24.ナイブ
ゴーストと呼ばれる少女が、天井に上るための階段から落ちてくる。
その姿を見た雑草ズたちが、プルプルと震えて俺の足元に掴まっていた。
どうやら、怯えている原因はこのゴーストのせいらしい。
「あいあい!」
「やいやい!」
指をさして、あれあれ! と言っているようだ。
少女は転がって頭を壁にぶつけたようで、「いったぁ~……」と呟いている。
「ほっほ……ナイブ。いい加減、この宿から出て行っておくれ。客が怖がっておる」
「……やだ」
ナイブと呼ばれるゴーストの少女は、黒髪のショートで、足が薄っすらと透けていた。
肝心のメイは困り顔をしている。
優しいメイおばあちゃんのことだ。
少女の姿をしているから、強く言うことが出来ないんだ。
隣にいるアグニが言う。
「メイ。貴様が望むのなら、私の炎でそのゴーストを浄化してやるぞ?」
アグニの炎であれば、そういった類の攻撃もあるだろう。
確かに、ナイブを消すことくらい難しい話じゃない。
ナイブが言う。
「はぁ? このナイブ様を消せると思わないでよね! 私はこれでもゴーストの上級種、ハイゴーストなのよ? 胸がデカいだけの女に何が出来るの?」
ナイブは腰に手を当て、へへんっと顔を上げた。
生意気な姿にアグニが指先からポッと炎を出し、ナイブに放つ。
「ぷっ! そんな小さな炎が効く訳な────ぎゃあああっ! なんで燃えてるのぉぉぉっ!」
アグニの魔法は小さな炎とはいえ、ナイブには効いているらしく床を転がっていた。
「アグニ……ストップ。本当に消えそうだから」
「……はい」
アグニの炎が消える。
俺はナイブに近寄り、その場に屈んだ。
「大丈夫ですか? ごめんね、うちのアグニが急に攻撃して」
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
本気の声音でナイブが言う。
相当ヤバかったらしい。
手を差し伸べるも、キョトンとされてしまう。
「……あんた、ゴースト知らない訳?」
「え?」
ゴースト……魔物の一種だとは思うけど、確かに詳しく知らないな。
いや、単純に実物を見るのが初めてだからかもしれない。
「ほら、触ろうとしても手が透けちゃうの」
俺の手を掴もうとしたナイブが透ける。
すごい! どんな原理なんだこれ!
「ほ、本当だ……!」
「だから……好きな所に入り放題」
そう言って、ナイブは宙を浮いたまま動き出す。
すると、シアンのスカートの中に入り込んだ。
「ほうほう、今日のシアンは黒ですか」
「ちょっ……! ナイブ、何してるの!?」
シアンが恥じらった様子を見せ、その場に屈んだ。
……俺たちからはただ、シアンがスカートを押さえているだけだから興奮も何もないが。
二人は知り合いみたいだな。
ふと、アグニと目が合ったナイブは背筋を伸ばす。
スルッとシアンの後ろに身を隠す。
「……あの女、怖い」
「あの女とか言っちゃダメだよ。アグニさんは良い人なんだよ?」
「信じない……」
そう言って、猫目になってシャーっと言う。
メイおばあちゃんが口を挟んだ。
「ナイブ、お客さんに酷いことをしちゃダメじゃよ?」
「……分かってるけど、普通の人間は私のオーラにビビって硬直したり、逃げ出したりするのよ。コイツら、私に一切ビビってないじゃない。普通の人間じゃないわよ……」
だって……ゴーストと言われてもよく分からないし。
俺たちから見たら、ナイブはただの少女にしか映らなかった。
「王都でかなり有名なゴーストなんだけどね、私! 普通の炎なんか絶対効くはずないのに……」
あの炎を根に持っているらしく、ブツブツと呟いている。
うーん……これはしばらく許してもらえそうにないな。
でも、聞いていた話だと悪質なゴーストだと思ったんだけど、そうでもなさそうだ。
「で、シアンはアイツのこと好きなの?」
「うぇっ!?」
アイツ……とはたぶん、俺のことだよな。
シアンは唐突な質問に驚いたようで、顔を真っ赤にして言う。
「な、ナイブ! そんなこと聞かないでよ! アルムにはアグニさんっていう凄く綺麗な女性がもう居るんだから……もう」
「あら、聞いちゃダメだった?」
そのまま、ナイブは空中を漂い始める。
品定めするように俺を見て、唸っている。
「あんたの名前、アルムだっけ?」
「うん、アルムだ」
「ふーん……顔は悪くない。清潔だし……ただ、何を考えているのか分からない雰囲気があるわね」
おや、これは品定めされているのかな。
アグニは俺が値踏みされているのが気に入らないようで、睨みつけている。
「よし! 身体を乗っ取ってみよう」
そう言って、ナイブが俺の身体に張り込もうとしてきた。
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