第3話 それぞれの事情
「龍一朗君、あなたにはここの高等部の試験を受けてもらいたいの」
事もあろうかあずきはそう言って俺に深々と頭を下げた。
彼女が俺に対する日頃からの不満を訴えてくることは想定していたが、よもやこの様な要求をしてこようとは全く想定していなかった。
――だが問題ない。それは些細なこと、調整は可能だ。
彼女にそうさせるくらいの事態が生じたのだろう。
そこの状態を加味すれば、大凡察しが付く。
――あれだけ気丈が激しい女が俺なんかに易々と頭を下げるというのであれば、やはり生徒がらみだろう。
「それで。俺が受験すると何か良いことがあるのかな」
俺がそう切り出すと、あずきが答える前にその対象らしき女性が口を開いた。
「実は私の弟がここの高等部を受験することになっているんです」
詩菜がぺこりと頭を下げた。
その弟とは俺の友人であり同級生の村泉拓也のことである。俺に「部活存続のために名前を貸してくれ」と言ってきた男である
そう言えば彼女は苦学生だ。
やはり、うちの親の甘言に踊らされたか。それなら面倒見が良いあずきだからこそ、彼女の為頭を下げるのも頷ける。
「そうか。奨学金なんだな。それでうちの親からの提示内容は?」
「拓也の入学金及び授業料免除、そして私たちの住まいの提供なの」
「その条件を満たすとするなら寮になるな。しかも高校生の寮生活となれば男女別であろうな。ただし姉弟で共用できるものがないから、その分余計に出費しないといけない気がするが……」
俺の質問に詩菜は「その辺はどうなんだろう?」と呟きながらあずきの方を窺い見る。その視線に気付き、その説明をあずきが代わって答えた。
「彼女らの住まいは私らが住んでいる女子寮を予定しているんだけど、あそこには管理人室があるの。そこを使ってもらおうと思っている。たしかに女子寮に男子も入れるのはどうかなと思うけど、管理人室には風呂やトイレもがあり、寮生とは生活が区切られているのでそれについては問題はないかと。それに元々私がいた部屋だから私が寮室に移ったとしても管理上何も問題はないわ」
「なるほどね。確かにそいつは好条件だな」
…………………………
…………………………
それから俺たちは近くのファストフード店である『モスドナルド』に舞台を移していた。
「なんで、キミはそこで『わかった』って言わないんだよ。だから詩菜ポンが『私の体が目当てなのね?!』って発狂するんだよ」
そう言って俺の前に置かれた山盛りフライドポテトをパクパクと口に運んでいるのは、先ほどの蓑虫令嬢である。
そして俺の横には既にとんずらしていた薄情異世界人。
何なの、こいつら……
「おまえ、文句言いながら人のポテト食うな」
「そうだ、そうだ」
そう言うキユ君、バーナード君……せめて自分の食う分だけお金を払おうよ。
とりあえず、サクラの疑問点を先に答えておくとする。
「だって、その条件に俺のメリットはないじゃん」
多分、詩菜にその条件を示したのは理事長であるうちの父親か、学校長であるうちの母親あたりだろう。
大方、俺が知人である詩菜の為受験に応じるだろう、とでも考えていたのだろう。
残念ながら、俺はそこまで甘くはないし、受験したところで何もメリットない。
仮に俺にも特典を付けられたとしても、受験料免除や入学金及び授業料等の免除くらいだろうし、その特典を受けたところで親が喜ぶだけだ。
「まぁ、なんだ……うん。そうだなぁ……」
サクラは苦笑いしながら次に続く言葉を探している。
この条件下なら俺を喜ばせるものはない。
それに向こうの世界では充分過ぎるくらい色々な体験をさせてもらった。
ではこの世界で何か要望があるのかと、ふと考えてみた。
「俺に何かしてくれるのだったら話は別だが……」
そう呟いてみたはいいが、やはりこれといった要望もない。
するとサクラがジトッとした目で俺をガン視している。
「だからといって詩菜ポンの体なんかで見返り求めるなよなぁ~」
この女は何を勘違いしているのだろうか。どうなったらそういう発想に至るのか俺には全く理解出来ないが少なくともあの守銭奴様はちょっと苦手だ。
「何馬鹿な事言っている。あんなのに何かを要求したら、あとでそれ以上に集られるだけだから」
「――わかっているじゃないか」
そこでサクラはまた少し考え出す。そして絞り出すかのように唸りながら言葉にした。
「確かにキミにメリットはない……でも、ここはとりあえず貸しとして考えてあげたら?」
実際、詩菜に何かを要求できるものはないし、させるつもりもない。もちろんそれは『俺にとっては』という意味である。
だからその考え方に間違いがある。
「『貸し』――ねぇ……『恩』の間違えではないか」
俺がそう言い直すと彼女は苦笑いしながらどこかのオバチャンのように手の平を前後に振った。
「キミも嫌なこというなぁ……それじゃあ、彼女に何の価値もないと言わんばかりではないか」
「事実そのとおりだと思うが」
横にいる薄情者Aも「だったら体で奉仕するさせるといい」と他人事のようにいい、薄情者Bは「それはやめろ。おまえが妾を娶ったとなると俺はアレに殺されてしまう」と自己保身に入っていた。
その俺らの様子を見てサクラは「うーん」と唸り少し視線を下に落とした。
そしてそれから数秒後に再び視線を俺に向けた。
「なら、ボクに貸しを作るっていうことにすればいいじゃないか。一応、彼女はボクの友達だ。彼女が路頭に迷うとボクも何だかんだで困るからね」
「おまえにか?」
その意味を少し考える。
サクラはどこぞの金持ちか貴族の令嬢の様だ。そして問題になっている詩菜は白帝の旧王族である。
一応、友達という体になっているが、こいつは俺を謀る様な強か女だ。それだけのために『彼女の為に』という意味だけでは自ら交渉に出向くことはないだろう。
今、詩菜がある物と言えば、旧王族という立場くらいなものか。
だが残念な事に詩菜はまだ王族復権を許された訳でもない。
それに苦学生で金もない。
強いて言うならその名前だけが否応なしに目立つだけだ。
――ん、待てよ。
詩菜の立場が悪目立ちするなら、その彼女の近くにいれば目立つよな。
注目を浴びたいからか?
