第7話 時にして本音と建て前が入れ替わることがある
仁美が腰を抜かし奇声をあげてパニックになっている。
その近くには先ほどまでこんがり焼き焦げていたチャーシュー。そして未熟な家の取り巻き共が右往左往している。
俺の目の前には分不相応な試験官がキョドっており、俺を『全力でヤレ』『何かあれば止めに入る』と煽ったバカが何故か激怒している。
――もう、こんな無意味な試験をさっさと終わらしたい。
そのためにまずは今の状況を整理するとしよう。
とりあえず、未熟者共とバカは放っておいて……仁美の状況を確認しよう。
彼女のパニックの原因は何なのか。
ブルースターという言葉で酷く動揺していたところから察するに、おそらくうちの部隊が彼女の出身地である『緑の杜人』を征圧した際に何らかの迫害を受けたと推測できる。
もちろん、俺個人に彼女に対して恨み辛みはなく、統治者としても今更彼女らを責めるつもりもない。あくまでも静観の構えである。
ただ、ここでは試験真っ最中ということもありこのまま彼女を放置しておくといろいろ面倒である。
それに俺はイヤイヤ参加させられた受験生で本音を言えばさっさと試験を終了させたい。
そこで俺以外で彼女を巻き込んだ人物にその責任をなすりつけることとした。
「悪いが俺の代わりにアレを宥めてやってくれないか?」
「はあああっ?! 何勝手なことを言っているんだ!」
案の定サクラはブチ切れた。
なので「俺は受験生だぞ。試験を円滑に進めるためにはここの責任者が対応するべきだと思うが」と言いながら剛らを指差し更に付け加えた。
「こいつらに対処する能力あると思うか?」
「ぐぬぬぬぬ……ズルいぞ、キミは!」
「もはやこうなっては試験どころではない。それにおまえの連れがイレギュラーな事態を起こしているんだ。当然、彼女を連れて来たおまえが対処すべきではないか?」
「ボクに責任転嫁するなよ!」
サクラはぷんぷん激おこであるが、それは俺の責任ではない。
そもそも、試験で課題をクリアしただけなのに怒られる理由はない。
元を正せば、あのチャーシューは自分の意思で術式をぶっ放し、それに対して俺が相手の力を利用して返り討ちにしてやっただけのこと。
サクラは『人を殺したらどうなるか』なんて怒っているが、あくまでも相手の力をお返ししただけだ。
それさえ対応できずこの様な状況になっているのだから、喧嘩ふっかける方がどう考えても悪い。
それがやり過ぎだというのか?
だったら本気出せと言うんじゃない!
もう、この状況では試験継続は困難である。
俺は試験官である彼に尋ねることとする。
「おい真成寺某、こうなってはどうしようもない。試験は終了でよいか?」
「い、いやいや。まだ終わっていない……」
「ほぉ、ではこの状況収集するのか」
「そ、それは……」
彼は気まずい表情で下を向き黙り込んでしまった。
本人もそれは理解しているのだろう。
「おまえも分かってはいるとは思うがこの状況で継続すると言っても無理だぞ。そもそもあんな火すら吹き飛ばせないおまえらに何が出来る。その上、今の俺では加減ができない。そこのサクラが言うとおりこのままだと死人が出るぞ」
一応は止めるよう促してみるが、彼は「やめるというのは……」と渋っている。
そうなると、これは彼の意思ではない。
彼はそれを実行する役割を背負っているに過ぎないということを意味している。
裏を返せば決定権はないということで、今の状況下では平和的解決は無理だ。
ならば、平和的な解決を進めるためにちょっと姑息な手を使おう。
「おまえら俺の実力を知りたいんだろ? ここはおまえ等で言う魔術の訓練場。どれだけ本気出しても壊れないように術が施されているハズだよな。だったらここの建物をぶっ壊してしまえばその能力を超えているということだ。それで試験終了でいいと思うのだがどうだろうか?」
そう、これは悪趣味な俺の思い付きである。
どうせ親が経営している学校だ。
この真新しい建物を試験という名目で遠慮なくぶっ壊せるんだ。
こんなことを思いついたのである。これでこいつらは怪我しないで済むし無駄な争いは抑えられる。まさにwin-winである。
被害はうちの家が被るだけ、そう思うと思わず笑みがこぼれる。
「それではまずはこの壁だ」
俺は指し示した壁に向かい、軽く裏拳で壁を叩く。
ガボン!
