19話 紅蓮のアメリア
陽が昇り始め、朝の少し冷たい空気が肌を撫でる早朝。
働きに出る人々が多いタイリーナの街は毎朝賑わいを見せるが、このブラックスミスギルドにおいてはまず間違いなく普段以上の活気があった。
というのも……。
「おい見ろよ、あそこに座っているのって……」
「ああ。S級の六大冒険者、白金の妖精ティリだ」
「今は西を中心に活動している大物が、どうしてウチに……」
ティリは冒険者の頂点であるS級なだけあって、周囲の冒険者からの注目をよく集めていた。
ギルドに併設されている酒場の一角にちょこんと座るティリは、受付嬢に出された茶を静かに啜っていた。
「流石ティリさん、注目の的ですね」
「鬱陶しい連中。私はノアと仲間に会いにきただけなのに」
騒がしい空間が苦手なティリはため息をついていた。
前会った時はティリの仲間がそばにいて、周囲の人々に「やかましい!」と声をかけたりしていたのだが……。
「あの、ティリさんのパーティーの方々は今どこに?」
「別行動中。後でちゃんと事情は話す」
「ならいいですけど……あれっ。今日はローリンさんが遅いですね」
普段ならとっくに「ノア、おはよう!」と元気な挨拶と一緒にギルドへ入ってきている頃だ。
今日は寝坊でもしているのだろうか。
「……構わない。来るまで待つ。それとお茶、もらえると嬉しい」
「はい、ただ今!」
受付嬢がティリの前から空のティーカップを下げ、お茶を淹れに向かう。
酒場にいるのでそちらへ注文すればよいのでは……と少し思ったが、他ギルドの人間とはいえティリは名のあるS級冒険者だ。
察するに、受付嬢はティリについて「酒場の客」ではなく「ギルドの客」として扱っているのだろう。
……そんなふうに考えていた折、ギルドの扉が勢いよく開いた。
ローリンが来たのかと思いそちらを向けば、そこには黒いローブを纏って杖を握る赤髪の女性と、大剣を担いだ虎を連想させる男性が立っていた。
二人とも認識票を下げていて冒険者であると分かる。
男性の方はA級と記されていて、それだけでも冒険者の中で上位に君臨することを示している。
しかしそれを凌ぐのは女性の方、認識票に刻まれた等級はティリと同じ。
「S級……」
思わず呟くと、周囲の冒険者が騒ぎ出す。
「アメリアにシグルム! あいつら長期の依頼に出ていたんじゃ……」
「おいおい、マンティコアの群れの掃討依頼から戻ってくるのに一月はかかるって話だったろ」
「まさか一週間で全部済ませたのか……?」
ざわめく冒険者たちに一瞥もくれず、アメリアはこちらまで一直線にやってくる。
紅蓮のアメリア。
全てを焼き尽くす灰塵の乙女の噂は宮廷近衛兵団にもよく伝わってきていた。
……ついでに、性格が真逆のティリと犬猿の仲であることも。
「久しぶりね、ティリ! あんた、うちの受付ちゃんにお茶汲みをさせるとは随分と態度が大きいわね? 嫌がらせ?」
「……アメリア。何しに来たの?」
ティリは顔をしかめ、いかにも嫌そうな表情を浮かべる。
「何しに来たって……あたしがあんたに聞きたいわよっ! ここはあたしのギルドよ? ライバル関係にある西の、ウェストウィンドギルドのS級であるあんたがこんなところでのほほんとしていたら事情を聞くのは道理よ、道理」
「……そう。なら話す」
ティリは受付嬢の持ってきた茶をマイペースに啜ってから、
「ノアを引き抜きにきた」
……間違ってないけれど、火に油を注ぎそうなことを言い出した。
まずローリンの意思を確認して諸々の話をつけてから考える、というプロセスの一切が話の中から欠如していた。
その結果、俺はアメリアを近づかれる羽目になった。
……普通にしていれば美人だろうに、眉間に皺が寄っていて迫力がある。
「ノアってのは場の雰囲気からしてあんたね……うちの認識票をつけているし。初めて見る顔だけど新米ね? その割にもうD級到達……そう。新米だけどかなりの実力者って訳ね。ティリの奴が引き抜きたいって考えるのも納得。でもね……」
アメリアは俺の肩に右腕を回してきて、左腕でティリへと杖を構えた。
アメリアは鎧などを装備している訳ではないので、女性特有の柔らかな感触や甘い匂いが直に伝わってくる。
……冒険者は女性でも豪胆な人が多いが、若い男としては正直、勘弁していただきたかった。
それにアメリアの行動を見た途端、ティリが「ノアと初対面なのに……馴れ馴れしい……」と呟き顔をさらに顰めた。
「このノアって新米はうちのギルドの人間よ! あんたにそう簡単に渡すと思う?」
「ノアには交渉する意思を伝えてある。それ以前にアメリアが立ちはだかるなら……受けて立つ」
ティリも自身の得物である長剣の柄に手をかけた。
机を挟み、S級冒険者同士が対峙する構図。
ギルドの誰もが息を飲んで見守っており、一触即発の気配を醸し出している。
さらにアメリアの杖━━古代文字が刻まれているので間違いなくアーティファクト━━が反応し、微弱ながら熱を発し始めた。
……ともかく一旦離れるかと、俺はアメリアの右腕の中から「失礼」と抜けようとした。
けれどアメリアは「待ちなさいっ!」と俺を離さない。
「こうなった原因はあんたなんだから、最後まで側で見届けていきなさいよね!」
「いやいや。原因の半分はアメリアさんで、もう半分はティリさんの言葉足らずじゃないですかね……?」
途端、ギルドの中が凍りつく。
「あ、あいつ……アメリアに意見しやがった……」
「焼かれるぞ……? 癇癪で焼かれるぞ……?」
色々聞こえてくるけれど、そう言われたってこのままじゃ埒が明かないのも事実だ。
「とりあえずお互い武器を納めてください。目の前でやり合われても俺も皆も迷惑です」
たとえ相手がS級冒険者二人でも、忖度していては何も始まらない。
するとティリの方が「……分かった」と剣の柄から手を離した。
それを見たアメリアも脱力し、杖を机の上に置いた。
「……はぁ。ここであたしが続けたら野暮はこっちじゃない。全く、売り言葉に買い言葉な冒険者の流儀が通じない新米ね!」
「でも言葉だけで済ます気、なかったですよね?」
「あー、悪かったわよ! 全く本当にっ!」
アメリアも頬を膨らませてそう言いつつ、俺の肩から腕を退けた。
さて、やっと解放されてひと段落、といったところで……。
「ノア、おはよう! ごめん寝坊しちゃった……あれっ。この人だかり、何?」
「ローリンさん、おはようございます」
ようやくローリンが到着し、話を進められるようになった。
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