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第8話 ボクの賭け

 ◇◇◇◇


 キュイン……キュイン


 ボクが大釜を振る度、柔らかい衝撃と変な反響音が響く。

この大釜の刃は長い。柄を振り落とせば相手の背後からダメージを与える……ハズなのだが、刃先は彼の背後にあたるどころかこんな感じで弾かれてしまう。

 そして彼は「準備運動を念入りにやるつもりなのか」と面倒臭そうに言うだけで一向に攻撃してこなかった。

 

 そう、これはボクの得意な武器ではない。

ボクは彼の実力を見てみたいという意味合いで視覚映えがする大釜を使っただけなのだ。

 それが反撃もされず巧くあしらわれている。

 結果的に『見下した相手に完全に見下された』と言ったところだろうか。


 このままでは『攻撃するなら攻撃してもいいんだよ』とか『それは一つの攻撃に特化しているが、連続使用や防御には向かない。武器を変えろ』と言われかねないのでこれを振るうのは止めた。

 

 …………ホント、ムカツク。


 「よし、準備運動は終わり!」


 「それじゃあ頼みますよ、試験官殿」




 ボクは大釜を諦め尤も得意な剣に変えた。




 「――とその前に……ちょっと面白い提案をさせてもらおうと思うんだ」


 「面白い? 俺はこれ以上の面倒事を抱えたくないんだがな」


 「とりあえず話だけでも聞いてみないか?」


 「OK、聞くだけなら構わんぞ」




 そこでボクはある提案をした。

 その提案を聞いた彼は、「何かたかが高校受験如きでハードル上げていないか?」と迷惑そうである。


 「いやいや。多分君の実力なら合格間違えないと思うよ」


 「ならもう終わりでいいだろ?」


 「どうせ試験するならさ、ボクとしてはキミの実力が知りたいわけ」


 「それで『勝負したい』ということなのか」


 「そのとおり」


 「それに勝っても負けても俺にとって何もメリットがないのだが」


 「いい話だと思うがな。例えばキミがボクに負けた場合は大人しくボクの配下になって働いてもらう――それだけの話だ」


 それがボクが出した要求だ。

 実家では色々な問題がある。

 それを解決するために、それ相当の実力者を実家の家令として迎えたいと考えていた。

 要は彼の入試試験で実力を見極めた上で、どさくさ紛れにスカウトしようとしているのだ。


 それなのに彼は本気になることなくあっさりと試験を終えようとしてくれた。

 その上、ボクに後始末を押しつけ、自ら何もしようとはしない。

 だから頭にきた。


 ――でもこれは龍一朗が悪い訳ではない。普通に考えれば彼に落ち度はない。


 彼はクソ雑魚相手に適当にあしらっただけに過ぎないのだ。

 だから、本人の知らぬところで勝手に期待したボクが悪いということも分かっている。

 それだけボク自体追い詰められた状況なのだ。


 そして今、ボクは調子の良いことを言って彼を自分側に引き込もうとしている。

 多分、彼は想像どおりの逸材だ。

 仮に期待外れだったとしても、その時はからかい相手の後輩として交友を深めていこうと思っている。

 

 だが、そんなことを考えていたら彼は意外なところを突いてきた。


 「ほう…それで、仮におまえに負けたとしよう。おまえは俺に何をさせたいんだ?」


 これは予想外の質問だった。

 通常なら、この流れで言うと『俺が勝った場合』の話を次にするのだが、彼が興味を示したのは『負けた』時の話のものだった。

 これはボクが何を考えて行動しているのか探っていることを示しているのだろう。

 つまりは彼は勝ち負けのことなんか考えておらず、ボクの目的をあぶり出そうとしているということだ。

 相変わらず厭な所を突いてきた。

 当然、家が絡んでくることなのでそれはまだ言えない。

 とりあえず言葉を濁す。


 「……まあ、せいぜいとりあえずは一般的な先輩としていたわってくれればいいさ。第一キミは後輩のくせして先輩を労る気持ちを知らないからな」

 

 ボクのその言葉に彼は眉を顰めて顔を引きつらせた。

 彼は怪訝そうな表情でボクを見ている。

 そして彼は呆れた表情でボクに苦言を呈する。


 「先輩を労わないのはおまえも同じ事だろ?」


 彼はそう言いながら横で伸びているヒトミンこと人見仁美を指差した。

 だが、それは違う誤解だ。

 なぜならばあれは格下だから。それは仕方がないことだ。

 そのまま彼は話を続ける。


 「それによぉ、俺が勝ってもメリットは何にもないじゃん」


 はぁ? 何言ってくれているの?!

