9話 ギルドマスター
「よお、ローリン。久しぶりだな。ゴブリンの巣から帰ってこねーって聞いた時は食われたかと思ったがよ。生きてて何よりだぜ」
「ヘンリー……」
筋肉で引き締まった長身によく焼けた肌、腰には剣を二本差した軽装。
冒険者らしい出で立ちの男はヘンリーと言うようで、ローリンが鋭く睨みながら腕を振り払った。
「何の用?」
「おいおい冷たいなぁ。勧誘だよ勧誘。うちのパーティーに入らないかって。俺はまだお前のことを諦めていないのさ、どうしてもお前が欲しいんだよ」
「私が欲しい? ……欲しいのは私のスキル【破魔印】でしょ?」
ローリンのスキルを聞いて、正直驚いてしまった。
レアスキル【破魔印】
その効果は印を結ぶ、または描いての魔力の無効化。
つまりは魔物の放つブレスのような魔力による大技を防いだり、魔力で活動する魔物を弱らせることさえできる。
宮廷近衛兵団にも一人同じスキルを持った兵士がいたが、兵団全員が彼のお陰で何度窮地を免れたか分からない。
「まあ、お前のスキルが欲しいとも言うが……同じようなもんじゃねーか。またゴブリンに負けるなんて無様晒したくなきゃ俺たちと来いよ。俺たちはC級冒険者パーティーだ、F級のお前の面倒くらいは見られるぜ?」
下卑た笑みを浮かべ、ヘンリーはローリンに手を伸ばす。
ローリンが顔を引きつらせたのを見て、俺はバシン! とその手を横から払った。
「あ? おい、新入り。テメェどういう了見だ?」
「それはこっちのセリフですよ。ローリンさんは既に俺とパーティーを組んで、今から向かう依頼について一緒に考えていたところです。横取りはよしてもらえませんか?」
「ククッ……ガキが、分かっちゃいないなァ」
ヘンリーはこちらへ肩を組んできて、首から下げた認識票をちらつかせた。
「ここに刻まれている通り、俺はC級のベテラン様だ。お前みたいなガキと張り合う気はねぇが、舐められちゃあ商売にならねーのが冒険者さ。舐めた態度の奴は見せしめにする必要もある。……で、今謝るならお前は痛い目見なくて済むが、どうだ?」
「うーん……」
軽く唸った俺を見て、ヘンリーが引き連れてきていた仲間三人がゲラゲラ笑った。
その三人をちらりと見ながら考える。
──仲間の三人のうち、槍を持っている奴と大剣を担いでいる奴が前衛。残る一人の持ち物は杖、古代文字が刻まれているからアーティファクトか?
そうやって彼我の戦力差を計算し、出た結論は一つ。
──油断しきっている。多分いけるな。
「いやぁ、悪いですけど……」
「おっ、謝る気になったかよ。ククッ、物分かりが良い奴は嫌いじゃないが……ちょっと謝るのが遅かったなぁっ!」
ヘンリーが狂犬面で腰から剣を引き抜き、ローリンが「あぁっ!」と声を上げる。
こうした冒険者ギルド内での小競り合いが日常茶飯事かは知らないが、俺は同時にこう言ってやった。
「ああ、勘違いしているようですが。俺が悪いですけどって言ったのは……悪いけど、あんたみたいな奴に下げる頭はないって意味ですよ!」
ヘンリーの剣が引き抜かれた直後、こちらも風鱗を引き抜いて一閃。
風の斬撃が走ってヘンリーの鉄剣を中央から真っ二つにした。
「な、あっ……⁉」
「嘘だろ、魔道具から斬撃が飛んだぞ!」
「スキル不使用の特殊能力……超級魔道具使いかよ……!」
ヘンリーやその仲間も面食らった様子だが、動きが止まって好都合だ。
ヘンリーに対して足払いを仕掛け、抵抗したヘンリーの体を投げ技で地面に叩きつける。
そのまま体を倒して喉元に風鱗の刃を突き付けた。
「終わりです。まだやりますか?」
「テ、テメェ……⁉」
ヘンリーは舌打ちして、彼の仲間はたじろいだ。
「……テメェ何者だ! 今の投げ技、王国兵の近接格闘術だろうが! その年で兵士崩れか?」
「語る必要がありますか?」
風鱗の刃を喉へピタリと当てると、ヘンリーは「うぐっ!」と黙った。
……その時、ギルドのカウンターの方から「そこまで!」と声が飛んだ。
振り向けばギルドの奥から出てきた老人がこちらへと歩んでくる。
「一連の経緯、見せてもらったぞ。ヘンリー、何度も言うようだが新米冒険者にちょっかいを出すのはやめろ。自らの力を過信した結果、現にスキルを出すより前にお前の喉元に刃が構えられている。……次に揉め事を起こせばお前だけでなく、パーティーの仲間も降級処分とする!」
「マスター……! クソッ!」
ヘンリーは俺を睨んでから立ち上がり、仲間と共に逃げるようにギルドから出ていった。
一方の俺は、マスターと呼ばれた老人を見て少しだけ衝撃を受けた。
「若いの、数日ぶりですな。まさか我がギルドに加入してくれるとは。ようこそ我がギルド、ブラックスミスへ。儂は君を歓迎する」
「あなたは馬車で風鱗をくれた、あの時の……」
まさかこのブラックスミスギルドのギルドマスターだったとは。
アーティファクトを気前よくくれた理由にも合点がいったし、よく考えたらこのギルドの名前、ブラックスミスの意味は鍛冶だ。
マスターが馬車で語った「昔は武器職人だった」との言葉と繋がった。
「ひとまずお茶でも飲んで落ち着くと言い。ギルドの奥へ来なさい、ローリンも一緒に」
マスターの言葉に従い、俺とローリンはギルドの奥へ向かった。