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短編・ショートショート

カマイタチノマチ

作者: 白河マナ

 

 あなたは狂っている。小学生の時にさんざん言われた言葉だ。


 これが、根も葉もない噂から生じた、未成熟な子どもたちの世界における特有の迫害──イジメだったらどんなにマシだっただろう。


 どんなに必死に訴えても、周りから見れば、わたしは確かに狂っていたのだ。


 突然叫び声を上げたり、泣き出したり、逃げ出したり。わたしは情緒不安定で分裂気質のある、おかしな子どもとして見られてきた。


 しかしそれには理由がある。


 あれを見れば誰だってわたしと同じように恐れ、声を上げるだろう。いまでこそわたしは見慣れてしまったけど、大人だってはじめて見たら恐怖を感じるに違いない。


 わたしだけがこの町の本当の姿を知っている。


 町では冬になるとカマイタチと呼ばれる現象が起きる。


 鎌で切ったような、というほどではないけれど、町を歩いていると何かに触れたわけでもないのに切り傷ができるのだ。


 寒くなるとよく町なかで、小さな空気の渦を見かける。カマイタチは、その渦の中心に発生した真空に体が触れて起こるといわれている。


 本当は違う。


 誰も信じてくれないけれど。


 その、わたしにしか見えない、ということが、長いあいだわたしを孤独にさせてきた。


 わたしは、高校生となった。


 その間、いろいろなことを学んだし、少しは大人になった。


 社会における狂人とは、周りが認めてはじめて狂人として成立するのだと、身をもって知った。わたしはあれを『いないことする』という単純かつもっとも効果的な処世術を身につけた。


 いまもまだそれが見えるのに、隠すことで、わたしは普通の高校生でいられる。


 わたしは狂っている。いまも。しかし、誰もわたしがおかしい子だなんて思ってないし、小学生のころのことを覚えている人は、当時はちょっとした病気だったんだと勝手に解釈してくれている。


 果たしてこれは良いことなのか。


 誰もわかってくれないことを一人抱えているというのは、正直、つらい。かといって狂人扱いされるのはもっと嫌だし、誰かに話せばすっきりするというものでもないし……この先、町にいる限りあれを見つづけなきゃならないと思うと、憂鬱になる。


「今日こそ文句を言ってやるわ」


 八つ当たりに近い気持ちに促され、決心する。


 三日連続で時刻表通りに来ない市営バスを一人待ちながら、わたしは茜色の空やハサミを持って走り回る子どもたちを眺めていた。


 紫がかった無地の着物を着た時代遅れの子どもたち。


 工場で量産された人形のように、すべての子が同じ体型、同じ顔をしている。髪は短く切り揃えられているけれど、女の子にも見える。子どもたちは、無邪気な表情を浮かべ、ひとりの例外もなく、黒い柄のハサミを振り回していた。


 そして道行く人たちを見境なく切りつける。腕や足を切られた人たちは、驚きの表情のあと、みな一様に笑顔を覗かせる。


 ひとりの子どもが、そばに寄ってきて、わたしの腕にハサミを突き刺す。たいした怪我にならないことはわかっているのに、やっぱり怖い。


 見えなければ、みんなと同じように笑い合えるのに。


 いったいいつどこの誰が言い出したのか、この町でカマイタチに切られることは、幸運の前兆とされている。


 わざわざ別の町からカマイタチに切られにやってくる人たちさえいる。


 ほとんど血も出ないし、痛みも感じないから、そしてなにより見えないからそんな風に気楽な気持ちでいられるのだろうけど、傷を負わされて喜んでる町の人を見るたび、わたしだけがまともで、むしろ彼らのほうが狂っているのではないかと考えてしまう。


「わたしって不幸だ……」


 ため息を混ぜ込んだ呟きの数秒後──


 わたしは、深く帽子をかぶった男の子にすれ違いざま、長年連れ添った不幸を持っていかれた。


 とん、と、軽く背中を押されただけだ。


「きみ、穴が開いてたよ」


 男の子はそれだけ言って、どこかに行ってしまった。 


 その時は何のことかわからなかったけれど、あとになって、わたしは、男の子の言う『穴』のせいで、おかしなものが見えていたのだと理解した。


 わたしの長年の悩みの種は、こうして、たまたま通りかかった不思議な男の子の気まぐれ(そうとしか思えない)によって取り除かれた。


 わたしは、二十分遅れでようやくやって来たバスに乗り込み、無言でバス定期券を見せ、一番奥の窓際の席に座る。


 窓の外に、ハサミを持った子どもたちの姿はない。動き出した景色の中に視線を走らせ、探してみる。見えない。見えなかった。


 カマイタチに切られて笑い合っている人たちを何度か見かけた。


 生まれ変わったわたしの瞳には、それらはとても微笑ましく、羨ましい光景として映りつづけた。



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