8拾い
2号のお腹に頭を埋めて、ベッドでぐでぐでとしていると。
「拾い主さん.......ご飯、食べる? あんまり上手くないんだけど.......ミサさんに習ったんだ、マッシュポテト.......」
困り顔のイケメンが、上目遣いで私にご飯を持ってくる。顔が良すぎる。とっくに引っ込んだ涙がまた上がってくるぐらい顔が良い。
「ごめん! やっぱり大家さん探してくるよ!」
部屋を飛び出ようとしたイケメンの服の裾を、咄嗟に掴んだ。大家さんならアパートとは別に経営している雑貨屋のほうに行っていて明日まで留守だ。
「.......ルノ」
呼んだらベッドの横に正座した。面白くて、可愛い、かもしれない。
「私ね、多分普通にナンパされたの」
「.......え?」
「なのに怖がっちゃって、馬鹿みたい。普通にお名前は、って聞かれただけなのに」
「.......」
「かっこよかったのになぁ。ちゃんと答えておけばよかった」
「.......軍人なんてやめときなよー。ナンパも良くないよー」
裏声で、もごもごと口を動かして。1号、ではなく2号が話しかけてきた。尻尾をゆさゆさ揺らして、べろ、と顔を舐められる。
「ふふ。私ね、軍人は嫌いじゃないの」
「え?」
いきなり素の声に戻った1号。やるならやり通しなさいよ。
「ごめんね、ルノ」
「.......」
ルノの腕やお腹の、傷跡になってしまった所を撫でた。軍人は嫌いじゃないけど、ルノを傷つけた人は嫌い。それで、ルノは許してくれるだろうか。まだここにいてくれるだろうか。
「.......」
「ご飯食べよ、ルノ。マッシュポテト食べさせて?」
「.......いえっさー」
ルノが作ったマッシュポテトは、なんだかまだざらざらとしていて、味がなくて、正直美味しくなかった。あと目の前でボソボソマッシュポテトを口に運んでいるルノが微妙に無表情なのも美味しさを半減させている。もうちょっと何か表情をつけて食べてよ。
「.......拾い主さん。ミサさんのマッシュポテトは、本当に美味しいんだ。可能性に溢れていたじゃがいもをこのような結果にしてしまって、僕は本当に.......本当に反省している」
「ぷっ」
「どんな罰でも受けるつもりだ。この身一つで償えるとは思っていないが.......。.......せめてこのじゃがいもの無念だけは!」
「あ、あはは! おかしい! やめてよ、あはは!」
お腹を抱えて笑っていれば、ルノも安心したように笑った。それで、私のためにふざけてくれたんだな、と分かって、ぎゅっと心が暖かくなった。
「拾い主さん、1つ陳情したいことが」
「ぷっ。まだ続けるの?」
「抱きしめてもいいですか?」
え。
「失礼します」
いきなり席を立って、本当に私を抱きしめたルノ。それだけにとどまらず、なんと子供のように抱き上げてしまった。
何が起こった。
「.......な、何!? どうしたのルノ!?」
今まで絶対に触れてこなかったのに。1回超えてしまえば大丈夫なタイプなのか。いやなんだタイプって。落ち着け、落ち着け私。相手はルノだ。私が拾った眉が凛々しいイケメンで、いつも優しくて、澄んだ青い瞳をしていて、ヘラヘラしているのになんだか放っておけないが、ドキドキなんてしてはいけない。ときめくな私。.......え、なんでダメなんだっけ。
「.......拾い主さんは、抱っこがお好きと、耳に挟みました」
「.......ミサお婆さん.......!!」
「いえ、大家さんです」
あの筋肉。
いつの話をしてるのよ。そもそも1度も好きだなんて言ってない。小さい頃の私を家に置いてくれた大家さんが、放っておくと全く動かない私を毎日ずっと抱いてくれていたから、アパートのみんなに勘違いされただけだ。だんだんワガママになった私が、大家さんが抱きしめてくれないと泣き出すようになったから、勘違いされただけだ。別に、好きだなんて、言ってない。
「辛かったね、アリッサ」
「.......」
ぽんぽん、と背中を優しく叩かれる。昔大家さんにされていたより、ちょっと力が弱かった。
「銃を持った男に話しかけられて、怖かっただろう。殺されることだけでなく、殴られるのも蹴られるのも、怖いことだ」
「.......別に、死ななければ、良いよ」
「良くないよ、アリッサ。良くない」
名前を呼ぶから。世界で1番私に優しいんじゃないかという声を出すから。
「.......ルノ。お願い、離さないで」
「イエス、マーム」
ちょっと様になってるじゃない、とは言わなかった。ただ、どこか懐かしい腕の中に、頭を寄せた。