第2話 悪役令嬢
――ということで、この世界に戻ってきたのだが……
「……それで、なぜ俺が椅子に縛られなきゃならないんだ?」
話は学校をサボった次の日。
俺は何故か旧校舎空き教室で拘束されていた。
俺の脇にはキユとバーナードがいる……が、何故かこいつらは縛られていない。
キユは意味深にニヤニヤと俺を横目で追っているが、一方でバーナードは血の気が引いたように顔色が悪い。
まぁ、こいつらはともかくとして――何故この世界では俺がこんな扱いをされなけらばならないのか。
この屈辱まみれの処遇に、草葉の陰でファン=イーストの野郎が腹を抱えて笑っていることだろう。
そして俺を縛った相手が、ニコニコしながら机を挟んで反対側に座っている。
「昨日は何でサボったのかなぁ」
彼女の名は倉橋サクラ。高等部の1年生で俺の1学年上にあたるクソ女だ。
見た目は如何にも頭が悪そうな赤髪のギャルである。
しかも平然と中坊を拉致って監禁する辺り、とんでもない悪役である……が、その割には全体的に品が良い。どうもそこらのギャルではなさそうだ。
強いていうなら『悪役令嬢』って言葉がしっくりくる。
尋問する程度なので粗暴性はないと思われるが、このような強硬手段については彼女の粘着性を証明する形となる。
ただ、こんな状態ではあるが、俺にも弁護士役の人はいるみたいで……
「やめなさいよ。龍一朗君にも何か理由があったんだろうから」
その脇でサクラを諫めているのは村泉詩菜。彼女もサクラと同級である。
一見すると彼女も青髪のどこぞのお嬢さん風の先輩なのだが、実際には色々とバイトを掛け持ちしている苦学生である。
その彼女が俺の弁護をしている。
普通に考えると、その良心からサクラの常識を逸脱した行為を制止している様に見える。
だが、実際それは違うだろう。
彼女の正体は守銭奴。
つまり、彼女が俺を助けるということは、それに見合う正当な対価がないと彼女は動いてくれないということだ。
それを裏付けるかのように、その仕草は如何にも面倒臭そうである。
なぜその彼女が渋々俺を弁解しているのか?
その理由は容易に想像出来る。
彼女が俺を庇う理由は、以前俺が彼女を脅したからに他ならない。
その時、俺は『正体を口外したらあんたのバイト先の試食コーナーにサクラを食べ放題と唆して連れてくる』と脅した。
苦学生の彼女にとってバイト先でそんなことをされたら堪ったもんじゃない。
彼女の収入に多大な影響が出るだろう。
だから俺の機嫌を損ねないよう俺を渋々擁護しているのと思われる。
だが、仮に彼女が俺との約束を反故にしたとしても、俺は彼女に報復するつもりはない。
これはあくまでも詭弁である。
俺としては、このバカサクラの様に執拗に追及されるのは嫌だったので、牽制しただけなのだ。
その本意を彼女に話していないので彼女はイヤイヤながらも俺を庇っているのだろう。
彼女の行為は消極的ではあるが、それでもサクラとしては面白くない様である。
「なんだい。詩菜ポンまでボクを悪者にして」
サクラは面白くなさそうに頬を膨らませた。
何を言っているんだこの女、1年後輩の中等部の生徒を拉致監禁したくせに。
悪党になれない中途半端モンみたいな台詞を吐くんじゃない。
ちなみに先ほど彼女が言っていた『俺がサボった』と言っているのは、授業の事を指しているのではない。彼女が示す『サボり』とは、俺が所属する部活のことである。
俺は『形而上学部』の部員なのだが、なぜか中等部の部活に高等部のこいつらが出入りしているのだ。
彼女としては下級生である俺が部活をサボった訳だから、それが面白くないのだ。
だが、中坊相手にイキる様な先輩はウザい。
だから授業サボったついでに部活もサボってやった。
そもそもその部には俺が望んで入部した訳ではない。
俺は友人に「人数合わせで名前を貸してくれ」と頼まれたに過ぎない。
後に思えば、その友人の姉というのが前記守銭奴様であり、俺は彼女らに嵌められた可能性はある。
そして、今に至る訳だ。
正直、面倒臭い。俺も守銭奴様同様に渋々相手することにする。
「それで、サクラ――」
俺が面倒臭そうに彼女の名前を言うと、急にサクラが目をギラつかせた。
「ちょっとっ!」
明らかにご機嫌斜めな口調で俺の言葉を遮った。
プライドが高い彼女のことである。この様子では『敬称省略された』ということが気に入らないのだろう。
