16.クライバ伯爵
元気になったシアンたちは、宴を催し騒いでいた。
大量の食事が並ぶ中、俺は一人で悩んでいる。
アグニが言う。
「アルム様? あーん」
「ふぐっ! あむあむ……うーん」
あーんと言いながら、アグニは無理やり口に突っ込んでくる。
「アルム様……? あまり美味しくありませんでしたか?」
不安そうな顔をする。
おっと、これは良くない。
「ううん、美味しいよ。ありがとう」
「もう……考え事ばかりで、何も食べてないじゃないですか。ちゃんと食べてください。はい、あーん」
「あむ……」
「ふふ……」とアグニが笑う。
なんだろう……アグニから凄い母性オーラを感じる。
ふと顔をあげると、少し前まで陰鬱としていた孤児院が、明るい雰囲気になっていた。
魔女の戦いで、初めて聞いた魔法が気になったんだけど……少し資料が足りないな。
【■■■■】……か。
アグニも分からなかったと言っていたし、調べる必要がありそうだな。
「アルム様のお身体は私たちと違い、人間なんです。もちろん、私が徹底的に管理しますので、ご安心を」
「ほどほどに頼むよ……」
確かに、宴で暗い顔をしちゃうのは良くなかったかも。
せっかくの楽しい雰囲気を壊しちゃったら、申し訳ないよね。
患者たちが言う。
「うめぇ……うめえよ……」
「シアンお姉ちゃんって料理上手なんだね!」
それを聞いていたシアンが言う。
「そ、そうかな……へへっ。アルムが食べるって言うから、ちょっと張り切ったんだ」
両手に出来立ての料理を運びながら、照れた様子を見せる。
すると、聞き慣れない声が聞こえた。
男性の声だ。
「うん、確かに美味しいよ。僕の屋敷にいるシェフと同等じゃないか?」
「ハハハ! お前の家にシェフなんかいねーだろ!」
「本当にちゃんと居るさ」
「あん……? そういえばおめえ、見かけねえ顔だな……はっ!?」
ばっと、男の周辺から人が飛び退ける。
男はやけに綺麗な正装に、どこかの家の紋章が入った外套を羽織っている。
シアンが叫ぶ。
「だ、誰!?」
男は立ち上がり、マントを広げる。
微笑を浮かべ、俺と目が合う。
その男を知っている患者がいるようで、叫んだ。
「ま、まさか……エーティア街の領主、クライバ・エーティア様じゃないか!?」
「どうも~」
クライバが小さく手を振る。
クライバ……そういえば、伯爵家だと聞いたことがある。
幼少期に両親を亡くし、没落寸前であった家系をたった一人で立て直した。
若き領主でありながら、神童の呼び声があったことを聞いたことがある。
それは隣国にすら名を轟かせるほどの人物だから、少しは知っていた。
「若き天才の、は、伯爵様が……」
「こんな汚い場所に来るなんて……」
そういう言葉を聞いて、クライバが笑う。
「ハハハ! どこが汚いんだよ。徹底的に磨かれて、壁なんて真っ白じゃないか。相当手入れしてるね、うちの屋敷でもここまで綺麗にはできないさ」
おそらく、雑草たちの仕事を褒めているのだろう。
クライバの様子を俺は伺う。
若き天才と呼ばれるだけあって、表情から考えが一切読み取ることができない。
アグニは警戒しているし……。
そうして、クライバは俺の傍へ寄ってくる。
「君が【魔灰水病】を治癒した、アルムくんだろ?」
「はい、そうですけど……」
そう言うと、クライバは静かに膝を曲げる。
そのまま、深々と頭を下げた。
「エーティア街を代表して、お礼を言わせて欲しい」
それを見ていた人々が、唖然とする。
「は、伯爵が頭を下げた……」という声もある。
まさか俺も、頭を下げられるとは思わず、反応に困る。
(身元も詳しく知らない俺に対して、頭を下げるんだ……)
「本来は僕が対応すべき案件だった。対策が分からなかったとはいえ、君が居なければ彼らは死んでいたし、領主として何も力になれず申し訳ない。今後の彼らのサポートは、僕に任せて欲しい」
俺は、クライバの言葉が本心だと思った。
クライバの言葉に裏や妬みはない。
純粋に、クライバは自身に対する怒りを帯びている気がした。
「まず、これは君に対する報奨金だ」
そう言って、ドサッと膨れ上がった麻袋を渡してくる。
「全部で500枚の白金貨が入っている」
「そ、そんなに……!?」
「……? あ、すまない。足りなかったかい?」
「いやいや! 十分です!」
なんで『少なかったかい?』って顔をしているんだ!?
