15話 衝突
ヘンリーは怒り心頭、といった様子で剣を二本構えている。
しかも両方とも刃の中央に古代文字が刻まれており、アーティファクトの一種であると分かった。
「……ヘンリーさん。マスターにも止められたはずですが、何故ここまでして戦おうとするんですか? まだローリンが欲しいとでも?」
「ハッ! 今更ローリンは関係ねーさ。俺も腕っぷし一つでのし上がってきた冒険者だ。力で積み上げた面子を新入りに潰されて黙っていられるほど……安いプライドじゃねぇんだよ!」
「そうですか」
俺があの場でヘンリーの面子を潰してしまったのは間違いない。
マスターがヘンリーを止めた時も、周囲の冒険者が「ヘンリーの奴、またかよ」と失笑していたのも知っている。
……俺も宮廷近衛兵団に所属し、力で武功を積み上げる世界にいたからこそ、自分の力に誇りを、プライドを持ちたくなる気持ちは分かる。
分かるけれど……。
「ヘンリーさん」
「あ? どうした新入り、さっさと構えねーか」
「やめにしましょう」
「は……?」
俺の提案について、ヘンリーはぽかんとした表情を晒した。
それはすぐそばにいるローリンも同様だった。
「ここでやり合っても互いにメリットがありません。傷ついたプライドを回復する方法なら他にあるんじゃないですか?」
「ノ、ノア。今更ヘンリーにそんなこと言っても……」
「事実です。この期に及んでの真剣勝負となれば俺も手加減はできません」
「ほう……クックッ、ハハハハハッ! そいつぁ傑作だ! ならなんだ? ギルドじゃ手加減していたって言いたいのかよテメェはァッ!」
ヘンリーが地を蹴ってこちらに向かってくる。
同時、剣を交差させてスキルの起動を宣言した。
「ぶち抜けろ! 【閃斬】!」
「……!」
聞き覚えのあるスキル名、ヘンリーが交差させた剣を振り下ろすより先にその場から退避する。
直後、ヘンリーが剣を振るうと光の斬撃が射出され、ダンジョンの壁を深々と穿った。
「剣戟系スキル【閃斬】! 距離を無視した光の斬撃、アーティファクトで放つと硬質なダンジョンの壁さえ……!」
「よく知ってるなぁ新入り。そうとも、俺の【閃斬】は普通の剣でも放てる。でもな、魔力を内蔵しているアーティファクトの剣二本に、スキル起動時の俺の魔力を上乗せすればどうなるか……まあ、結果は見たままだけどなァ!」
「ノア! 加勢するわ!」
ローリンが弓を構えようとすると、それより先にヘンリーが「おっとぉ!」とローリンの足元へと【閃撃】を放った。
衝撃で倒れるローリンにヘンリーは言う。
「邪魔すんなよローリン。このことをダンジョンの外に持ち帰られると面倒だ、最後にはお前も殺すが……邪魔すんなら先にお前を殺すぞ」
「……っ!」
冷たいヘンリーの視線と殺気にローリンは竦み上がっていた。
俺は風鱗を引き抜いて構えた。
「……その目、前職で何度も見たことがあります。人を殺しても良心が痛まないって目。ヘンリーさん、あなたは……こうやって気に入らない奴を、今まで何人も殺してきたんですね?」
「へぇ、目で分かるのか。……今更隠す気もねぇが、だったらどうする? こっちはスキルを開放し、アーティファクトを構え、お前との間に距離もある。この前くらった格闘術は通用しねぇ。この状況下で生きて帰れるとでも思ってんのか? 粋がるのも……その辺にしとけやぁ!」
「ノアッ!」
ヘンリーが光の斬撃を放った直後、ローリンの悲鳴がこだまする。
同時、こちらも風鱗を振るって風の斬撃を放ち、光の斬撃を相殺した。
「……チッ‼ なんつー動体視力だ。俺の斬撃に対して超級魔道具の一撃を合わせたってのか?」
「最後の警告です」
俺は油断なく風鱗を構え、ヘンリーに伝える。
「これ以上は不毛です。やめにしませんか?」
「だからよ……その舐め腐った態度が気に食わねーんだよこっちはッ!」
ヘンリーが剣を振るう構えを見せた直後、俺は左手に隠し持っていた魔呼びの笛を吹いた。
こちらの動きを見て警戒したのかヘンリーの挙動が一瞬鈍る。
だが……もう遅い。
『グオオオオオオオオオオオッ!!!』
笛の音を聞いたヴァーミリオンが体当たりで落石を破壊し、こちらまで出てくる。
落石の間にできた通路を通ってきたのは当然ながら俺とローリンのみ。
元々天井に張り付いて俺たちが出てくるのを待っていたヘンリーは、当然ながら落石の向こう側にヴァーミリオンが控えていたことなど知らなかっただろう。
「馬鹿な、竜だと⁉ このダンジョンのボスか! ……がぁぁぁぁぁっ⁉」
『オオオオオオオオオオオオオ!!!』
ヴァーミリオンが翼の先端から伸びる翼爪でヘンリーをなぎ倒し、翼でヘンリーを押さえつける。
竜と人間との間にある覆しようのない質量差。
ヘンリーは地面に押し付けられて呻いた。
「ぐっ……クソッ! 今の笛、この竜の動き! お前……まさか【ドラゴンテイマー】とか【ドラゴンライダー】スキル持ちだったのかよ……!」
「ギルドでも似たことを言いましたが、答える必要はありませんね。あなたのような血生臭い気配の持ち主には尚更」
「ハッ……! ならどうする、俺を殺すのか? 馬鹿め、俺を殺せばお前も同じ穴の狢だ! ローリンの前で、仲間の前で殺して見せるか?」
「そんな訳がないでしょう。あなたはこのまま拘束してマスターのところへ連れて行きます。ただ……」
俺は風鱗を振るい、斬撃でヘンリーの持っていたアーティファクト二本を弾き飛ばした。
「……こうやって話で時間を稼いで、スキル再起動用の魔力を充填するのはいただけませんね。ばれないとでも?」
「この若造……がぁっ⁉」
『ルルルル、ルルルルルル……!』
ヴァーミリオンはヘンリーの態度を見て何を感じたのか、翼に込める力を強めた。
体からミシリと音を立て、途端に顔を青くするヘンリー。
「ヴァーミリオン、そのくらいにしてください。死んでしまいます」
「……って言っても、もう気絶しているみただけどね……」
ローリンの言ったように、ヴァーミリオンが力を弱めた時にはもうヘンリーは意識を失っていた。
「でもこれで運びやすくなりましたね。ローリン、魔法石を荷車に括り付けるための縄はありましたよね?」
「いっぱいあるよー。こいつ、さっさと縛っちゃおっか」
今までの経緯もあってか、ローリンはやけにニヤニヤしながらヘンリーを縄で縛っていく。
これについては完全にヘンリーの自業自得としか思えなかった。