タダでさえ面倒な女である。その上へそ曲げられても面倒なので、「先輩」と継ぎ足して話を進めた。
「その先輩が中等部に何の様です? 別に部活をサボったところで高等部のあなた方に迷惑が掛かるわけではないのでしょ?」
俺は彼女にそう切りだした。
するとサクラは困った表情で「そ、それはだね……」と言葉を詰まらせた。
本来ならば正当な理由で俺を叱責するところであるが、この様子ではそういうのはないのだろう。
何となくだが、これは彼女の意思だけではないことがわかった
「それとも――養生あずきに何か指示されたのか?」
俺の問いに彼女の眉毛が今、ピクリと動いた。
「まぁ……まあ平たく言うとそうなんだが……」
どうやらその様だ。それなら話に合点がいく。
ただ、サクラの歯切れがイマイチ悪い。
何故か額から脂汗を掻いている。この様子からすると、どうもそれだけではなさそうだ。
それはちょっと考えれば容易に想像が付く。
「おまえ……高等部の部活にも所属しているんだろう。それはどうした?」
「ぐううう……」
サクラがうなり声を上げる。
これで彼女がここに来た理由がわかった。
「あずきにも用件は頼まれてそれを口実に中等部に入り浸っていたものの、実際には本来の活動をすっぽかしていたわけなんだな」
俺がそう追及すると彼女は頭を抱えながら「あぁ、そうだよ! そのとおりだよ」と逆ギレして癇癪を起こした。
この様子では図星である。
「大体だね、あのババアはキミを高等部に進学させるよう促してこいって言うんだ。ソレなのにキミはその気がないだろ! それを説得する方が無理なんだよ!」
なるほどね。
「だから部活サボって中等部で遊んでいた訳なんだな」
「ホント、頭が鋭いガキは嫌いだよ」
彼女はぷいっとそっぽを向く。
どうも用件を果たさず遊び呆けていたのをあずきにバレてしまい、詰問されてしまったのだろう。だから彼女は強硬手段に訴えたのだ。
それにしても俺はずいぶんと面倒な悪役令嬢に気に入られたもんだ。
その令嬢が、らしからぬ汚い言葉であずきを罵る。
「あのクソババア! だから未だに結婚できないんだ!」
ひどい暴言だ。
でもそれは単なる『負け犬の遠吠え』であり、彼女の逆恨みである。
俺も人の事は言えないが『サボった本人が悪い』その一言である。
だが、彼女はそれに飽き足らず「ここには『としまえんがない』、故にここには『年増縁がない』ってねっ」と悪口言い放題。
壁に耳あり障子に目ありではないが、こういう悪口は当人の耳にもすぐに伝わるので、余計なことに巻き込まれないようにそれとなく彼女をフォローしておくことにした。
「ソレはただ悪口だ。あずきさんの身上は関係ないだろ」
「悪口の一つも二つも言いたくなるわ! 第一、無理難題吹っ掛けすぎなんだよ。人の進路なんてもんを変更させるのって、このうら若きお嬢様にさせようってことがハードルが高いつうの!」
サクラが口を開く度、あずきの悪口がボロボロと零れ出す。もはやあふれ出していると言っても過言ではない。
「おまえ普通、自分の事を『うら若きお嬢様』って言わんぞ。それも今時そんな言葉はつかわん。とりあえず落ち着け」
俺は彼女に冷静になるよう促すが、これが却って彼女の機嫌を損ねた様だ。
「うるさいなっ、なんだいキミまでビチビチのビチ○ソババアの味方するのか!」
えぇっ?! そこまでいうのかねぇ。
少なくともあずきはそんなに人の悪口は言わないし、この件に関しては守銭奴詩菜様だっておまえの味方はしないだろう。
――だって、彼女が今、おまえの後ろに立って、鬼の形相で睨んでいるんだもの。
それから10分後。
俺をしばりつけていたバカが、今度は自分が簀巻きにされ教室の隅に吊るし上げられていた。
「すまない。うちの高等部の生徒が迷惑をかけた」
先ほどまでサクラが座っていた椅子に座って頭を下げているのは養生あずき。
俺がサボった時に授業を受け持っていた教師で、先ほどまでサクラが暴言吐きまくっていた人物でもある。
彼女は俺の父親である神池臣仁の弟子であり、俺にしてみれば姉的存在だ。
その彼女が淡々と話を始める。
「ところで、隆一郎君は進路についてどう考えているの?」
う~ん、その質問の意味は分かる、分かるのだが。
だが、俺は縛られたままで先ほど状況が全く変わっていない。
これは……どういうこと?
