14.怨水の大魔女
俺たちが遭遇した【怨水の大魔女】は、シアンの説明によるとリッチの中でも上位の存在らしい。
リッチだけでも討伐難易度はAランクはある。それ以上と見るのが妥当だろう。
俺とアグニはボーッとした表情で魔女を見つめている。
それに対して、シアンは怯えた様子のまま俺の足にしがみついていた。
「嫌ぁー! 無理だよ! あれ凄い強そうだし、黒いオーラ出してるし! アルム逃げようよ!」
魔女はこちらに敵意を向け、ケタケタと笑う。
(逃がしてくれそうな気配はないけど)
「シアン、悪いけど剣を借りるよ」
アルムは、剣術にも優れていた。
だが、自身は研究をメインとしていたため、それほど剣を握る機会は多くなかった。
「け、剣でどうにかできる相手じゃないよ!」
「やってみて考えるよ。アグニ」
「はい。シアン、私の後ろから出るなよ」
シアンの剣を鞘から引き抜き、手に握る。
(魔法を撃ってばかりじゃ、身体が鈍るからね)
アルムは【怨水の大魔女】を観察する。
魔女は首が折れていて、鎌を持っている。魔女と言うよりも、死神が相応しい。
(隙、ないかなぁ……)
すると、魔女が動く。
ゴキ、ゴキ……バキッと音を鳴らし、折れた首を揺らす。
そうして一回転してから、人として正常な位置に首が戻る。
魔女が喋る。
「カカ……シャベ……あ……言葉……こう────ッ!?」
魔女が言葉を発した刹那、アルムが【怨水の大魔女】の背後に回る。
すぐ傍にいたはずのアルム。
瞬間移動しているように見えたシアンが、何度も元の場所と見比べる。
「えっ? え!? さっきまでそこに居たのに……!」
アルムの剣が【怨水の大魔女】の頸を捉える。
キィィン……と剣をしならせ、刃が止まる。
「おぉ……そう容易く倒されてはくれないか」
(表面が硬いし、今ので刃こぼれした。シアン、この剣なまくらだろ)
後でちゃんとした剣を渡すか……などと落胆も恐怖もしていないアルムに、水面から水の槍が出現する。
「【■■■■】」
(へぇ! なに言ってるか全然読み取れない!)
未知の魔法に興奮しつつ、アルムは咄嗟に距離を取る。
後退しながら魔法をアルムが放つ。
「【炎球】」
三つの火の球が【怨水の大魔女】に直撃する。
「ヒヒ……馬鹿な奴。私に、炎、魔法は効かない」
(なるほど、水属性だから、炎に耐性があるのか。っと!)
魔女は間髪入れず、アルムの足元に攻撃を仕掛ける。
ザザザ……と後ろへ滑ると魔女が首を傾げた。
「……お前、なんで水の上、浮ける」
水面の上に立っているアルムに、疑問を抱いたようだ。
「あー……アグニが空を飛ぶのと同じ要領だよ。足の裏に薄い炎を展開してるんだ」
ヴェルファイアの時にアグニが空を飛んでいた方法だ。
応用次第では、こうして水面の上も立っていることができる。
*
それを見ていたシアンが言う。
「あ、アグニ……さん。アルムはああ言ってるけど、あれって簡単に出来るの?」
出来るなら私もやりたい! と言って目を輝かせる。
「む……無理だ。アルム様くらいの熟練した魔力操作がなければ、不可能だ。私も……真似はできない。本当に、アルム様はどんな修行をされたんだ」
だが、その言葉はアルムに届かない。
*
(強すぎる魔法を放って周辺を消し飛ばしたら、元も子もない。それに、エーティア街からも近い山だ。できる限り穏便に済ませたい)
アルムは人の暮らす山を荒らすことは好まない。
なら……と、アルムが腰を低くした。
アグニから供給される魔力があるお陰で、アルムは試してみたい魔法が沢山あった。
「【身体強化】」
そして、アルムが水面を蹴った。
アルムの後ろから激しい水しぶきが湧き起こる。
正面から来るアルムに、魔女がせせら笑う。
「馬鹿の、一つ、覚え」
魔女が手をかざす。
「【■■■■】」
アルムの足元に、無数の水槍が出現する。
「よっ!」
アルムが水面を蹴り、大きく飛ぶ。
(水を操るのは分かってるんだけど……俺たちの魔法となんか違うな。まるで、思いのまま動かしているような……自然な動きをしてる)
自然を操る……?
と、考え事をしていると魔女が言う。
「空中、逃げ場、ない! 【■■■■】!!」
魔女が唱えると、俺を囲むように水の槍が降り注ぐ。
(ここから離れようとすれば、そこを集中砲火される訳か)
魔女が鎌を構えた。
シアンが叫ぶ。
「アルム!」
逃げ場のない空中で、アルムは太陽を背にして魔法を使う。
「【陽炎】」
水しぶきが吹く。
次の瞬間には、魔女の鎌がアルムの身体を貫いていた。
「ヒヒ……馬鹿な、奴だ。炎は効かない。この世で、お前の天敵は、私だったな。お前も、私の魔力の一部に……っ!?」
だが、自身が貫いた鎌に異変が生じる。
貫いたアルムがゆらゆらと、消えて行く。
アルムの声が響いた。
「ねぇ……お前、どのくらいの炎なら耐えられるんだ?」
(なっ……! なぜコイツが、私の足元に! まさか……っ!!)
アルムが【陽炎】と唱えた魔法は、攻撃の魔法ではなかった。
炎で自身の分身を作り出す魔法に、魔女は驚く。
アルムはカチャ……と剣を構え直す。
剣を依り代に、一点集中の魔法を放つ。
「【炎魔剣・滅却】」
剣が赤く燃えたぎる。
アルムは剣を振り上げ、魔女を二つに斬り落とした。
バゴォォンッ────!!
熱波が空まで届き、雲を二つに割る。
地上への影響を考え、アルムは空に向かって斬撃を放っていた。
【怨水の大魔女】は灼熱に耐えることが出来ず、煙が晴れた時には灰になっていた。
アルムは、無事なシアンたちを見て笑顔を向けた。




