第10話 見破られたハッタリ
「死んでも恨まないでね」
もちろん殺すつもりはない。あくまでもジョークの類……というか常套句だ。
でもそれだけの大技をこれから使う。
ボクの切り札、クリスタルブレード。
その赤い光の周りが陽炎の様にゆらゆら揺れてる。
彼はその様子を見て、大きくため息をついた。
「――そんなもんで勝負するんだ」
「でも切れ味は鋭いよ」
「だろうね……」
そう言うと彼は木剣を片手で一振りし、剣先を僕に向けた。
「いいぜ、掛かってきな」
「――ねぇ、それってボクの台詞だから」
「そうか。では行く」
そんな間の抜けた掛け合いの後、刹那に彼は木剣を振りかざしてきた。
当然、防御しなければそれが僕の頭に直撃する。
だから、ボクはそれを躱しつつ木剣目掛けボクのブレードを叩き付けた。
キキュン。
またあの奇妙な音がするや否や、ボクのブレードは何かを弾いたように跳ね上がった。
「なっ……」
「安心しろ。試験が成立出来る様にこの木剣はおまえのソレでも切断出来ないくらいには強化した。だから遠慮はいらないぞ」
「えっ、これ何でもキレるクリスタルブレードなんですけども?!」
「――そういうことなので本気でやってくれるかな」
彼はそう言うと木剣をブンと一振りさせ思いっきり振りかざしてきた。
ボクは後ろに少し下がり、それが空振ったところで面打ちを試みるも、それを指一本で止めた。
「汚いぞ! 素手を使うなんて」
今になって思えば完全な負け惜しみである。
だが、彼は涼しい顔をしてこう言い放つ。
「素手を使ってはいけないというルールは今回は適用されないぞ。だって本来そのルールというのは刃体に触れば手が斬れる即ち負けという理屈だからね。だがご覧の通り俺の手は傷ひとつない。だから問題無い」
要は木剣同様、彼の素手も法術で強化されているとでも言いたいのだろう。
こうなると厄介だ。
その上、彼の勘は鋭いときている。
「ふむ……一撃が重いな。これはどこかで剣術を習った、そうなんだろ?」
そして話がどんどん展開されていく。
「そうなるとおまえただの富豪の娘ではないな。そう言えばおまえの爺さんかなり武闘派だったよな………それもかなりの実力派……あれは兵士というより騎士クラス以上か」
実にいやらしい。
剣術の感触からボクの素性を探っていく――正直、この手の詮索が一番嫌いである。
こうなるとだ。下手に隠そうとしても却って探られるし、だからといってベラベラ真実を答えるつもりもない。その上これ以上見栄を張ったところで恥の上塗りになるし、虚言を吹いてあとで大恥を掻くのはもっと嫌だ。
それならボクはこう答える。
「ずいぶんボクのことを気にしてくれているみたいだね。実に光栄なことだよ」
「ちょっと気になったんでね」
「気にしてくれるのであれば、別に答えてあげてもいいけど……それは後でね」
敢えて棚上げした。
これなら嘘は付いていないし、見栄も張っていない。
どちらかというと誤魔化している……様な気もするが、それは終わった後に求められれば真面目に答えるつもりだ。
だから今は後回し。
今は遠慮無しにブレードを振り回すだけだ。
キキュン……キキュン
嫌な音が響く度にその反動がボクの腕に負荷を掛かる。
打ち合い――というかボクの一方的な攻撃とそれを往なされるだけの作業が続き、彼の顔が段々怪訝そうに傾げてきた。
勿論、彼がそういう表情になるのも理解出来る。
「おい。これでは剣の打ち合いだけになってしまうぞ」
「――いやいやいや、これはあくまでもテストですから」
「ふーん。なんだか先ほどみたいな覇気がないな……それに……」
ここぞとばかりに彼がブンと木剣を振るとボクのブレードごと身体が後ろに弾き飛ばされた。
「さっきから戦い方が単調すぎるんだが……なぜ法術を織り込まない?」
「そ、それは……」
彼がそういうのも分かる。ボクだってそうしたいところだ。
咄嗟に考える、都合が良い理由。
出ててきた言葉は。
「そ、それは……そ、そう! 別にキミの実力が知りたかっただけだから」