「それは俺がこの体勢のままでいるのと関係あることなのかな?」
俺が現状に不満を漏らすと、彼女は鼻息でフンと一蹴した後、その理由を口を歪ませながら説明した。
「私の授業をサボったくせに、エラそうに」
彼女は立ち上がりイキっている。
そして、その近くで――
「そうだ、そうだ。あずき、もっと言ったれ!」
――と簀巻きにされたバカが自らの過ちを誤魔化す為、俺に注意を引きつけている。
当然、この行為はあずきの感情をさらに逆撫でする結果となり、サクラはあずきがどこぞから取り出した黒板チョークの直撃を受け「あうぅっ!」と情けない声を挙げる結果となる。
「痛ったああ! 何するんだおっ」
「用件果たさず、散々遊びまくっていたおまえが言うな!」
当然、そうなるわな。
あずきがそういうくらいなのだから彼女がここに来た理由は一つしかない。
「あずきさん。このバカでは埒があかないから直接乗り込んで来たんでしょ?」
俺は直接彼女に問う。
当然、簀巻きされたバカが「何だとう!」とイキっているが、俺らはあえて彼女を無視したまま話を続けた。
「龍一朗君、相変わらず歳に似合わず穿った考え方するわねぇ……まぁ、事実そのとおりだけど」
彼女とようやく話が出来る状態になった。
それなら俺を拘束する必要はない。
俺は指先をパチンと弾くと俺に巻き付いていた縄が焼き切れ、俺は拘束を解くことができた。
「ふーん……龍一朗君も魔法使えるじゃない。しかも無詠唱で……」
その様子を見たあずきは怒るどころか静かに感嘆な声を挙げた。
それは彼女がある意味俺の事を認めてくれていたという事を窺わせる発言なのだが、残念な事に見当違いの事を言っていたのだ。
「――俺が使ったのは決して魔法なんかではないがな」
俺が使ったのはあんたらが捨てた古い術式である。
そうか。俺を異世界に追放した後、呪術は完全に廃れて魔法に置き換わったんだな。
だからこんな単純術式すら分からない訳か。
もっとも、あずきは剣術に特化した先生なので、呪術すら知らない可能性はある。
正直、残念である。
こんな奴らから紛い物を教わるのか……嫌だなぁ。
案の定、彼女は「あなたが本気を出せばもっと使いこなせる様に――」と俺を促すように話を振ってきた。
正直お断りだ。
とりあえず話をうまく誤魔化そうとした時、ある人物が俺より先に話を切り出した。
「うちらがいうのもなんだけどよぉ。うちの大将はその『魔法』って術式が受け入れられないんじゃないのか。だからあんたの授業をボイコットしたんじゃないのか」
キユである。
俺はもう少しオブラートに包んで話をするつもりだったが、彼女もあずきのことをあまり良く思っていない様で、ストレートに吐き捨てた。
タダでさえ気が短い2人である。
このままでは喧嘩になるのは必至である。
「まぁ、俺の言いたい事はキユの言うとおりでもあるが、その前にあずきさんの話を聞きたい」
俺は喧嘩にならないよう話題を変える。
一瞬、キユが俺の様子を覗き見るが俺の言葉を理解したのか彼女が小さく頷く。
「あっ……いっけねぇ。そう言えば喧嘩しにきたんじゃなかった。忘れてくれ――」
キユはそう言って頭を下げる。
昔なら、俺の制止を振り切り、散々挑発した挙げ句、喧嘩に持ち込み相手の顔面をボコボコに殴打していた。
盗賊の娘とも言われた彼女が国家の要人となった今ではさすがにそういう喧嘩はふっかけないか。
彼女もずいぶん丸くなったな――と、そう思っていた時期が俺にもありました。
とんでもない。
よく考えてみれば、国家の要人が喧嘩口調にストレートには言うことはない。
何か良からぬ事を考えている。
第一、まともに頭を下げない奴が、悪意がある笑みを浮かべて下を向くはずがない。
――今度はコイツかよぉ!
