第114話 焚き火
「ここで休むが良い。」
アカキさんが広めの空洞になっている場所で休憩を提案してくれた。
地面の奥底まで見えるぐらい透き通った水が川の様に流れてる。
洞窟の中は太陽が無いし暗いしで時間間隔がわからない。
アカキさん達はずっと住み続けたこともあって体内時計で朝か昼か夜かぐらいはわかるそうだ。
アカキさんが松明の火を地面に置き、枝や死んでしまった魔族を燃料に焚き火を作る。
カルティエさんとタガメがそれを手伝っている。
私は率先してテントを張った。
「おいら達に寝床はいらんでせ。」
ランプさんは洞窟の天井で眠るらしい。
アカキさんとカルティエさんも地べたで寝るのは慣れている。
せっかくテントを張ってキャンプの準備をしたのに、利用するのは私ぐらいだ。
「アカキさん、一回ここで寝てみてください! 気持ちいいですから!!」
アカキさんとカルティエさんを何とか説得しないと!!
「我は見張りをせねばならぬ。」
「必死なのが痛いでせ。」
アカキさんの断りとランプさんの言葉が私には痛かった。
そうして、私達は食事をした。
カルティエさんと協力してステーキを作ったけど、あの時と同じ様にカルティエさんが驚いていた。
そして、カルティエさんが泣いた。
「こころ氏がいればカルティエクビにならなかったりすーー!! どうして早く来てくれないりすーーー!!」
「ごめんね……。」
カルティエさんの言葉が辛かった。
だから、謝ることしか出来なかった。
「今度はこうやって作るりす!!」
「私も応援するよ!」
カルティエさんは料理長に返り咲くつもりらしい。
一度はクビになっても自分の力ですぐに立ち上がる気持ちになっているのが羨ましかった。
私はタガメがいないとダメだったから。
「美味なり!!」
ステーキはアカキさんにも好評だった。
ガツガツと食べるその姿を見ると、あの頃のように作ってよかったって気持ちに包まれる。
「おにぎりが良かったでせ……。」
「作っておいたから!」
魔王城でランプさんがステーキを食べてる所を見たことが無かったから、ガーデン村の宿でこっそり作っておいたおにぎりをランプさんに渡した。
「どう?」
「美味いでせ! しまったでせ!!」
疲れてると思って塩を多く入れたけど、魔王城にいた頃よりも食べるスピードが速い。
魔族も疲れてる時は塩を多く入れたほうが喜ぶ事はオヤブンさんに習った。
「こころ氏は未来で料理長をやってたりす? 料理長の座は渡さないりす!!」
「こう見えて私はお姉様のメイドをやってたんだよ。」
カルティエさんの顔が一気に青ざめた。
あれ? 私変なこと言ったかな?
「命知らずりす。」
「どういうこと?」
「エレーナ様のメイドになる魔族はだいたい、嫌々やらされる形になるでせ。それでエレーナ様のお仕置きに耐えられなくて全員狂死してるでせ。」
想像しなかったことは無いけど、やっぱりそうなんだ。
私も別に耐えられていたわけじゃないし。
「でも、耐えた私は相当凄いんじゃ……。」
「頭がおかしいだけでせ。」
ランプさんの悪態にショックを隠せなかった。
素直に褒めてくれると思ったのに……。
全員一通り食事が終わった所でアカキさんが見張りをしてくれた。
テントの中で私は少し眠れなかった。
こうしてベッドに入るとどうしても、あの日々を思い出して感慨にふけってしまう。
もう一度あの未来に戻りたいって思うと同時にそれを奪った勇者イワオへの怒りも湧き上がってくる。
色んな感情が押し寄せて心がぐちゃぐちゃだ。
「足手まといは早く寝るでせ。」
「ランプさん……。」
眠れない私に気付いたのか、テントの中に入ってきたランプさんが私の肩に乗った。
そういえば、こうして肩に乗られるのは初めてな気がする。
心を許してくれたのかな?