いい音が辺りに響く。
「ご覧の通り穴が空いたぞ。この壁の感触からするとこの建物には威力を1/100に軽減させ術式を使っていた……と推測するが、これでもまだ試験を続けるつもりなら今度は本気で壊してやろうと思うのだが、その場合誰が責任を負わされるんだろうね。そうならないようにするには、おまえならどうする?」
ちなみにこれはハッタリではない。
こんな施設ぐらい俺の法術を解放すれば容易に破壊できる。
もちろんそうなれば大騒ぎになるだろう。
それを見込んで建物ごと向こうの世界に転移させた。
向こうの世界なら死人が出ようが建物が全壊になろうが問題はない。
さて奴らはどうでるか?
無策でうちの家の言いつけを守り試験を続行するか?
またはハッタリと勘違いするかもしくは玉砕覚悟で攻撃を仕掛けてくるか?
それとも俺の提案をあっさり受け入れ試験を終了するのか?
「ちなみにこの建物は結界を張り巡らされた特別誂えの代物だ。1億程度で済む訳がない。それを遠慮なく壊すと俺は言っている」
ここまで脅しを掛けているのだから決定権がない彼らでも、『上層部からしても好ましくない事態』ということはわかるだろう。
上層部がここにいない現在、そうなると現場で判断するしかない。
故に彼らは正しい選択をするハズだ。
――と、まあ実に平和的な解決である。
だが本音を言うと、これは実につまらない。
今まで 色々な経験を積んだ俺からすると拍子抜けというか期待外れと言うべきか些か物足りない気がする。
もっと予想外の事実が起きてくれなければ人生つまらないじゃないか。
あとは俺の脇にいるネエチャンがごねてくれれば平和的解決ではなくなるのだが、面白い事にはなりそうだ。
案の定、サクラが俺に俺の元に詰め寄る。
「キミさぁ……試験滅茶苦茶にして今更中止ってないだろ?」
「ではどうするんだ。この連中は明らかに実力不足。それに付き合わされる身にもなってくれ。だったらここらで平和的解決を望むのがいいのではないか」
「確かにそういう方法もあるけど」
サクラはあたりを見回す。
そしてチャーシューや剛に視線を落とすと深いため息を付いた。
「確かにキミの言うとおりかもしれないね」
「じゃあ、おまえならどうするんだ?」
大体そう仕向けると決まって答えは2つに絞られる。
一つは『じゃあやめよう』、もう一つは……
大概は前者を選ぶ。
だが、この興味本位で顔を突っ込むお馬鹿はそうではない方を選ぶだろう。
「じゃあボクが試験官になってやるよ」
やはりこのバカは予想を裏切らない。俺の欲求不満が解消されることになるだろうが、その反面平和的な解決は困難となった。
――要は全力でやっていいということなんだな。
こいつの実力はどんなもんなのか判断つかないが、剛らも彼女に頭を下げてあっさり引き下がるところを見ると、少なくとも彼らよりも格上と考えるべきだろう。
ただ、剛が頭を下げた理由が『単に上位能力者に後を頼んだ』と判断すべきか、それとも『こいつも俺の家の関係者』で謝辞の可能性もある。
家の関係者となれば俺と敵対するのは必然。
ちょっと探ってみるとするか。
「試験は『合格』もしくは『不合格』という形で終われば全て丸く収まるが、おまえはそれを望まないのだな」
「あのさ……ここまで好き勝手されてボクの怒りが収まると思うのか?」
彼女の言葉に強い口調が混じる。
試験内容よりも怒りの感情を優先させるというのか?