俺は視線をバーナードに移す。
彼も彼女とは付き合いが長いこともあり、何かを察した様だ。
案の定、キユが何かを呟き始める。
「オバ……」
やっぱりサクラ同様に人が嫌がる言葉を突いてきた。
だが、その言葉を全部言う前に背後から手で口を塞がれた。
「はいはい。そこまでそこまで。話がこじれるだけだよ」
バーナードである。
あずきが何かを察して「オバって何?」と不機嫌に尋ねると、すかさず彼が――
「以上っていう意味の『オーバー』っていう意味だ。彼女の出身地ではそういう言葉で締めくくることもある。それにここの世界でも無線で使うだろ?」
――と出任せ言って誤魔化した。流石はバーナードである。
でも、後ろに吊されたバカはキユが言いたい事を理解したのかぼそりと呟いた。
「おばさん……って言いたかったんじゃない?」
予想外のサクラの一言。
辺りの空気が一気に凍り付いた、痛恨過ぎる一撃である。
俺を色々と補佐し副司令として経験を積んできたバーナードも「エッ……?!」と驚愕しながらあずきの方に視線を移した。
「オ……オバ……サン……だと」
当然、あずきの表情が鬼の形相に変わってしまった。
こうなると話がごちゃごちゃになってしまう。
彼女のことだから最終的には、悔し涙を流し怒鳴りまわして、話が有耶無耶になって終わってしまう。
実に面倒臭い事態になった。
こうなると喧嘩っ早いキユはうれしそうにニヤニヤし始め、場を収めようとするバーナードは何てフォローしようか悩み出す。こうなってはこの2人に期待出来ない。
俺としては別に彼女が怒ったってどうってことはないが、話が続かなくなるので、ここは俺から話を変えるとする。
「それはサクラおまえが発した言葉だ。キユはそう言っていない――そうだよなぁキユ……」
俺は空気読めない馬鹿に責任をすべてなすりつけるとともに、キユに対して『余計なこというな』と強く圧を掛けた。
俺の言葉でサクラは責任を押しつけられたと理解したのか血の気を失い、キユは若干頬を膨らませてコクリと顔を頷かせた。
この様子にあずきは納得した様で、あのバカ目掛けてチョークを投げつけ、サクラの額にチョークが『コン!』といういい音を立て直撃することとなった。
さて、話がようやく本題に戻る。
「それで、何となく理解出来るのだが……あずきさんは俺に用件があるでしょ?」
俺の問いにあずきは想像どおりの答えを話始める。
「龍一朗君、あなたにはここの高等部の試験を受けてもらいたいの」
彼女はそう言って深々と頭を下げた。
だが、俺の想定では彼女が頭を下げるところまで含まれていない。
これには裏があるハズだ。
「つまり、学園長と理事長もしくはその関係者からの圧力があったんだな」