「ありがとうございます。私と会ったことはどうか内密に」
まずは周囲には喋るなと釘をさしておく。
「賛同した理由を教えていただけないでしょうか」
「その方が民衆のためになると思っただけですよ」
これは良さそうだ。
「そうですか。私はこの意見に賛同して推進しようと動いています。なので今後も同じような議題が出たときは賛同していただきたいのですが」
「民衆のためだと思えば賛同します」
「それが一番です。この意見について詳しい話がお聞きになりたいのでしたら、この場所に行ってみてください」
パンフレットを渡す。このパンフレットには意見の説明がのっているもので、アレッタ様が作ったらしい。
「貴重なお時間をくださり、有り難う御座いました。それでは失礼します」
俺は来た道を戻り警備員に見つからないようにしながら再び他の賛同者の隙を探す。俺は屋敷が見える位置で糸に集中する。
まだ近くにいる理由は、あのパンフレットに仕込んである糸を使ってあいつがどう行動するのか監視するためだ。賛成した程度では全然信用できないから、監視は必須。反対派の貴族に報告されると最悪、俺たちの活動の邪魔をされることになる。
そうならないように監視をする必要があり、もし報告された場合は即刻アレッタ様に知らせて、本拠地から全員退避をしなければいけない。
そうなってしまえば次の本部探しが大変だ。民衆の支持を得なければいけないため、この都市部に本部が欲しいのだが、監視が厳しくなってしまうだろうからな。
もし報告しようとすれば人目の付かないところで脅しをかける必要が出てくる。それは面倒くさいので報告は止めていただきたい。
俺たちが磐石な体制を築くまでは邪魔をさせないことが最も大事なため、いざとなれば面倒くさくてもやるがな。でもやっぱり、面倒くさいものは面倒くさいのでアレッタ様には早急に民衆の支持を得てほしい。
民衆の支持を得られてから邪魔をしてきても民衆が守ってくれて、民衆の支持が高いことのアピールになる。
全てはアレッタ様にかかっている。
待っていても暇なのでアレッタ様の監視ように糸を飛ばして、アレッタ様の活動を見守って暇を潰した。
アレッタ様が本拠地に帰るようなので、俺も帰る準備をする。アレッタ様より先に帰るのは気が引けるので後に戻れるように調整しながら戻った。
「ただ今戻りました」
「お疲れさまです」
アレッタ様に一番に労っていただけた。
「アレッタ様もお疲れ様です」
「もしかして私にも糸を飛ばしましたか?」
何で分かったんだ?
「護衛用に」
「そうですか。私は大丈夫なので他のことに割いてください」
「まだ全然余裕が有りますので」
あと五人ぐらいなら監視できるぐらいの余裕。
「そうですか。報告を聞いてもよろしいですか?」
「はい。今日は賛成した下の部族には声をかけ終えましたが、上は全然です」
「護衛が多いですから仕方ないですね。でも護衛がいないからって全てに声をかけ終えたのは凄いですよ」
そんなことないんだけどな。
「自分には糸がありますので」
「やはりメルヴィルさんに頼んで正解でした」
そこまで言っていただけるとは。
「明日以降も頑張ります」
「私の方は全然でしたので、ほどほどでも問題は無いですよ」
「個人に声をかけるよりも、会社などの団体に声をかけた方がいいと思いますよ」
今日のアレッタ様は一人一人に声かけを頑張っていましたが、それでは時間がかかりすぎる。
「そうですか…その方がいいですね。明日から頑張ります」