この様子では、家の関係者と仮定すると疑問点が消えずに残る。
いずれにしてもそれ相応に相手にしてやる必要がある。
「おまえちょっと落ち着け。何をすれば解決の道筋が通るのか頭が悪いなりに冷静によく考えろ」
「なにぃ! ボクをバカにするな!」
サクラは俺の挑発に耐えきれず俺の胸ぐらを掴みかかった。
これで完全に平和的な解決方法はなくなったわけだ。
◇◇◇◇
とりあえず、仁美はサクラの法術で眠らせた。
これで一つ問題は解決した。
ただ、先ほどと打って変わってサクラの様子が変だ。
妙に落ち着きを取り戻している。
淡々としており、感情が露骨に表現されることがなくなった。
こいつ、怒りが爆発すると冷静になるタイプか?
それとも――。
どっちにしても、今となってはそれはどうでもいい。
こちらも淡々と試験内容を尋ねることとする。
「ところで、試験は法術か? それとも……」
俺は穴が空いた壁を見る。つられてサクラも壁を確認する。
「なるほどね。法術ではこの建物が持たない……ということなんだな。では剣術にするか」
そう言うと彼女は取り巻きの一人に「練習用の剣を1本持って来てくれ」と指示すると持ってこさせた木剣を俺に投げつけた。
「それでおまえは何を使うんだ?」
サクラはフフンと自信ありげに自分の脳天を指差す。
「その木剣でボクを殴ってみろよ」
「ほおう」
実に挑発的である。
やってみろということには必ず言葉の裏がある。
この場合は『期待通りにならない』か『痛い目見るぞ』あたりだろうか。
少し彼女を観察する。
案の定、目に見えない何かが彼女の周りを覆っている。
なるほど防御用結界か。
ここの建物を覆っているものとかなり酷似している。
ただ、彼女の術式はそれと比べて段違いであり、剣豪の打撃力でさえもはじき返すといった鉄壁のものである。
つまり、その状況で思いっきり木剣を振るえばその衝撃はダイレクトに攻撃者に返され、結果的に自分にダメージを与える結果となるのだ。
――要は、彼女は俺がそれを見抜けるかどうか試している。
実に小賢しいことをしかけてくる。
なんなら防御用結界を叩き壊した上で、彼女の脳天に思いっきりかち割ってやろう…と思ったが、それも大人げないのでやめた。
ならちょっとからかってやるか。
俺は木剣の刃の部分ではなく剣背(平面)を下にしてそのまま彼女の頭の上に打ち付けてやった。
剣は結界をすり抜け、スコンといい音を立て彼女の脳天に直撃した。
「あいたっ!」
俺はここぞとばかりに「しゅーりょー」と木剣をその場に転がした。
当然彼女は納得がいかない表情で「おかしい!」と俺に抗議をした。
「なぜおまえが怒っているのかイマイチわからんが、おまえの衝撃結界なんて無効化すればいくらでも叩けるぞ。刃体で思いっきり叩かなかった分だけありがたくおもえよな」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
彼女は直ぐさま俺の前に回り込む。
「……い、一次試験合格だ。次は二次試験!」
彼女はまだ戦うつもりでいるらしい。
「衝撃防御結界の試験が終わったからもういいでしょ。今度は何?」
彼女はチッと舌打ちすると「次は実戦」と下に転がる木剣を広い再び俺に投げつけた。
そして自分は闘技場教官室に戻ると布に包んだ大きなモノを構えた。
「サクラ、おまえ何を構えている?」
「ああ、これか」
サクラはグルグル巻で巻かれた布をゆっくり巻き取ると大きな鎌の刃体が露わになる。
彼女は死に神が構える鎌様なものを俺にゆっくりと向ける。
「これは本物の刃がついている。キミはその木剣を使って何とかしてみてくれ」
ずいぶんアンフェアな実戦試験である。
俺がイヤミの一言をくれてやろうと思った時、彼女はニヤニヤしながらこう告げた。
「でもキミはこの木剣を強化することできるんでしょ? 問題はないよね」
完全に相手のリードに乗せられる形である。
確かにそうせざる終えないだろうが、彼女のことだきっとその先を考えているハズだ。
この先の展開は何となく想像がつく。
だから、面白いことをしてやろうと思った。
「いいよ。この木剣で戦ってやるよ」