第1話 とある支配者のイレギュラーな出来事
――あれは、少し前の話である。
俺は執務室でいつものように進達される書類の決済に追われていた。
それはどれも、旧白き聖城の共和国の残務処理である。
彼らが宣戦布告してくれたおかげで、俺らが建国せざるを得なかった『バルバザック市国』が順調に成長を続け、やがて旧白き聖城の共和国を飲み込む結末となった。
簡単に言うと、返り討ちにしたってところだろうか。
その共和国の最高責任者であるファン=イーストは戦争が終わる直前、彼の部下によって殺害された。
よくある話だが、『主犯者の首級を持っていけば停戦交渉に応じてくれるのではないか』と甘い考えからの行動だったようだ。
だが、彼らがそれを提案する前に旧共和国は我らの手中に落ちた。結局彼の死は無駄という形で終わった。
――そして俺は彼の権限をすべて引き継ぎ、この国の全てを掌握した。
その戦犯の処理が終わり、新たなる憲法や法律等でこの国の秩序を再構成させた。
とりあえずは、無宿無職者対策である。
戦争孤児は教会を有無も言わさずすべて孤児院としそこで対応させた。
また売春婦や乞食を生み出さないようにするため、戦後処理対策として雇い入れその処理に当たらせた。
それらに要する資金は、共和国政府及び要人や貴族の財産を没収し流用した。
ただ、荒くれ者である旧兵士や犯罪虞犯者の対策は手を焼いた。だって何でも反発するだけで生産性もなかったからだ。
だから、彼らに単調な作業を命じた。
彼らにはひたすら穴を掘り掘った土で山を築かせ、ある程度山が出来たらその山を崩して穴に土を戻させた。それの繰り返しを何度もやらせた。
当然、反乱を起こす輩もいた。
だがそんな彼らに容赦なく機銃掃射を浴びせれば、それを目の当たりにした他の連中は心がポッキリと折れてしまい最終的に大人しくなった。
こんな感じで、どこかの独裁国家さながらの強引な解決策であったが、山積みだった案件も迅速に処理できた。
――もう俺がすべき事はない。あとのことは優秀な人材に任せるとしよう。
そんなことを考えていたある日の夕方。
俺が執務室で進達された書類の決裁が終わらすその処理に追われていた時だった。
俺の正面側、机挟んで反対あたりにふんわりと何かが光った。
赤い光で、ゆらゆらと揺れている。しかも弱々しい光である。
これはどこかで見た様な気がする。
俺は決裁を一時中断してそれを観察……というか解析することにした。
ちなみに俺はその道の第一人者である。
自分がもっとも得意な分野は呪禁の術と陰陽の術。
これは主に俺の実家で修得した術なのであるが、その実家はそれを捨てて変な術に方向転換したらしい。俺はそれに対応できなかった為、正統後継者として外されてしまったが、以前の呪術に関してはそれ相当の実力があると認識している。
――だが、先ほど述べた『一人者』を指すのはそれではない。
俺がいるこの世界では呪術に相当するものが存在する。『法術』というものだ。
呪術と法術はどう違うか。
まずは法術から説明する。
法術とは、簡単に言うと、そこらに存在する元素を物質変換させ原子運動を変換させることである。
すなわち、そこに存在しないハズの氷や炎を生み出したり、雨や風、雪や雷などのを自然現象を操作できる術といえばわかりやすいかもしれない。
また、それを応用することで空間をよじ曲げ、違う世界に転移させたり、逆に召喚することもできが……コレに関してはその説明が複雑になる上、それを文章にまとめるだけでも本何冊分にも及ぶ事から割愛させてもらう。
これらを多種にわたって使える術者を『後天的有能種』と呼ばれている。
そして、これらの術を行使するには法力というエネルギー様な物を必要とする。
これも簡単に言うと電気に対する電力みたいなものだ。
この法力を高出力で持続的に出せる術者を『先天的有能種』と呼ばれている。
通常は有能種はまれである。
たまに有能種が出生したとしてもどちらかであり、それでもチーター的存在である。
――両方持つ者はいないのか?
