11話 尾行者
魔法石、それは都市部での生活には欠かせないダンジョンからの発掘品だ。
街灯に明かりを灯す、上水道で宿や家に水を行き渡らせる、人工の魔道具を動かす……全部魔法石から得た魔力が動力源で達成されている。
故に、F級冒険者でも受注可能な依頼といえども、甘く考えてはならないのが魔法石の採掘依頼だ。
「それに採掘する魔法石の量も五十キロスで結構な量ですね。お陰で運搬用の馬車をギルドが出してくれるのは助かりますが……」
「ダンジョンに入ってからが問題だね。私たち二人しかいないから魔物から馬まで守れない都合上、馬車はダンジョンの外に置いて行かなきゃいけないし。ギルドから借りてきた折り畳み式の荷車で外に運ぶしかないかなー」
馬車の御者をしつつローリンはため息をついた。
青空の下、俺たちは馬車でダンジョンへ向けて移動していた。
東の大都市タイリーナを朝に出て、現在は既に昼頃。
タイリーナ近辺には大小多くのダンジョンが点在しているため、途中ですれ違う冒険者たちも多かった。
「古代遺跡であるダンジョンが多いってことは、それだけ昔、多くの人がこの辺りに住んでいたってことですよね。現代では再現不可能なアーティファクトを作り出し、魔法石が生えるダンジョンを生み出した古代文明……どんな人々が暮らしていたんでしょうね」
「そこは冒険者の間でも色々言われていてね? 私たちと変わらない人間説から、精霊説、果ては神様説まであるんだ。……数千年から数万年前の遺跡の住人の真実なんて、今じゃきっと分かるはずもないのにね」
ローリンはそれから「あ、見えてきた! あの穴じゃない?」と山の中腹にぽっかりと開いた、紫の紫電を散らせる大穴を指した。
ダンジョンの入り口、ダンジョンゲートは単なる大穴ではなく、魔力が滞留して紫電が散っているものだ。
地図と照らし合わせてみても、立地的には間違いなさそうだった。
「馬を木に繋いで向かいましょう。行きは俺が魔物を蹴散らすので、ローリンさんに荷車をお願いしてもいいでしょうか?」
「うん、構わないよ。私、スキルも武器も援護向きだから。あまり前に出てもゴブリンの時の二の舞になりそうだしね」
言いつつ、ローリンは背負った弓と矢筒を見せてきた。
それによく見ると、矢にはそれぞれ独特の印が刻まれていた。
【破魔印】スキルは手で印を結ぶだけでなく、特定の印を物体に描くことでもある程度の効果を発揮できる。
印を刻んだ矢を放てば、遠距離の魔物にも【破魔印】スキルの効果を当てられるといった寸法だろう。
「それじゃあ、行きましょうか」
俺はローリンを伴い、ダンジョンの中へと入っていった。
***
ノアとローリンがダンジョンへ侵入した直後、森の奥から外へと出てきた者がいた。
「あの新入り、このダンジョンに入ったのか……」
ヘンリーはそう呟き、ダンジョンゲートを見つめる。
その時に彼の脳裏に映ったのは、今朝ノアに敗北した際の光景。
スキルを扱う間もなく地べたに転がされ、喉元に短剣を突き付けられた。
「……クソッ! このまま引き下がれるかッ! ベテランの俺が新入りに土を付けられたまま……? このまま終わらせられるかよ!」
この時、ヘンリーは仲間を一切引き連れていなかった。
たった一人でノアに挑み勝利しなければ、ヘンリーのプライドが許さなかったからだ。
その機会を得るべく、ヘンリーは遠方からノアをつけてここまでたどり着いた。
けれどヘンリーの中に立ちはだかったのは冒険者として守るべき鉄の掟……即ち、ダンジョン攻略中の妨害行為の禁止。
ダンジョン攻略は冒険者の命だけでなく、ダンジョン周辺に住まう人々の命にも関わる重大な仕事だ。
たとえ攻略に失敗しても、生還して情報を持ち帰るだけでその後の攻略難易度も大幅に変わる。
故に各冒険者ギルドは妨害行為を厳禁とし、如何なる理由であれ破った者には厳罰を与えてきた。
……もしヘンリーがダンジョンの中でノアに挑めば、間違いなく攻略妨害行為と見なされるだろう。
けれど……。
「クッ……ハハハッ! 死人に口なしだ。ダンジョンの中で殺せば魔物が死体を食って後始末してくれる。妨害行為だって生還者からギルドに伝わらなきゃ大した問題はない」
ヘンリーの中に巣くう悪魔が笑みを浮かべる。
殺せ、殺してしまえと。
生意気にも己の道を妨げ、ギルドで大恥をかかせてくれたあの新入りを殺してしまえと。
ギルドマスターからの評価も下げられ、昇級にも影響しかねない事態を引き起こしたあの若造を消してしまえと。
怒りと憎悪に燃えるヘンリーの中には、最早良心などひとかけらも残ってはいなかった。