 この上ない名誉なことじゃん! 普通こんな破格なご褒美ないって!


 「それ、ボクの国では非常に名誉なことなんだよ!」


 「でもよぉ……『卒業後はボクの家で雇ってやってもいいし、何ならタメ口で話すこともいい』って言うのってあまり内容が変わらないような気がするが……普通ならさ、勝ち負けで何かを賭けるのであれば勝者が決めるハズだろ?」


 「五月蝿いな。文句はあるようだがこれは決定事項だ。さあ始めるよ」


 「……おまえ、すげー我が儘だな」


 龍一朗は面倒臭そうに答える。


 「それはお互い様でしょ!」


 ボクはここぞとばかりに思いっきり剣を振り下ろした。

 再びキュインという音が響く。

 当たった剣先を確認すると、相手の木剣と衝突していた。

 よく見ると相手は木剣。ボクは鋼鉄の剣……本来ならば一刀両断というところなのだが、木剣は強化されているのか表面にヒビや欠けることなく綺麗に原型を保っている。


 だが衝撃波はどうだろうか?


 すぐ脇の壁は崩れそのそれなりのダメージを与えていたが、彼自体に影響はない様だ。


 「おやおや、俺の代わりに施設をぶっ壊すなんて、何て素敵なお姉さんだこと」


 「大丈夫、何かあればキミやそいつらも巻き込んで一緒に責任とればいい!」


 「ひでぇ……あいつらもドン引きしているぞ」


 実際、責任の取り方なんてそんなもんだ。

 まぁ、この場合は試験の最終責任者である神守側と学校側が施設提供の義務を負い、試験実行委員会が運用的責任を負い、試験官が実行責任者として、受験者は試験要項に従う義務を負う。

 当然、一般の設備を破壊すれば、行為者が責任を取らされるわけだ。

 だがここは魔術闘技場。本来破壊できないハズの施設となっている。

 だから『思いっきり戦って良いとはされている』が『ここを破壊してはいけない』旨の記述はされていない。


 あいつはそれを分かっていて壁を壊す様なアピールした。


 全くふてえやつだ。


 「キミさぁ……ここなら壊しても誰も責任問えないって知っていてぶっ壊したんだろ?」


 そう言いながらもう一発剣を振りかざす。

 案の定、反対側の壁に衝撃波が直撃、建物が揺れ始める。


 「おまえ、考えて壊せよな! このままだと天井が下に崩れるだろ!」


 彼はそう言いながらボクに向けて……いや、その様に見せかけ天井に衝撃波をぶち当てた。

 建物がガラガラと崩れるが、下にいた焼豚、仁美そして香奈子の兄貴には直撃せず屋根は中央から外側に開くように崩壊した。


 建物が崩壊し屋根が無く床面だけの闘技場。

 当然、ボクらはそこだけに留まらず、そこらかしこで鍔迫り合いの状況が続く。


 その度に教育棟に、体育館に、そして実習棟に衝撃波が飛び交い学校施設にヒビや亀裂が走る。


 「サクラおま……それやり過ぎだっつうの、加減考えろ!」


 「うるさい。法術師同士の戦いってこんなもんでしょ!」


 遂には教育棟がガラガラと音を立てて崩壊した。

 真新しい建物だったが、これは楽しいことなのでしょうがない。

 一方で龍一朗はというと顔色が段々青くなっていった。


 「おいおいおいおい……ここまだ建って1年もしないのに――おい真成寺某、チャーシュー、この馬鹿止めろ!」


 彼はまるで私だけが悪者のように仕向けていた。

 止めるようにいわれても今の彼らは右往左往しているだけでは私を止める統べはない。

 