白金貨が500枚もあったら、王都で大きな城を買えるぞ!
クライバは、それと……と続けた。
「国王陛下に君の功績を伝え、貴族にしてもらえないか直談判してみようか?」
ざわっと周囲が騒ぐ。
貴族になる。
それはつまり、この国で権力を持つということだ。
しかも、ただの伯爵ではなく地位や天才と名高いクライバが言うのだから、その信憑性は高かった。
「いや、それはお断りします。貴族には死んでもなりません」
だって……もう借金するの嫌だもん!
屋敷の維持費だったり、来賓のための贈り物とか! 莫大な費用が掛かるんだ!
なんなら、フィム兄さんが事件を起こしたら、そのために多額の慰謝料を払わなくちゃいけないこともあった。
貴族、やだ。
「へぇ……」
クライバが思う。
(正直、白金貨なんかよりも貴族の方がよっぽど価値は高い……それくらい、田舎の子どもでも知っていることだ)
それを死んでも嫌とあっさり……とクライバが微笑む。
「これは、とんでもない大当たりかもしれないな……」
「はい?」
「なんでもないよ。アルムくん、良かったらうちの屋敷に来ないか? 正直に言おう。僕は君のような人が配下に居てくれると安心できる。少なくとも、死ぬまで安泰だよ」
配下────。
その単語に、アグニが反応した。
「貴様……アルム様を配下にだと? ふざけたことを抜かすな……アルム様は上に立つお方だぞ」
「あっ、もしかして君はアルムくんの恋人?」
「こ……恋人!? あ、いやその……恋人というか……私はアルム様の物というか……その……」
平然と、とんでもないことを言うクライバはハハハと笑っていた。
掴みどころがなく、でも悪意は感じない。
少し値踏みされている感は否めないけど、悪い人ではなさそうだ。
「申し訳ありませんが、配下にもなりませんよ」
「……功も求めず、安寧も要らないか。アルムくん、君はどうして彼らを助けたんだい?」
「どうしてと言われても……」
俺が出来ることだったから、やったまでだ。
でも、クライバはそれで納得はしてくれないだろう。
クライバの瞳は鋭く、俺の心を見つめようとしている。
「うーん、人が苦しんでいるなら手を差し伸べる。楽しいことがあったら、今の宴みたいに一緒に楽しむ。そういうことが好きだから、ですよ」
俺が軽く言うと、クライバが目を見開いた。
「君は────まるで、領主のような考えを持っているんだね……驚いたよ」
信じられない、と言った様子を見せる。
そ、そんなに驚くようなことじゃないと思うけど……。
「ますます気に入ったよ。アルムくん教えてくれ、どうすれば君は僕の配下になってくれる?」
「いや、だからなりませんって……」
「……分かった。僕の屋敷を与えよう、それで足りないか?」
「あの……そういうことじゃないので……」
「ふむ……案外強敵だな、楽しくなってきた」
二人のやりとりを、遠巻きで見ていたシアンたちが言う。
「クライバ様……凄く楽しそう」
「お、俺らも一度だけ遠くから見たことあるが……あんなに楽しそうに話してるクライバ様を見るのは初めてだぜ……」
クライバが唸る。
「うーん……じゃあ、エーティア家が所持する秘密書庫とか!」
「っ! ひ、秘密書庫……」
思わず食いつくと、クライバが「おっ?」とした顔をする。
いやだって、興奮するよ。
秘密書庫なんて響き……凄く良い。
ぜひ見たい!
「ふふんっ……アルムくん、我が屋敷……来るかい?」
「……行く」
「アルム様!?」