実は存在する。それは転移者であるとされている……俺がそれなのだからそれは正しいのだろう。
次に呪術である。こいつは説明が簡単だ。
これは法術が発動するための簡易プログラムだ。そして一般的にそれを行使しても大した法力を必要としない。
実に効率が良いものだ。
だが、これには大きな欠点がある。
それを実行させるため、発動する法術プログラムを呪符に記しておく必要があり、それを執行する為にはその都度呪符を用意しなければならないのである。
その上、法力はあまり必要とはしない分、威力も大分落ちる……というものだ。
俺が思うに、今俺がいる世界の法術者が俺が元いた世界に転移して、法力が低いその住人でも扱えるように改良された簡易版がそれなのだろう。
――それでだ。なぜ俺がこの様な簡易版を得意としているのか、である。
一言でいうと、俺の『先天的有能種』の副作用である。
付け加えるなら、敵1人を倒すのに核爆弾を使う必要はないということだ。
発電所並の電気をスマホの充電器までに落とすのには、分散させて変電所を経て変圧器等で調整して家庭用の規格200~100Vまで落とさなければならない。
法力もその工程を踏む必要がある。
もし戦闘行為でそんな手間暇掛けていたら、それ以上に敵から攻撃を受けてしまう。
俺の法術をその適した効力に落ち着かせるには時間も手間も掛けなければならないのだ。
だから、日常生活では呪術が手っ取り早いのである。
では、『それ以上の能力を使うとなると……』どうなるか。
法術だけなら先ほどの手順を踏まことになる。
だが、俺ぐらいの術者となると法術と呪術を同時に使うハイブリッド技で対応する。
具体的に言うと『法術に呪符を使ってその法力威力を落とす』もしくは『呪符に法力を注入して威力を上げる』といったことをすれば良い。
まぁ、並の術者には到底無理だろう。せいぜい呪符を燃やしてしまうか、どちらも発動しないで終わるのは目に見えている。
――では話を戻す。
その不思議な光を鑑定する。
……なるほど、これは転移法術に極めて似ている。
強いて言うなら、『なり損ない』の術だ。
法力がまるで足らない。その上、どこに転移するのかも怪しい。
「どこかのひよっこが何かを召喚しようとしているのか?」
中途半端な術ほど危ないものはない。
これは潰しておこう。
俺は呪符を取り出しその光に放つと、その光は無効化され瞬時に消えてなくなった。
「これでよし。さて仕事に戻るか」
再び書類に目を通す。
……が、数分もすると再びまたその光は同じ場所に浮き上がってきた。
「なんだ? まだ遊ぶつもりか」
はて、どうしたものだろうか。
――生ゴミでも転移させて嫌がらせでもしてやろうか。
そう思って辺りを見回すが、そもそも俺の周りにそう言うものは置いていない。
ちょっと前に俺の友が部屋を片付けしてくれたばかりだ。
そこでふと下を向く。
1日身につけていたものでも投げ込んでやろうかしら。
例えばパンツは……品がないか。
――そうだ、靴下ならいいかも。1日履いていたからそれなりに……
そう思い靴下を脱ぎ始めていると、1人の女性が俺の前に現れた。
「ねぇ、何しているの?」
彼女はナナバ=クリファーである。
この世界での友人の1人で、彼女は俺の親衛隊長をしている。
その彼女が呆れた表情で俺を見ている。
「ナナバか。このピンボケの光のことでちょっとした嫌がらせをしてやろうとしていたところだ」
「嫌がらせ?」
ナナバが首を傾げいている。
「そう。どうやら転移法術……みたいなもののようだが、俺の知らない術式なんだよなぁ。生意気に2回も俺の所に放ってきた」
俺はそう言いながら靴下を脱ぎ、それを光の方に投げようとする……が、彼女に止められた。そりゃそうだよなぁ。こんな幼稚なことすると俺の立場がないわなぁ――って思っていたのだが、彼女が止めた理由はソレではなかった。
「ダメです! そんなご褒美勿体ないです」
「ご褒美?!」
「おっと、言い間違えました。これは私が預かります」