 ――これではまるでボクが希代の魔女みたいだな。


 「何言っているんだい。キミはこうなることも想定してこの学校ごと転移させたんだろ」


 「最悪な事態を想定するのは当然のこと!」


 「だがその最悪の事態に陥ったということはキミは愚か者なんだよ!」


 「何ぃ!」


 彼を煽り立てて剣を振り下ろす。

 だが、いくら剣を振り下ろしても、結局の所彼の剣先にぶち当たる。


 「あぁ、もう! 剣術が拮抗していて決着がつかない!」


 ボクが金切り声を上げていると、彼は涼しそうな表情で首を傾げている。


 「拮抗? ――まあいいや。次は何で勝負するんだ?」


 「法術……」


 ボクがそう呟いた時、龍一朗の目がギロっと光った。

 何か厭な感じがする。

 そもそも、あいつは人の法力を利用しただけであって法術を使っていない。

 試してみたいという気持ちもあったが、威力的にどうたらこうたらと言っていたので本当に収集が聞かなくなるような気がした。

 では代わりの物というと……やはりあの手を使うしかない。



 「法術はやめておくよ。だったらアレにするか」



 そうなるともはやコレは不要だ。

 地面に金属音が鳴り響いた。



 「剣を捨てる? 正気か」


 「何も剣だけが人を倒せるって訳ではない」


 「なら打撃系みたいな他の手段でくるのか?」


 彼も剣をその場に捨てようとする。当然、ボクは彼にこういって助言した。


 「キミはそのボクが使っていた剣を使ってもらっても構わないよ」


 「――まるで木剣では到底無理とでも言いたい様だな」


 「暗にそう言っている」


 「ちなみに俺は打撃系は得意ではないんだが」


 「尚更それを使いなよ」


 「おまえがそういうならそうさせてらもう」


 彼は渋々ボクが放り投げた剣を手にした。そしてその剣をジッと凝視しブンと振り下ろした。


 「一応、細工はされていないようだな」


 「当たり前だよ。別にキミを殺そうとは思ってはいないし、ただキミの実力が知りたいだけだし。でもこれはボクが本気を出してやらなければ意味がない」


 「そんなことをして俺の実力を試そうとするのか?」

 

 「あぁ、そうだ。加減はするけど……ヤバいと思ったら逃げることを勧めておく」


 さて、これで彼の実力が測れる。

 そう思っていた矢先、見慣れた顔が怒号をあげてボクらに迫って来た。


 「話が違うじゃねえか!」


 そう言ってボクらの間に割って入ってきた奴――いや、彼女は龍一朗の知り合いという青い連中の少女である。

 たしか、彼女はキユだ。

 そして彼女と一緒に行動しているのがバーナード。

 その彼も困惑した表情でボクらの間に割り込んできた。


 「ちょっと校舎ぶっ壊すなんてやりすぎなんじゃねえか」


 ちなみに抗議の声は――ボクではなく龍一朗に向けられていた。

 その彼はと言うと。


 「知らん!」


 そう言ってボクが悪いと言わんばかりに顎で指す。

 彼は面倒臭そうに手にした剣の肩に担ぎ上げた。

 明らかにテンションが下がっている。

 彼らの下らぬ注文に水を差された形だ。


 「何、キミ達邪魔する気?」


 ボクの文句にキユが顔を引きつらせ答える。


 「あたしらもそこの体育館で試験を受けていたんだけどさ、そんな実戦的なものじゃなく基礎的な法力容量だったけど」


 「ならキミらは受かるでしょ」


 「それで何であんたはうちらのバル……いやうちらのタイショウに何で喧嘩ふっかけているのか?」


 彼女は微妙に言葉を言い直す。

 そもそもバルという渾名が何を意味しているのかわからないが、どうやらタイショウというくらいだからリーダー的な意味合いなのだろうか?

 それだと龍一朗は彼女らを何らかで凌駕しているということなのだろう。

 断然、その実力を確認したくなった。

 チラリと龍一朗を見る。

 彼はこちらを直視し様子を窺っている様子だ。

 

 ――よかった。戦意は失ってはいない。


 「なあ、龍一朗。先ほどの条件にボーナスを付けようと思うんだが、どうかな?」


 「へぇ……俺はそれ以上に何をやらされるのかな?」


 「そんなに厭な顔をしないでくれよ。キミの条件に変更はないからさ」


 「どういうことだ?」




 「キミが勝ったらの話だ。先ほどの条件では納得できない様なので――だったら、ボクがキミのお嫁さんになってやるよ」




 「…………………………はぁあああああっ?」


 ボクの提案に龍一朗はかなり驚いた様子で、何しろ手にした剣をカランとその場に落としてしまう位なのだから。 

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