でもそれだと没落した人の近くにいる意味がない。
――――いや、その逆と言うことはないか。
例えば、そう自分のことを目立たなくしたいとか。
具体的に言うならサクラに向けられそうな視線を詩菜に仕向けることなら理解出来る。
でも、サクラはソレについては何も語っていない。
とりあえず分かったことで話を纏めるとする。
「要は彼女は俺にメリットはなくとも、おまえにはメリットがある。だからおまえに貸しを作れば何らかのメリットがある、ということか」
俺の問いにサクラは今度は頬をピクリと引きつらせ「キミは厭な解釈をするなぁ」と呟いた後、不敵な笑みを浮かべた。
「そうだ。だってボクとシナポンとはトモダチなんだからな」
この言動で俺はサクラは詩菜を何かに利用していることを確信した。
そして、そのために俺を利用しようとしていることもわかった。
……まぁそれはぁ良しとしよう。
要は俺が受験すればいいだけのこと。
この女に貸しを作っておくのも一興だからな。
「オーケーいいだろう」
これでこのうっとうしい女から解放される。
さて、この後どうしようか。
……あっ、確か向こうの残務書類がたくさん残っていたか。
家に帰ったところでまだまだ面倒事は続くな。
ふと、そんなことを考えていた。
だが、サクラは何も反応がない。
むしろキョトンとしている。
何を呆けているのか?
俺は「ん」と言いながら彼女に右手を差し出した。
もちろんその提案に乗るという意味だ。
だが、彼女に反応がない。
何か俺は間違った解釈をしたのか?!
「何だ、それでは不満なのか?」
俺がそう問い掛けると、彼女は自分の耳を疑っているのかのように「えっ、何だって?!」と聞き返してきた。
「だから『受験はしてやる』と言っている」
俺の念押しの一言にサクラはメッキが剥がれたように強かさがなくなり狼狽している様にも見えた。
「えっ、うそでしょ? マジで?? 何で???」
「おまえなぁ……自分で要求しておいてそれはないだろ」
「えっ……やだ、それじゃあボクの体が目的なの?!」
サクラは何を勘違いしているのか顔面真っ赤になりながら自分の体を両手で庇う仕草をしている。
コイツも大抵アホである。
「何で俺が自称友達の為におまえを抱かなきゃならないんだ! 俺はそんなに鬼畜じゃない」
俺にだって選ぶ権利はある。こんなにしつこい女は苦手だ。
「それに俺は受験するだけだろ。入学するとは言っていない。それでよかったらそれくらいなら良いと言っている」
俺がそう言うとさくらは恐る恐る俺の差し出した手をギュッと握った。
「ふーん……てっきり渋るかと思ったが……それにしてもキミは惜しいことをしたな」
「何ならもう少し交渉しようか? 違う意味での……」
当然そういう行為をするつもりはない。これは『売り言葉に買い言葉』のセクハラである。
案の定、彼女はそう捉えた様で、彼女は顔を真っ赤にして再び体を隠す様に縮こまった。
その仕草を見て内心ざまーみろと思いながら真顔で話を続ける。
「冗談だ。後で何か利子を付けて返してもらうとするよ」
「イヤラシい男だなぁ……もう」
そこでサクラとの話は終わった。
いや……終わったハズだったのだが……
「じゃあ、その話はそこでおしまい。本題はここからだ」
その言葉に俺とキユとバーナードはお互い困惑の表情でキョトンとしていると、サクラは待ったなしと言わんばかりに彼女は俺に近づき俺の耳元で話を続けた。
「この後、ヒマしているだろ? ボクと一緒にお茶でもしないか」
はぁ?! 何故俺がこいつと茶をしばかなければならないんだ。
俺が困惑していると裏切り者2人はここぞとばかりに「あたしはパス」「俺もパス」とと言って俺に軽く手を振った。
「ちょっとまて。何故おまえらは行かないんだ?」
「いや、行くも何もって……ねぇ」
バーナードはそう言ってキユに視線を移す。彼の代わりに彼女がそれを答える。
「誘われているのはあんただけだよ」
「はぁあ?」
そして俺はこの後、彼女にお持ち帰りされることとなる。