彼女はそう言うと俺の手から靴下を奪い、それを自分の胸元に隠してしまった。
「ナナバ、それをどうするの?」
僕が唖然としながら彼女に問うと、彼女は顔を真っ赤にしながら毅然とした態度で「セクハラです」と誤魔化し、さらに「私に良い考えがあります」とを一度部屋を出て行った。
そして再び戻ってくると、何かの袋を持って来た。
その袋から、何やら生臭いものを感じる。
「何その刺激臭……」
「あぁ、これですか? これは兄の部屋にあるゴミ箱に入っていた謎のちり紙です」
「ちょ、ちょっと待ておい! それは汚すぎる!」
いくら友のモノでもイカ臭いものは勘弁して欲しい。
俺がさすがにドン引きしているとナナバはケタケタ笑いながらそれを否定した。
「嘘です、ウソ。第一そんな汚いもの触りたくありませんから……ですから違うものを持って来ました」
彼女は何かヤバそうなモノを俺や自分から遠ざけながらそれをチラつかせている。
違うもの? なんだろう……とても嫌な予感がする。
「ち、ちなみにそれどこにあったやつ?」
「じょ――いや、それは言えません」
彼女はそう言うと、手にした生ゴミ袋を赤い光目掛けてぶち込んだ。
生ゴミは瞬時に消え、それから数秒後に赤い輪の方から「何よコレ……ってギヤアアアア!」と若い女性の日本語と悲鳴が俺の位置からも聞こえた。
だがその後の「使用済みの……」まで聞こえたが、そこで光が消えて声が途切れた。
俺は光の輪があった場所から視線をナナバに移す。
ナナバは鼻で笑った後「やっぱり女か……だったらアレで正解だったわ」と呟いた。
「アレって何? ……何の使用済みなの?」
俺の質問に彼女は俺を一喝するように答えた。
「私は誅伐を下したまでです。それ以上はいいたくありません!」
そして、その日の『謎の光』は彼女のこの一撃で終わった。
――それから、数日後の夕方。
またあの光は同じ場所で現れた。
今度は接続場所は安定している様だ。それでもまだまだ法力が足りない。
「またこれか?」
俺はナナバに連絡しようと電話機の送受器を持ち上げたが、昨日のこともあり、今度はバーナードとキユを呼び出した。
「それが、例の召喚法術か」
バーナードは遠目でじっくりと観察している。一方でキユはというと「そう言えばナナバの奴が女子トイレでゴミをあさっていたけど……新しいゴミ収集システムか何かか?」と笑っている。
「いや……女の声で悲鳴が聞こえてきたから、ゴミ収集システムではないぞ」
俺の言葉にバーナードは頭を抱え、キユはドン引きした表情でその光とナナバがいる執務室の方に目を行き来させていた。
「その悲鳴も俺のいた世界の言語だったんだよな……俺を呼び戻したいのかもしれない」
バーナードが「なるほどなぁ」と相槌を打つ。
キユが首を傾げる。
「今更か?」
「確かにあれから3年経っているのに今頃俺を殺そうとするのも意味ないだろうし」
ここで言う『3年』とは俺がこの世界に転移してからの年数である。
彼女が言うとおり今更感もある。さらに彼女が俺に尋ねる。
「じゃあおまえは帰るつもりなのか?」
その問いにバーナードが顔を顰めながら確認する。
「おいおい、まさか本当に帰るつもりじゃないだろ? 今はおまえはこの世界の『法皇』陛下なんだぞ。おまえが元の世界に帰るってなったらうちのナナバの奴が発狂するぞ……あっ、だからナナバの奴、生ゴミを捨てたんだ……」
――そう。俺はこの王国とバルバザック市国を統べる法皇という役職に就いている。
この世界の実質上最高権力者である。
他の敵対する勢力もあることにはあるのだが……そことはまだ紛争には至っていない。
……というか、別に世界を征服してやろうという野心も毛頭ない。
ただ、うちの実家としては今いる世界を魔界って言っていたから、彼らにすれば俺の今の立場は『魔王』もしくは『魔皇』なのだろうが。
――そう言えば、俺ってその魔王を倒すのに異世界送りにされたんだっけ?
それじゃあ、やっぱり俺を抹殺するためなのか?
だが、『俺が法皇になった』って誰が向こうの住人伝えたのか?
