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4拾い

「ん.......」


 ベッドの上で寝返りをうった。なんだか寝苦しい。お腹が空いた。

 ぴいぴいと、鳥の鳴き声が聞こえた。かちゃかちゃ、と軽い4本足の足音も聞こえる。みんな元気そうで良かった、早く朝ごはんを。


「.......あっ!」


 ガバッと起き上がった。

 慌てて見た部屋の隅では、青い目でキリリとした眉のイケメンが、子犬にじゃれつかれながら、笑顔で鳥の雛にエサをやっていた。絵本の中かここは。


「あ、おはようございます拾い主さん」


「お、あ、おはよう」


 ボサボサの髪を抑えながら、慌ててベッドから降りて靴を履いた。いつもは私の方がルノより早く起きているから、こんな寝癖を見られるのは初めてで少し照れる。ではなくて。


「ルノ! 私ベッドで寝てない!」


「? 寝てたよ?」


「違うわよ! ねえ、まさか運んだの!? あなた怪我してるのよ!? 私、私重いのに!」


「軽かったよ? それに、怪我はもう大丈夫だから」


 そんな訳ない。まだ包帯に血は滲むし、熱だって出るし、顔色だって悪いし、ご飯だって全然食べないのに。全然、元気じゃないのに。全然、幸せじゃないのに。


「泣かないで、拾い主さん」


 2号を抱いて近寄っててきたルノが、心配そうに私の顔をのぞき込んだ。


「.......泣いてないわ」


「拾い主さんは泣き虫さんだね」


 もふ、と2号のお腹がおでこについた。泣かないでー、と裏声で喋っている1号から2号を受け取り、ぐいっと目元を拭った。


「優しく拭ってー」


「随分可愛い声だったのね、2号」


「うんー」


 もごもごと口を動かしながら、甲高い裏声で話すルノは、ちょっと可愛い。もしかして腹話術のつもりだろうか。めちゃくちゃ口動いてるわよ。


「あぁ、お腹空いた! 昨日のシチューがあるから、食べましょう?」


「やったぁー」


「ふふ、まだやるの?」


 へらへら笑いながら、2号を受け取り私がシチューをよそうのを見ているルノ。背は私よりずっと大きいのに、私のあとを付いてくるのは小さな子供みたいで、なんだか笑ってしまう。

 テーブルにシチューのお皿を置いて、ルノの正面に座った。


「はい、どうぞ」


「.......いただきます」


 静かな笑みを残しつつ、ルノは静かすぎる動きでスプーンを取った。下で2号が食器を鳴らしながらがっついているのを見習って欲しい。


「.......食べたくない?」


「えっ」


 まだ口に入れる前のスプーンを止めて、ルノが私を見た。明らかに焦っている。正直者か。


「.......まだ、調子が悪いの?」


「.......」


 はい、調子は悪くないのね。この正直者め。目がウロウロしすぎよ。


「ならなんで食べたくないの? .......シチュー、やっぱり嫌いだった?」


「そうじゃないよ。そうじゃないんだ。だから、泣かないで」


「泣いてないってば」


 ルノは、ヘラりと笑った。

 いつもとは違って、全然かっこよくも可愛くもない笑顔だった。この笑顔じゃ、イケメンも台無しだ。


「.......僕は、こんなに美味しい物を食べられないんだよ」


「その口を開けて、歯で噛んで飲み込めばいいのよ」


「あはは、そっかぁ。知らなかったなぁ」


 またヘラヘラ笑ったルノ。下で2号はとっくにご飯を終えて、1号の足にじゃれていた。


「.......ルノは、なんでそんなに自分をいじめるの?」


「うぅーん。いじめてはないかなぁ」


 困ったようにヘラヘラ笑って、また誤魔化される。どうしても、ルノは踏み込ませてくれない。踏み込んでも来ない。いつだって出ていけるこの距離感が、たまらなく嫌だった。


「ルノ、私のルノ。お願いだから元気になって。幸せになって」


「.......うん」


 嘘だ、また嘘をついた、この男は。

 そろそろ私だって怒るというものだ、うん、怒る。


「私が拾ったんだから、幸せにするのよ! 心も元気いっぱいにして、シチューを美味しいって食べられるようになるまで、絶対どこにも行かせないから! 幸せになれ! ばかルノ!」


 青く澄んだ瞳が、まん丸になって私を見ている。


「この世に幸せになっちゃいけない子供なんていないんだから! みんな、愛されるべきなのよ!」


 私を拾った人が、死のうとした私に言った言葉だ。

 だから、私は生きて幸せになった。部屋を借りて、働いて、シチューを食べて、拾いたいものを拾って、幸せになったのだ。


「.......僕、今年でもう27歳なんだけど」


「まだ子供よ! 私がそう言うんだからいいの!」


「.......あんまり、良い子じゃ、ないんだけどなぁ」


「ご飯さえ食べたらルノはいい子よ。ご褒美をあげちゃうくらい」


 結局、ルノはよそった分しか食べなかった。

 それでも、少し頬に赤みがさして、噛み締めるように、辛そうに美味しそうにシチューを食べていた。


 この日から、ルノは放っておいても水を飲むようになった。

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