8話 ノアの朝
宿で朝食──塩パンに野菜くずのスープ、簡単なサラダ──を平らげた俺は、身支度を整えて冒険者ギルドへ向かった。
宮廷近衛兵団と違い、冒険者は早朝から活動する必要は全くない。
けれど俺は毎朝早めに起きて素振りなどの鍛錬を行っていたので、自然と早朝に目覚めてしまうのだ。
……冒険者生活に慣れたら、もっと起きる時間を遅くするよう努めてみてもいいかもしれない。
街は早朝から賑わっており、朝市で買い出しをする人もいれば露店で朝食を買っていく人もいる。
同じ冒険者と思しき大剣を背負った男は、魔道具店で店員と値段交渉をしているのが見えた。
「冒険者としてやっていくならああいう交渉も必須なのか……」
我ながら仕事ばかりで口下手な自覚はあったので、冒険者として生きるならそこも矯正……とまでは言わないものの、慣れる必要があるだろうか。
新たな生活を始めてこうやって今後について考えるのも、意外と楽しいものだった。
「あ、ノアさん! おはようございます!」
「ローリンさん、おはようございます。早いですね」
ギルドに到着すると既にローリンが待ち構えていた。
ローリンは射手であるのか弓と矢筒を背負っていた。
「ノアさんと今日からパーティーを組むって約束したから。いつノアさんが来てもいいようにって待っていたんです」
ローリンは朗らかな様子だった。
昨日のさめざめとした様子が嘘のようだが、この明るさがローリン本来の性格なのだろう。
「それとノアさん。これから一緒にパーティーを組むなら、お互いもうちょっとフレンドリーにやらない? こう、歳もほぼ同じに見えるし敬語とかも抜きで。それに私、田舎育ちだからちょっと敬語は不慣れで違和感が……あはは」
苦笑いするローリン。
なるほど、確かに俺としても仲間に敬語を使われるのは違和感がある。
ただ……。
「構いませんよ。でも俺の方はこのままで」
「……? どうして?」
「前職だと最年少でずっと敬語だったので、もう癖になってしまった次第です」
そう、宮廷近衛兵団ではつい最近まで最年少だったし、仮にも宮廷でも仕事をする身だったので言葉遣いはできるだけ丁寧にしようと努めてきた。
結果、体に染みついたような癖になってしまったのだ。
「ああ……そういうことなら大丈夫! ノアさん……ううん、ノア。改めてよろしくね!」
「ええ、よろしくお願いします」
それから張り出された依頼を確認しに二人でクエストボードへ向かう。
俺もローリンもF級なので、まずはいくらか依頼をこなしてE級に昇格しなければ。
E級になれば受けられる依頼の幅も増えるし、パーティーさえいれば合同、即ち他パーティーとのレイドクエストに挑むこともできる。
ダンジョン攻略は基本的にレイドクエスト形式なのでE級昇格は必須だった。
「ギルドの張り出し文によれば、E級に昇格するにはF級の依頼を三つ達成する必要があるみたいですね。ローリンさんはいくつ達成しました?」
「えーっと……実はまだ一つなんだよね。ノアは?」
「俺の方も昨日のゴブリン討伐で一つだけです。ならお互い後二つ、手ごろな依頼消化で達成しましょうか」
「そうしよー! ……ってなると薬草採集とか魔石採掘がいいかな? 魔物の生息する地域での仕事だけど、魔物討伐が依頼達成の条件じゃないし……」
ローリンがF級で受注可能な依頼書を眺めていると、ふと背後から「おい」とローリンの肩に大きな手が伸びた。