色々な考えが頭を過ぎる。そんなことを考えているとキユが俺に話しかけてきた
「おまえは十分頑張ったよ。だからもういいんじゃないか。おまえが復讐しに戻っても」
そうだ。俺はこの言葉を待っていた。
何度も帰りたい、帰りたい……そう思った。
でも、自分の命を、そして彼らのことも守らなければならなかった。
まずは力を付けなければ生きていけない。
辛酸をなめ、必死に生き延びようと頑張ってきた。
そして命からがら色々な困難を乗り越え、何とかここまでやってきた。
そのためには敵となる人間をたくさん殺した。
当然、俺1人では到底無理だっただろう。
全てはこいつらのおかげだ。
それも一段落付いた。
もう、俺の我が儘をしてもいいのかも知れない。
俺を、あの当時、小学5年生だった俺を、この異世界に送り込む様な奴らである。
復讐しに戻ってもいい頃だろう――そう思えてきた。
だが、俺もこの世界で『無策に行動すると酷い目に遭う』ことくらい学んでいる。
だから、慎重に事を進めなければいけない。
逸る気持ちを抑え付け、自分に冷静になるよう呼びかけた。
「それもあるが……その前に今の向こうの状況が知りたい」
バーナードがさらに俺に確認する。
「でも、法皇であるおまえが直接動くと色々面倒なことになるぞ。特におまえの実家、魔王退治でおまえを送り込んできたんだろ? おまえがソレ相当なものになったんだから迂闊に動かない方が良いぞ」
確かにそうだ。
「ならば呪符を俺の人形として送り込むか? それなら俺自身の危険性もないし、情報量もあまり載せられないので情報が漏れる心配はない」
そしてキユが尋ねる。
「その前におまえの実家をある程度叩く必要はないか?」
それもそうだ。
俺にはヤツらに復讐する必要がある。なんせ有無も言わさず異世界送りにされたのだから……
まずは手始めに諸悪の根源神池本家を潰しておくか。
「それなら敵意あるところから叩くとしよう。でも呪符には偵察任務を専念させたい。だから呪符には俺のアリバイとしての役割を兼ねさせ、俺は神池本家に直接乗り込み潰しに掛けるとしよう」
「それは良い考えだ。なら、あたしらも向こうの世界に行く必要があるな」
キユがそう言ったところ、バーナードが苦言を呈してきた。
「神池本家急襲にはキユ、おまえは目立つから参加しない方がいい」
確かにキユは大柄な女だ。向こうの世界では目立つ。それに今後彼らには俺をサポートしてもらうのでそれは避けたい
「だったら、キユとバーナードは俺の人形の手伝いをしてくれないか。急襲は俺と1大隊だけで間に合う」
そう説明したところ、2人は腑に落ちないのか「「うーん」」と唸り難色を示す。
「そうなると長期間に及ぶなぁ。俺らがいないとここの執務が滞るぞ」
「そうだよなぁ……代理を置くとしてもあたしら以外で冷酷な判断出来る奴って限られているし」
キユのぼやきでバーナードが一瞬ハッと何かを閃く……が、すぐに顔色を青ざめた。
これで彼が何を思ったのかすぐに理解出来た。
「ナナバのことか? 確かにあいつは過激でえげつないこともするが、一応良心的なところもあるな。だったらあいつを司法長官に昇進させて残務処理にあたらせるか」
俺がそう判断すると、さらにバーナードが慌て出した。
「で、でもよ……ナナバの奴、自分だけ除け者にされたってならないか?」
「確かにそうだが、どこかの扉を転移法術で固定施術すれば問題ないだろ」
あの青狸のアイテムそのまま丸パクリであるが……アイデアとしては参考にしたい。
とりあえず、これでナナバと連絡は蜜になるだろう。
「でもこの法術もどきはどうするんだ?」
キユは目の前にフワフワと浮いている赤い光を指差した。
確かにこのまま放置する訳にもいかない。
「術者は俺を召喚したい様だ。話したとおり呪符人形を俺の代理として送り込むとしよう。この場にいないナナバには俺から今後の事を説明するよ……おまえから説明させると……また半殺しにされそうだし……」
俺がそう言うと、バーナードは「頼むから『バーナードがっ』て絶対言うなよ、絶対にいうなよ! 絶対に!」と必死に俺にしがみつきだした。
何かのコントを彷彿とさせる光景である。
……これはそうしてくれってお約束なのだろうか?
その様子にキユは大爆笑している。
さて――
こんなポンコツみたいな連中だが、いざとなると頼りになる仲間だ。
彼らを巻き込みいよいよ俺の故郷への凱旋が始まる。
実力の差を思いっきり見せつけてやろう……と思っているのだが、所詮こんな未熟な法術もどきでこちらを召喚しようとする輩である。
向こうではのんびりと俺をこちらに送り込んだ首謀者を探すとしよう。