それについては嘘ではない。
ただ、明らかに説明不足である。
それを彼は見透かしたのか、こう結論づけた。
「…………おまえ、実はネタ切れなんだろ?」
「な、なんのことだい?」
とりあえず、すっとぼけてみる。
でもそんな誤魔化しは、今のボクの状況を目の当たりにした彼には効かなかった。
「惚けても無駄だ。今のおまえに余裕がない」
それは彼の言うとおりだった。
正直に言うなら、ボクはクリスタルブレードの使い手ではない。
一応は使える程度のレベルなのだ。
そもそもクリスタルブレードとは、どんな防御でも一刀両断できる法術である。
そして見栄えも良く何でも斬れる分、剣同士の戦闘には断然的有利となる。
ただ、これにはとんでもない法力を要し、その安定した制御も困難な術式である。
それ故にそれを扱える術者はごく僅かであり、だからこそ法術師なら誰もが憧れる術式なのである。
要はボクはこれを使えるって見栄を張っただけ……結果は散々なものだ。
これを扱ったが故に、その制御に手こずり他の術も出来きず、それの為に大量に消費し法力で残量もごく僅か。挙げ句、そこまでしたクリスタルブレードは彼の法術により変な効果音と共に弾かれているのが現状……これは想定外だ。
おまけに真新しい学校が瓦礫と化してしまう程の戦いがあったのにも関わらず、彼は全く疲弊していない。どうなっているんだ、ボクは疲労困憊なのに!
もう、この状況であればこれ以上勝負を続けたら余裕がある彼に本当に負かされてしまう。
まだ試験官という優位性が効くのであればここらで茶番をおしまいにさせるべきだろう。
――それに問題はそれだけではない。
「いやぁ……キミ、凄いね。まさかここまで出来るとはおもわなかったよ」
ここで役にも立たないクリスタルブレードを解いた。
「――っていうか俺、まだ何もしていないのだが」
「キミは充分強い。それはこうやって相まみえてよく分かった」
「そいつはどうも」
「そこで提案があるのだが、どうだろう?」
「提案? とりあえずはおまえの配下になるのはゴメンだぞ」
「そういうことではない」
本音を言うとそういうことも考えていたのだが、今それどころではない。
問題は真新しい校舎等が瓦礫と化していることだ。
最初の頃はあまり意識していなかったが、自分の劣勢が明確になるといくらか冷静になってきた。
ここ、まだ新設校だよね?! これはさすがにやりすぎだ。
このままではボクは学校をクビにされ多額の賠償金を請求された上、本国に召喚されてしまう。
兎に角、戦闘継続は無理だし全てを棚上げする必要がある。
「ここの施設ぶっ壊したのってキミとボクの半々でどうだろうか?」
ボクがそう提言すると、彼は少し怪訝げにボクを睨む。
そして語尾を強めにボクに告げた。
「おまえ、後先考えずに戦って有耶無耶にするのはやめろ!」
彼の言葉が続く。
「まず試験のことだ。まぁ今回はそういう体にしただけで、実際には俺の実力を試したかっただけのためにおまえが俺に喧嘩ふっかけてきただけだ。つまりはこれはおまえが始めた戦闘行為に匹敵する」
「まぁそれは認めるしかないけど」
「それだけじゃない。次に試験なのに試験官(仮)のおまえが力業を使ったことだ。どうするんだよ、コレ……俺が壊したのはこの施設だけであって、おまえが壊したのはここだけじゃなく、全く関係の無い校舎等の設備なんだよ。少し後先考えて行動しろよ!」
「うぅ……」
「おまえさぁ、二進も三進も行かなくなって何とか幕引きをしたいと思っている様だが、この状況で『試験終了』にしたら学校関係者にどう説明するんだ、オイ」
やはり見抜かれていた。
それに彼が言うとおりボクが調子に乗ったツケの後始末がまだ残っている――これは退くに退けない状況である。
「き、キミはまだ試験を続けるっていうつもりなの?!」
「それしかないだろ。一応説明しておくけど、俺はあんな試験を無茶振りされたのだからその報復として『戦闘場所であるここの破壊行為は妥当』と判断して破壊はした……が、おまえは調子に乗って試験に全く関係ない施設まで破壊しやがって……コレは想定外だ」
