18.動く
クライバの屋敷から秘密書庫へ行ってきた俺たちは、いくつかの本を借りてきた。
本当はダメらしいのだが、クライバは快く快諾してくれて、老執事のじい、という人は白目を剥いて倒れていた。
何やらヒソヒソと言っていた。
確か……こうだった。
「クライバ様! この一冊だけでもどれほどの価値があると……!」
「じい、ここでアルムくんと繋がりを作っておきたいんだ」
とクライバが言っていた気がする。
俺と繋がりを作ったところで、あまりメリットはないような気がするんだけど……クライバの考えていることはよく分からない。
流石は【若き天才】と言われるだけはある。相手に考えを悟らせないとは。
いや、俺にこうして貸し出しすらダメなのを特別に貸してくれた。クライバはきっと良い奴に違いない。
きちんと返す約束で、俺はその本を読んでいた。
*
俺は、外に居た。
「アルム様、そろそろ終わりかと」
「そう?」
俺は本を閉じる。
クライバから多額の報奨金をもらったことで、働かなくても良いのだが、孤児院でジッとしているのも性に合わない。
冒険者ギルドから掃除の依頼を受けていた。
実は、シアンもその依頼を受けている。
雑草ズと一緒に掃除をしていた。
シアンが言う。
「まさか……使われなくなった孤児院を修繕して、周辺まで綺麗にしちゃうって……アルムが【擬人化】した雑草たちって凄いんだね」
「働き者なだけだよ。なんか、雑草ズってジッとしてられないみたいなんだ。仕事ないと『あい!あい!』って怒るんだよ」
アグニが軽く笑った。
「ふふっ、アルム様に似ていますね」
「えぇ……そうかな?」
まぁ、俺の性格が反映されることは実証済みだ。
掃除の依頼……とはいっても、エーティア街にある【バイン】酒場の裏手を掃除しているだけだ。
どうやら、これから暑い時期になるらしく、外でも飲める場所が欲しかったのだとか。
「おうガキども、ご苦労さんなこった。これは店主の俺、オスカーからのおごりだ」
オスカーが果実の飲み物を渡してくれる。
まぁ、ちゃんと働いているのは雑草ズとシアンだ。
俺も掃除を手伝おうとしたら、シアンに『ダメ! 私がアルムの分も頑張る!』と息巻いていた。
「ありがとうございます。おっ……オレンジですか。俺の好きな味で美味しいです」
アグニやシアンの分もあるらしく、俺が褒めると気持ちよさそうにオスカーが笑った。
俺の分は一口だけ飲んで、残りは働いてくれた雑草ズに分ける。
(本を読んでただけの俺が、全部飲むのは申し訳ない。残りは雑草ズにあげよう)
「良いか、アルム。俺はな、例え街の英雄と言われているお前さんでも、容赦はしねえぞ。エーティア街の規律を守るオスカーとして有名なんだぜ? ほれ、飲み物も飲んだことだし、ちゃんと綺麗に……」
雑草ズの一体が手をあげた。
「あい!」
「ん……? なんだおチビちゃん。何を騒いで……」
オスカーが顔を上げると、シアンたちが掃除した場所は、汚れきった場所とは見違えるほど美しく、もはや聖域とも呼べる輝きを放っていた。
「なっ……なんじゃごりゃぁ!? 本当にウチの裏手か!? そんなに時間も経ってねえのに……」
アグニが鼻を高くして、言う。
「何を驚く。アルム様の力であれば、これくらいは当然だ」
「それにしたってこりゃ……明らかに報酬以上の仕事だぜ……すげぇ……」
オスカーは驚いて、口を開けっ放しだった。
それほど驚くことだろうか。
確かに、雑草たちの力は優秀だと思う。
それがちゃんと評価してもらえている現状は、俺にとっても自分のことのように嬉しかった。
「あいあい!」
そう言って、『どんなもんだい!』と鼻を高くしている。
あれ……さっきのアグニとポーズが似てる……。
やはり俺の一部なんだな、とつくづく思う。
「え、偉そうなこと言って悪かったなアルム……」
「いえ、お気になさらないでください。ジュース、ありがとうございます」
そういうと、店主は「お前、謙虚だなぁ」と感心した様子を見せる。
俺は謙虚ではないと思うんだけど……と苦笑いを浮かべた。
その横で、シアンが俺から貰った雑草の一体を可愛がっている。
「今日もお疲れ~、アンズちゃん」
「あい~!」
どうやら、シアンの相棒はアンズという名前にしたようだ。
俺はその光景を見て、ふと思う。
「そういえば、屋敷で自由に暮らせって言った雑草たち……どうしてるのかなぁ」
「あぁ、アルム様が一番最初の頃に【擬人化】した者たちですね」
「うん、マイクロ家に居ても苦労すると思ってさ」
アグニが、楽しそうにしてるシアンを見る。
何と重ねているのか、微笑みながら言う。
「自由に暮らしてると思いますよ。でも……アルム様が傍にいないのは寂しいかもしれませんね」
「そうかな?」
*
エーティア家の屋敷にある執務室で、クライバはじいに怒られていた。
「クライバ様! あれは本当に貴重な書物なのですぞ!」
「わ、分かってるってば、じい。じいもちゃんとアルムくんと話せば分かるって……彼は凄い優秀なんだよ」
「それは……そうかもしれませぬが、貸し与えるなど……」
じいってば口うるさいなぁ、とクライバが思う。
「それよりもさ、王都の方はどうなの?」
王都の情報は、クライバ家は常に把握しておきたい。
そのうち、王都へ進出して地位をもっと上げたいんだ。
領民が安心して暮らすためには、力は必要だ。
「……どうやら、また厄介事が増えたようです」
「厄介事って?」
「水神が────」
*
一方その頃、アルムがマイクロ家から解放した雑草ズたちが、辺境の森に集まっていた。
「あい~! (我々は知った!)」
「やい~! (主人の元へ帰るのだ! 主いないの寂しい!)」
「わい~! (いざ、出陣!)」
アルムが幼少期から、コツコツと数を増やしていた無数の────雑草ズが動き出していた。




