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3拾い

「おかえりなさい」


 仕事を終え自室に入れば、ニッコリ笑ったイケメンが出迎えてくる。よく見ればそのイケメンはまだ傷だらけなのだが、整った顔と柔らかい笑顔の前ではなんの問題にもならない。こんな所を勤め先のパン屋の娘に見つかれば拷問されそうだ。

 まだ絶対安静のはずのルノは、私が帰ってくると必ず起きて出迎えてくれる。いや寝てろ。


「あはは、また拾ってきたかぁ」


「.......だって」


「綺麗にしようか」


 へら、と笑ったルノは、私の手の中から泥だらけの子犬を受け取った。くぅん、と鳴いた子犬は、ルノに抱かれるとより小さく見える。

 私が年下だと思って拾った男は、実際には私より9も歳上だったし、身長も筋肉も大家さんぐらいはあった。誤算だらけだ。


「拾い主さんも、着替えた方がいいね。泥がついちゃってるから」


「私は後ででいいから、まずその子を洗いましょう」


「いえっさー」


 桶にお湯を張って、泥だらけの子犬を洗う。思っていたより元気そうで、ルノの手の中から逃げようと暴れていた。


「わあ、ルノと同じ毛の色ね! 可愛い!」


 ルノの髪と同じ灰色がかった金の毛並みを持つ子犬は、とても可愛らしかった。

 私と一緒の色じゃなくて良かった。私の髪は赤みがかった茶色で、量も多く毛先はうねっていて好きでは無いのだ。それでも我慢して伸ばしているのはいつか売ってお金にしようと思っているからだ。そろそろ売れるだろうか。


 桶のお湯を替えて、わしゃわしゃと子犬を洗うルノは楽しそうに口を開いた。


「ルノ2号、君も今日から拾い主さんの言うことを聞くんだぞ」


「ルノ.......名前のセンス無さすぎ」


「ピーちゃんとくまちゃんとハナちゃんに比べればましだと思うなぁ」


 ルノが笑いながら目線をやったのは、先日拾った鳥の雛と、片腕が取れたくまのぬいぐるみと、しおれかけの花。


「.......名前は可愛さだから、いいのよ」


「可愛さかぁ」


 ルノはほい、と桶から子犬を取り出し、私が持ったタオルでくるんだ。子犬は初めは悲しそうに鳴いていたが、だんだんと安心したのか大人しくなった。


「じゃあ、私着替えてくるから」


「僕はここでルノ2号と待ってます」


「結局その名前なの?」


 ルノは、不思議な人だった。

 いつもヘラヘラしているのに、私が拾ったものの世話は自分から一生懸命やっている。だからピーちゃんは私よりルノに懐いている。別にいいけど。

 さらに、ルノは私が仕事に行っている間に家の掃除までしている。窓枠までピッカピカになっていた。しかし、料理は苦手なのかこの間はじゃがいもと包丁を持ってオロオロしていた。それから料理は私担当に、というか、怪我人は寝てろ。


「着替えたから、もう出ていいわよ。ダブルルノ」


「いえっさー」


 風呂場から出てきたルノから、ルノ2号を受け取る。平たい皿に昨日の残り物をよそって、ルノ2号の前に置いた。綺麗にした口周りを汚しながら、一心不乱に食べている。


「いっぱい食べなさい。それで元気いっぱいになって、幸せになってね」


「.......」


 ルノ(1号の方)が、青い瞳を細めていた。笑ったのかと思ったが、どうも泣きそうに見えてしまう。


「.......ルノ?」


「ん? ってあ、そうだ。昼間大家さんが来てね、庭の木の枝を切ったんだけど」


「怪我人は寝てなさいよ」


 大家さんも何こき使ってるのよ。

 ルノの筋肉を見て異常な仲間意識を持った大家さんは、ちょこちょこルノにかまう。自分の若い頃の服をあげたり、世間話に付き合わせたり、筋肉を見せつけたり、自慢のラジオを聞かせたり、筋トレを見せつけたりと、随分楽しそうだ。最近若返ったようにすら見える。


「これ、お小遣い貰ったんだ」


 本当に嬉しそうに、ふわりと笑ったルノが手のひらの上に乗せていたのは、1枚の銀色の小銭。えんぴつとノートぐらいは買えそうだ。


「はい」


 なぜかそれを私に握らせて、ルノはにんまりと笑った。うっ、顔が良い。


「.......って、ルノ! なんでくれるの? ルノのお小遣いでしょ?」


「僕は拾い主さんの物だから。僕の物は拾い主さんの物だよ」


 そんな暴君みたいなこと言ったことないわよ。どこで覚えてきたの。


「.......いらない?」


「うっ」


 顔が良い。

 身長が高いので少し屈んで、私の顔をのぞき込みながらキリッと整った眉を気弱そうに寄せるルノ。まずその顔でそんな表情をしてはいけません。捕まりますよ、パン屋の娘に。


「.......じゃ、じゃあ、貯金しましょう。あのカップの中に入れておくから、いつでも使っていいってことにしましょう」


「わかった」


 フチが欠けたマグカップの中に、硬貨を落とす。ルノは終始楽しそうだった。


「.......今日はシチューにしましょうか」


「おぉ、豪勢だねぇ」


 ルノは少食だった。

 好きな物は何かと聞いても、特にないよと答えるし、放っておくと水すら飲まない。食事中もヘラヘラ笑っているが、本当に美味くてたまらないという風に食べる姿は見たことがない。

 だから、少しでも美味しく沢山食べて欲しくて、ちょっと財布に無理をしてでも良いご飯を作ることにした。


「ルノはシチュー好き?」


「.......うん」


「!」


 やった、やった。

 10人に聞いたら9人は好きだと答える定番メニューだが、ルノが初めて食べ物を好きだと言った。


「いっぱい作るからね! 待ってて、ルノ!」


 張り切って作ったじゃがいも大きめのシチューをお皿に盛る頃には、ルノは2号を抱いてソファの上で寝ていた。

 最近ではルノの寝床になりつつある小さなソファだが、当然のように長い足ははみ出しているしそもそも怪我人はベッドで寝て欲しい。

 しかし、これだけはいくら言ってもルノは言うことを聞いてくれなかった。むしろ放っておくと外で寝ようとするので、毎回体力が尽きて寝落ちするまで話しかけて室内で寝かせている。手のかかる子だ、まったく。


「ルノ、ご飯できたよ。ルノ」


 血の気の引いた青い顔。それはそうだ、血が足りていないと医者に言われている。酷い怪我だったのだ、本当に。


「.......ルノ。元気になって」


 1度台所へ戻ってシチューの鍋に蓋をして、床に座ってソファに頭を預けた。薄く上下する胸に安心して、そのまま目を閉じた。

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