「……ランプさんはどうして私に付いてきてくれるの?」
感慨にふけっているからか、思わず聞いてしまった。
「トレント様の命令でせ。おいらもこんな事になるとは思わなかったでせ。」
「本当にそれだけ?」
「………それだけでせ。」
ランプさんが私から少し視線をそらした。
追い出されたとはいえ、ランプさんもきっと魔王様の側近に戻りたいんだと思う。
魔王城で困りながらもせっせと働いてる姿は輝いて見えたし、私と一緒にいる時もこうしてどこか寂しそうな顔をしてる。
「ねぇ、ランプさん。」
「何でせ?」
「いつでも裏切って良いからね。」
ランプさんが呆気を取られて口を大きく開けると、すぐに歯を閉じて私の瞳を見て怒鳴った。
「当たり前でせ!! おいらも魔王様の側近に返り咲くでせ! お前といるのは退屈しのぎでせ!」
ランプさんがそう言うと飛び立って、元の寝床に戻った。
怒らせちゃったかな。
でも、私のわがままに付き合ってくれて、洞窟探索でも常に頑張ってくれてる姿を見ていたら、そんな事を思った。
「眠れぬのか?」
「はい……。」
何となく焚き火に火をくべてるアカキさんの元に近づいた。
こうして焚き火が緩やかに燃えてるのをみると、何か安心する様な、安心しないような。
それでも、その炎がゆらめく様は綺麗だった。
「アカキさんは眠らないんですか?」
「貴公らをシュバリエ平原に無事送り届けるためだ。洞窟の魔族は夜に活動する。今日の比ではないぞ。」
少し大きめの石にどっしりと腰を下ろしたアカキさんがそうつぶやく。
「侵入者から洞窟の秩序を守るも我らが役目。侵入者は夜にはあまりやってこぬが、貴公らのように明朝にやってくる。」
「あはは……。静かに暮らすのも大変なんですね。」
思わず愛想笑いをしてしまった。
アカキさんは私の愛想笑いに何も感じなかった様にただ焚き火に枝をくべ続けている。
「でも、そうなると寝る暇が無いんじゃないですか?」
「そうだな。だが、縄張りを持つ魔族に争いが起こるは世の定め。いや、魔族の定めと言うべきだな。侵入者と戦えば好機と見た洞窟の魔族は我らを攻める。それでも侵入者への警戒は誰かがやらねばならぬ役目だ。」
「損な役回りですね……。」
「魔族の世界などそんなものだ。タガメ殿は実に見事に我らの苦難を当てていた。」
起こした焚き火に枝をくべながらアカキさんがふっと笑ってそう呟いた。
アカキさんが笑ったのはタガメが寝る暇のないオーレ族の苦労を見抜いたからだった。
タガメが活躍すればするほどやっぱり、私なんていらないと思えてくる。
「そんな顔をするな。」
「すみません……。」
私を励ますようにアカキさんが私の顔を見た。
落ち込んでいないように隠そうとしても落ち込んでいない顔の作り方がわからない。
「貴公は生きる意味について考えたことはあるか?」
「死ぬ理由なら何度も考えたことがありますけど、生きる理由はお父さんとお母さんが悲しむからです。」
元の世界では死ぬ理由なら数えられないぐらいあった。
生きる理由は本当にそれぐらいだった。
アカキさんの質問の意図はわからないけど、きっとそれじゃダメだよね。
「安心せよ。皆そんなものだ。この世界でも生きる理由を確固として持つものは少ない。元々生に意味など無し。雲が空を行くように、水が流れる。生とは行雲流水。我らはただ事に従うのみ。世界が牢獄なれば、生ける者はみな囚人。先祖代々伝わるオーレ族が滅びぬために受け継がれる考えだ。」
焚き火の炎はただ揺らめき続ける。
アカキさんの言うことが何故か納得できなかった。
「納得出来ぬ顔だな。」
「そういうわけじゃ……。」
「貴公らの話はタガメ殿からある程度は聞いている。勇者イワオ……もし実在するのなら神にも等しい奴だな。」
どこまでタガメが事情を話したかわからないけど、私がしようとしているのはアカキさんから見れば世界に反抗するぐらいのことなのかな。
確かに、セーブとロードで自身の望む未来を勝ち取れる勇者イワオに立ち向かうということは、この世界の成り行きに従わないということ。
世界の行末を変えるぐらいの事。
「……私に勇者イワオを止める事が出来ると思いますか?」
「出来るかどうかではない。やるのだ。従わないと決めたのなら死ぬまで足掻けば良い。死ねば楽になるなら苦しいことは今世で味わい尽くすのだ。自分のみでは至らぬのなら頼れば良い。我らが役目により寝る時間を変えるように、彼の者らもそなたを必要とするからこそ共にいるのではないか?」
アカキさんの視線が焚き火から外れる。
釣られるようにその方向を見ると、腹をかきながらグーグー眠るカルティエさんと、天井で眠りながらも時折落ちそうになるランプさんがいた。
あまりにも気持ちよさそうに、頼り無さそうに眠る二人に思わず微笑んでしまった。
アカキさんも自身が眠る時間は別の人に頼ってる。
「出来るかどうかじゃない。やるかどうか……。」
大事なことを忘れてた。
私は私の力であの未来にたどり着いたんじゃない。
自分じゃ何も出来ないのにあきらめたくないって願ったから、色んな人を頼ったからあの未来はあった。
そう思ったら、なんだか今までの悩みが馬鹿みたいに思えた。
どうせ未来から戻ってきても私には何も出来ないから、もっと頼ろう、力になってもらおう。
失われた未来を取り戻して、来たるべき崩壊を止めるために。
どれだけの時を戻されようと私は頼り続ければいいんだ。
「アカキさん、ありがとうございます!! 絶対にあの未来を取り戻して、あの魔王城みたいにアカキさんが静かに暮らせる場所を作ります!」
「そうか……。それは楽しみだな。」
焚き火に枝をくべ続けるアカキさんを残して決意を新たにした私はテントの中に戻った。
元々私は誰かの役に立った事なんて少ないから、あんまり気に追う必要は無いかもしれない。
ぐちゃぐちゃの心が晴れやかになったのを感じたと思ったのもつかの間私は眠りの中に落ちていった。
………
……
…
「早く起きるでせ!!!!!」
ランプさんの怒鳴り声で起こされた。
他のみんなはもう起きていて支度もできているみたいだ。
焚き火の火は既に松明へと移り、私が寝ているのにせっせとテントの撤収作業が行われてる。
「本当に足手まといでせ!!!!」
怒鳴られて起こされたからか、頭が少し痛い。