5.【炎龍王】の四天王
彼女はシャシャと言い、白服に身を包んだ女性だ。
「アルムくん、運が良かったですね~」
「何が運良かったんですか? シャシャさん」
「私たちもべルドラド王国から出る予定だったんですよ」
「へぇ……これまたどうして?」
「なにやら、一部の貴族や王国の借金が酷く溜まってきているらしくて……」
その言葉にマイクロ公爵家を思い出す。
「その借金を国の借金にしてしまおう、みたいな噂があるんですよね……」
「なるほど……それを口実に民が生活する税を増やすつもりですか」
鋭く言うと、シャシャが驚いた顔をする。
「若いのに鋭いですね! 今の会話だけでそこまで分かるんですか!」
「ちょっと実情を知ってただけですよ」
経理関係の仕事を父上の手助けになると思ってやっていたから、少しは分かる。
魔法で世界最強になっても、頭が良くないんじゃ話しにならないからね。
シャシャが呟く。
「ほんと、この国からは早めに出て行くに限りますね~」
しばらく歩くと、リーダーのアッシュが荷物を置いて言った。
「ここらで今日は野宿しよう。暗くなってきた」
夜になると視界が悪くて、足元が疎かになる。
魔物との戦いは危険だ。
「そういえば、アルムくん、食事付きって条件で出してましたよね」
「はい。良かったら、なんですけどね」
そう言って、俺は焚火の前に贅沢な食べ物を広げる。
カインが叫んだ。
「【肉焼鳥】の丸焼きに、極地でしか取れない【天魚】のさらに極一部しか取れない希少部位まで……!」
最低限の荷物とお金しか渡されなかった俺は、少し腹を立てて厨房から食べ物を持ってきたのだ。
これくらいやっても、バチは当たらないだろう。
「す、凄い豪華ですね……!」
「本当は食べきるつもりで持ってきたんですけど、どうも多すぎたみたいで」
「ほ、本当に食べても良いのか……?」
恐る恐るアッシュが聞いてきた。
「もちろんですよ、どうぞ」
俺の横に座っていたアグニが、不服そうに頬を膨らませた。
「アルム様、なんでこの人たちにあげるんですか」
「どうせ俺たちじゃ食べきれなかっただろ? 誰かと一緒に暖を囲んでご飯を食べた方が、美味しいじゃんか」
「そういうもの、なのでしょうか?」
アグニは不思議そうにしていた。
マイクロ公爵家では、食べきれない量の食料を仕入れることがあった。
食卓に食べきれないほど並んだ食べ物は、父上やフィム兄さんが満足すると残りは捨てられる。
なぜそんなことをするのかと聞くと、「どういうことだ?」と言われた。
俺はずっと、食べ物を粗末にするのが許せなかった。
「うめぇ……俺、スラム育ちだったから、食べ物に金使わないようにって意識してたけど……価値観変わったわ。【肉焼鳥】の丸焼きってこんな美味いんだな……泣けてきた」
アッシュが言う。
「カイン、もう少しゆっくり食べろ」
「で、でもよぉ……アルム、本当にありがとうな」
俺はカインへ軽く笑う。
そうして暖炉を眺めていると、声を掛けられた。
「アルムくん? どうしたの?」
「えっ……あぁ、その。誰かと一緒にご飯を食べるなんて、数年ぶりだなと思いまして。暖かくて、楽しいなと」
思ったことを素直に告げる。
カインが泣きそうにズズズッと鼻水を垂らしながら、俺の肩に手を回した。
「俺も小さい頃は、家族が誰も居なくてな……その辛さがよく分かるぜ……よし! 辛い思い出なんか酒でも飲んで消し飛ばせよ!」
「お、お酒は飲まないので……」
「こらカイン! アルムくんが困ってるじゃない!」
アッシュが言う。
「おいカイン。その酒、【発妖酒】だろ」
「細かいこと気にするなよ。ここで野宿にしたのは魔物がいない場所だからだろ?」
「まぁ、そうだが……」
アグニが首を傾げた。
「【発妖酒】ってなんだ?」
「えぇっとですね……アルムくんは知ってると思うけど、格安で極上に美味い酒なんです。その反面として、魔物を寄せ付けやすいお酒なんです。本当は外で飲むの厳禁なんですけど……」
「大丈夫だって! こんな美味い飯はそうありつけないんだ。酒くらい飲まないとな!」
そう言って、カインが酒蓋を開けた。
妖艶な甘ったるい香りが鼻腔を擽る。
「うほぉ~! これだよこれ!」
────その瞬間、風向きが変わる。
ッ!!
「アルム様……」
「うん、分かってる」
【蒼月】のパーティーは誰も気付ていないらしく、カインの様子に呆れていた。
突如、空から影が走る。
地面が揺れた。
カインが叫んだ。
「うわぁぁぁっ!? 何事だ!?」
「て、敵!? 魔物か!?」
土煙が強風に吹かれ、霧散する。
そこに、巨大なドラゴンが姿を現した。
『我が名は【煉獄山】の王であった【炎龍王】の配下、四天王・ヴェルファイアである!!』
アグニが眉を僅かに上げた。
声高らかと威勢強く言うドラゴンに【蒼月】の顔色が変わる。
「なんだと……俺たち【蒼月】でも、一瞬で……」
「おい……ドラゴンって……マジかよ……」
「嘘でしょ……勝てる筈ないじゃん……討伐難易度S以上だよ……」
【蒼月】の絶望した表情に満足したのか、ヴェルファイアの口角が吊り上がった。
『【煉獄山】にはもう帰れないから……この地を我が領土とするのだ! 人間どもよ、恐れるが良い! やけに良い匂いがする貴様らは今より、我の生け贄となるのだ!』
ヴェルファイアは、満足げに『フハ、フハハハハハハッ!!』と笑った。
そして、アグニと目が合う。
『フハハハ! ……フハハ、ハハハ……』
徐々に声が絞るように小さくなっていった。




