3話 冒険者と初依頼
タイリーナに到着するまでの間、俺は結局【上限解放】スキルを使用しなかった。
理由は二つ。
一つはアーティファクトを強化する際にどんな現象が起こるか未知だったからだ。
アーティファクトは魔力の塊、強化した拍子に魔力が暴発して馬車に穴が開かない保証はどこにもない。
もう一つは所持ポイントを消費する、いわば消費型のスキルだったからだ。
このポイントは現在30Pしかなく、一度のレベルアップに10P使うことが判明している。
上限解放で消費するポイントの回復条件が不明な以上、むやみに消費するのは望ましくなかった。
「……結局、何事もなくタイリーナに到着した訳だけど、東の大都市なだけあって王都並みに広いな」
案内板を見ると、タイリーナの冒険者ギルドの一つは街の中心部にあるようだった。
この街で一番大きなギルドで名前はブラックスミスというらしい、ここに行ってみよう。
人込みをかき分けて向かって行った先、兵舎数個分の巨大な赤レンガ造りの建物が見えてきた。
首から認識票をぶら下げた冒険者が出入りしているあたりから、ここが冒険者ギルド、ブラックスミスで間違いなさそうだった。
中へ入ってカウンターへ向かい、受付嬢へ声をかける。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが」
「はい、大丈夫ですよ! それではまず、この石に手を置いてください」
受付嬢はカウンターの上に置かれた丸っこい石を指した。
言われるままに手を置くと、石が淡く発光する。
「鑑定石が光りましたので、成人の儀を終えたスキル保持者でお間違いないですね。次はこちらに記入をお願いします」
渡された書類に名前や生まれた年などを書いていき、書類を渡すと受付嬢がそれを元に認識票を打ち始めた。
魔道具で金属の板に直接加工を施している様子だ。
「ありがとうございます。あなたは今日から当ギルドの冒険者になりました。その認識票は身分証明の他、有事の際の身元確認にも利用しますので肌身離さず持っていてください。冒険者の等級は最上位のSから最下位のFまで。ノアさんはF級からのスタートになります、頑張ってください」
俺はF級と刻まれたネックレス状の認識票を首から下げ、依頼の貼られているクエストボードへ向かった。
依頼も等級ごとに受けられるものが決まっている様子で、F級で受けられる依頼は地下での大ネズミ退治に薬草採集、ゴブリンなどの低級の魔物討伐ばかりだった。
「とりあえず……そうだな。兵団の任務でもやったゴブリン討伐に行くか」
兵団に入ったばかりの頃、洗礼だと言わんばかりにゴブリンの暗くて悪臭の漂う巣へ向かわされた。
初心を思い出すって意味でも悪くないだろう。
それにゴブリンの巣穴の中なら貰ったアーティファクトの短剣、風鱗の力だって十分に試せる。
狭い穴の中では長剣より短剣の方が役に立つし、相手が魔物ならアーティファクトの力を存分に発揮できる。
俺は依頼書をクエストボードから剥がし、受付嬢に「この依頼に行きます」と伝えた。
すると受付嬢は顔を曇らせた。
「あの、一人で行くんですか? 相手は群れで行動する魔物です、単身では……」
「構いませんよ。ゴブリンの巣を何度か掃討した経験もありますので基本は理解しているつもりです」
「本当ですか……⁉ ……すみません、依頼のついでに一点頼んでもいいでしょうか」
受付嬢は左右を見て、他の冒険者がいないことを確認して言った。
「この依頼は実は三日前にも他の冒険者が、ローリンって子が受けたんですが、戻ってこなくて。……もしよければ、その方の確認も……」
「心得ました。でも魔物の巣に行って三日戻らないとなれば、その方は多分……」
「……それでもお願いします。友達、なんですよ。でも誰もゴブリンの討伐依頼なんて受けたがらないし、行方不明になった駆け出し冒険者は捜索なんてされませんから……」
受付嬢は涙を浮かべてそう言った。
私情で「魔物の巣に向かってほしい」なんて、仕事柄上あまり頼めないのだろう。
何より俺を救ってくれた兵団長なら、ここできっと断らない。
「分かりました。探して、結果をまた報告しに来ます」
そう言い残し、俺はギルドを後にした。