「えっ、それってボクだけの所為なの?! ボクも言っておくけどあれはキミを狙った結果なんだからね! あぁ、じゃあそうなるとキミはわざと設備に背を向けていた訳だからキミも同罪だ!」
「おいおいっ無茶言うな、あれを攻撃を態々受けに行けってことなのか? それじゃあ試験ではなく我慢大会になっちゃうだろうが」
「それはそうだけどぉ~」
「そうなるとだ、『そこまでの大規模な戦闘行為に陥った』と解釈できる材料を揃える必要はあるな……ここで終わりにするのには無理がある」
彼が言いたいことはわかる。
でも、ボク自体法力はほとんど残っていない。
その上、先ほどの打ち込みで相当体力も消費している。
これはマズイ。
「俺も続けたくないのだが、この後始末をしないとおまえはもちろんのこと、そこの有象無象も退学&多額の損害賠償を負うことになるぞ」
彼の言葉に、始めに喧嘩をふっかけた馬鹿共が狼狽し始める。
香奈子の兄以外が一斉に「おれは関係ない」、「俺たちが何もしていない」などと自分を保身する言葉を放つが、ソレについては龍一朗が睨みを効かせながら一言を放つ。
「黙れ下郎! そもそもはおまえらが仕掛けたことをコイツが肩代わりしただけに過ぎない。よっておまえらも同罪だ。文句があるならその責任をおまえらの上層部になすりつける位のアイデアを出せ!」
そのとおり……なのかもしれない。
どう考えても、ボクらに逃げ場がない。
彼が言うとおり無関係な施設を壊した手前、もっと派手な戦闘が無いと弁明が弱すぎる。
派手な戦闘の後は、精一杯やってダメだったか僅差で勝てれば、何とか言い訳も立つ。
――だけど、体力や法力が消耗しているボクがそんな調子良いこと出来るだろうか。
そんな状況の中、彼がボソリと呟く。
「まぁ、それでもおまえはブルースターの兵士よりかは充分強いと思うけどな」
彼が言うブルースターとは『青い連中』の正式呼称である『ブルースター義勇軍』のことを指す。
最近軍事関係にメキメキと実力を上げてきたあの軍隊である。
『その兵士よりかは充分に強い』というのはそれだけボクの実力を認めてくれているのだろうけど、ボクとしてはその一般兵と比較されること自体不快である。
「おいおい、なんで比較対象が青い連中の雑兵なんだよ! 他に比べる人ないの?」
ボクがそう不満を口にした際、視界の隅にむっくりと起き上がる影が入ったのだが、その時は全く気にしなかった……いや、違和感を感じるほど余裕がなかったと言うのが正しい。
彼が返答する前に渋々クリスタルブレードを展開する。
しかし、今回のそれはギリギリの制御であり、明らかに揺らいでいる。
彼はその様子を見て「あと一回が限度だな……」と呟いた後、再びボクに視線を移す。
「ゴメンよ。比べる相手が一緒にいたそいつらしかいないから――では悪いがここで決めさせてもらう」
彼がゆっくりと木剣を構える。
あぁ、ここでボクはボコられるのかな――そんなことを考えると、脇から怒号が響いた。
「このブルースターの手先めっ!」
そう言ってボクの目の前を過ぎった人物、それはヒトミンこと人見仁美だった。
彼女は事もあろうか、投げ捨てられた鋼鉄の剣を拾い龍一朗に飛びかかっていった。
「やはりサクラの術が保てなくなったということか……それにしてもこの先輩はその剣先が欠けている剣で何をしたいというのか」
そうだ。
ボクの法力が尽きかけている。
正直、集中力が欠け始めこのクリスタルブレードを維持するだけでも困難である。
実際にクリスタルブレード自体、制御が困難になり左右にぶれ始めてきた。
こうなると制御下から離れてしまい、蛇のように大きく波打ち始めた。
――そして、こともあろうかヒトミンの頭を貫いてしまった。
ヒトミンの頭はぱっかりと割れ、内容物が辺りに散らばってしまった。
彼女の目は瞳孔が開き、明らかに即死状態だった。




