6話 ノアが去った宮廷にて
「ノアが宮廷近衛兵団を去ったとは……⁉ 一体、どういうことなのです!」
ラルフ王国、宮廷近衛兵団本部にて。
宮廷近衛兵団団長ジェームズは、肩を怒らせたラルフ王国第一王女のオリヴィアに詰め寄られていた。
淡い空色の髪は半ば逆立つ様子で、オリヴィアの美貌は憤怒に染まっていた。
ジェームズはオリヴィアの前に片膝を付いて伏した。
「恐れながら申し上げます。私が不在の出来事であった故、詳細を未だに掴み切れておらず……」
「聞いた話ではノアはクビにされたと聞きましたが。ノアをクビにした張本人を出しなさい! 誤魔化しは許しません」
常日頃から柔和な雰囲気であったオリヴィアがこれほどの怒気を発することは稀だ。
ジェームズは控えていた部下に「カイルを連れて来い」と手短に伝えた。
それから十秒ほどしてカイルが本部に現れ、ジェームズの横へ片膝を付いて同じように伏した。
「オリヴィア姫殿下。宮廷近衛兵団第二班班長カイル、御身の前に……」
「挨拶は不要、まず教えなさい。……何故ノアをクビにしたのですか?」
怒るオリヴィアの様子に、カイルは要領を得なさそうにしつつも答える。
「何故とは……奴が戦闘向きのスキルを授からず、それどころかスキルの能力を把握さえしていなかったためです。あのままでは仲間の足を引っ張る可能性が大と判断し、班長としての使命を全うしたまでです」
悪びれた様子なく語るカイルに、ジェームズは「カイル……」と小声でため息をついた。
また、カイルの言葉を聞いたオリヴィアの怒りは有頂天に達していた。
「あなた……あなたと言う人はっ! スキルは天から授かるもの、本人ではどうにもできないものではありませんか! それを理由にクビとは……! 何より、今までノアは私の警護を含め十分以上に任務を達成してきました。スキルはなくとも努力と鍛錬により、最年少にして剣技は宮廷近衛兵団随一。そんな逸材をあなたは……!」
「な、何を仰いますか! 鍛錬? 剣技? 所詮は人間の身体能力の範疇。天より授けられし神の力、スキルには遠く及ばぬではありませんか!」
所詮全ては才能、努力など無駄……そう言わんばかりのカイルにオリヴィアは言葉を失っていた。
そして顔を赤くし、オリヴィアが決定的な何かを口にする直前、ジェームズがカイルの頬に拳を叩き込んでいた。
「カイル! 貴様という奴は! それが宮廷近衛兵団第二班を預かる者の言葉か!」
「ぐはっ……⁉」
無様に地べたを転がされるカイル。
ジェームズは立ち上がり、怒声を張り上げた。
「貴様は懲罰房行きだ! 何故オリヴィア姫殿下がこうも心を痛められているのか、私が怒りに満ちているのか。もう一度考えるがいい!」
「そ、そんな! 兵団長! 俺は、俺は……っ!」
「連れて行け!」
カイルは控えていた団員に引きずられるようにして懲罰房へと連行されていった。
そしてカイルが退室した後、オリヴィアは崩れ落ちるように座り込んでしまった。
その顔は青白く、余人から見ても強いショックを受けていると分かる。
「姫様……申し訳ございません。まさか班長ともあろう者が、あのような軽挙妄動に出るとは……」
「……もう、起こってしまったことです。ですが……どうかノアを連れ戻してはいただけないでしょうか。このままでは、彼があまりにも不憫です……」
オリヴィアはノアが任務を行う際、誰より真面目に気を張っていたのを知っていた。
さらに任務がない非番の際でも、仲間が街へと息抜きへ向かう中、ノアは一人で孤独に鍛錬を積み重ねていたのも知っていた。
そういった努力があったからこそ、ノアの剣技は若手ながら宮廷近衛兵団随一とまで呼ばれるようになっていった。
さらに実際……自前のアーティファクトこそノアは所持していなかったが、任務で剣型のアーティファクトを貸し与えられれば、ノアはあらゆる魔物を狩り倒して仲間と共に生還してきた。
されどノアは驕ることなく、常に敬語と謙虚な姿勢を守り続けてきた。
……オリヴィアはノアのそんな生真面目なところが大好きだったのだ。
加えてノアとオリヴィアは歳が近く、オリヴィア自身はノアを親友のように感じ、慕っていた。
……姫君という立場は窮屈で、心を許せる友人はほとんどできない。
であるのに数少ない友人を奪われたオリヴィアの怒りと悲しみは如何ほどのものか。
「オリヴィア姫殿下……承知しました。すぐにノアを捜索いたします故、今しばらくお待ちください」
「ジェームズ兵団長……お願いいたします」
***
「クソッ、クソックソックソッ……! 何だ、何なんだ! 兵団長も姫様も! あんな……あんな剣技しか能のない男のために! 何故ああもムキになる! 何故俺をこんな懲罰房にぶち込む!」
懲罰房に入れられたカイルは壁を蹴り、怒りのままに叫んだ。
カイルはこれまでエリート街道を駆け抜けてきた男だ。
王都の学園を首席で卒業し、成人の儀を受けて得たのは全てを焼き尽くす強力な【煌炎】スキル。
若くして第二班の班長の座を得たのもそのためだ。
いずれは兵団長の座に至ると宮廷近衛兵団内でも注目の的になっていた若手だった。
……ノアが来るまでは。
スキルも使えないのに入団試験では剣技のみで試験官を圧倒。
入団を決めた後は馬鹿真面目に働き、誰よりも鍛錬を行い、何より真面目で潔い性格。
それこそカイルに言われるまま、自分の実力不足を悟って近衛兵団を静かに去ったように。
……そんな性格の男であったから、兵団内での注目の的はカイルからノアへと切り替わった。
そして常に誰からも注目され、羨望の的となってきたカイルは、初めてその「的」をノアに奪われたのだ。
それが気に食わなかったカイルは部下となったノアをこき下ろし、雑に扱い、遂にはスキルが無能であるという口実でノアをクビにするに至った。
……その身勝手な自業自得の結果が懲罰房入りなのだが、それでもカイルはノアへ恨みを募らせる。
「ノア……! お前さえ、お前さえいなければ! 俺はこんな惨めな思いをせずに……クソがっ!」