第107話 勧誘
「本当にあんな妄想みたいな話を信じて良いんですか?」
住民の意向が固まり、イルナ村は新たなスタートを切った。
小さな村の小さな独立。
住民は快くオルハートの意向に乗ったが、オルハートに不安がないわけじゃない。
かつて自身を救ったトレント様の提案と言えど、無謀に思える作戦。
オルハートは下手をすれば人族と魔族の両方を敵に回すそれを軽々しく行うトレント様を信じきれない部分があった。
「良いんじゃよ。」
トレントにはある懸念があった。
未来から来たというお嬢さんの話には大きな不可解な点が多くある。
人族が魔族に対抗する手段は失われた。
だが、勇者イワオは復活させ、魔族に対抗した。
長い時を経て自身も忘れてしまったそれを勇者イワオが知っていた。
それに、自身が勇者イワオに殺された理由についても心当たりがあった。
「まさかの……。」
到底信じられない現実味のないその可能性。
だが、失われた未来から来た彼女の話を信じると決めたからこそ、その可能性が確信に満ちた答えとなる。
その可能性が真実だった時、今の自分がどの様な決断を下すのかは明白だった。
「じゃが、今は目の前のことじゃ。」
人族を滅ぼそうとしているのが勇者イワオであるなら、人族が魔族に対抗する手段を無くそうとするのは当然の通り。
それこそが、伝承を取り戻すたった一つの希望。
対抗する手段を破壊されれば終わり。
時間の猶予はない。
「あの嬢ちゃんは何者なんですか?」
「それはわからぬ。じゃが……」
長寿のトレントも未来から来たというものに出会ったことが無い。
魔族と人族の戦争を回避するのを託すには荷があまりにも重い。
もっと他に適任者はいるだろう。
探す時間が惜しいという理由もあるが、長年の勘がそれでも託せと告げる。
賢者と呼ばれる身分で勘に全てを託すのはあまりにも愚策だ。
だが、その愚策こそが最善だと本能が告げる。
その根拠はただ一つ。
「とても優しい娘さんであるのは、間違いないのぉ。」
自身が思った第一印象でトレントは全てを託すと決めた。
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朝目覚めた私達はイルナ村を出発して私達はドラゴラ族のケンドさんに会いに行こうとしていた。
今日魔族が攻めてくるなら戦力は少なからず多い方が良い。
攻めてきた魔族の中にはケンドさんはいなかった。
それなら、ケンドさんに協力してもらえれば何とかなるかもって思った。
住処はランプさんが分かるそうだから案内してもらってる。
「本当に行くんでせ?」
「うん。とっておきの秘策があるから。約束通り、私が嘘を吐いても絶対に指摘しないでね。」
イルナ村は魔族との友好が深い。
それなら、ケンドさんも味方になってくれるんじゃないかって思う。
ケンドさんに会いたいっていう気持ちが大きいけど、イルナ村が独立するってなると、人族とも友好が深いイルナ森に住む魔族のほとんどが戸惑ってしまうと思うし、ケンドさんにだけ通用する私なりの勧誘方法がある。
「着いたでせ。」
そこは正方形の舞台があるだけの広場だった。
舞台は木で作られており、所々欠けていたり、傷があるなど、長く使われていることがわかる。
好戦的なドラゴラ族が決闘をする場だと思う。
その中心に座禅を組み瞑想をしている一匹の狼がいた。
全身に傷跡がある歴戦の猛者。
腰には一本の刀。
柄を見るとペルシャ様マジ世界一最高丸と書かれている。
「ランプか? 何の用だ。」
ケンドさんだ。
私達に気付いたケンドさんが振り返ると腕を組む。
「こいつに見覚えは無いでせ?」
「ねぇな。誰だそいつは?」
やっぱり、覚えてない。
私はこの感覚を後何回繰り返すんだろう。
どれだけの経験を積んでも、これには慣れないと思う。
でも私は覚えてる。
「ケンドさん、ドラゴラ族は今後どう動くんですか?」
「どう動くも何も、俺らは魔王様に付く。」
「違いますよね。」
私の指摘にケンドさんが首を傾げる。
虚を突かれたリアクションじゃない。
でも、私にはわかる。
「ケンドさんは、ペルシャの味方ですよね?」
「……あんたもファンか?」
しばらく考え込むように腕を顎に当てたケンドさんの目がかすかに光った。
「私はペルシャの友達です!!」
これが、私の秘策。
トレント様を真似て考えた作戦。
ケンドさんはペルシャの大ファンだ。
なら、ケンドさんは魔族陣営というよりもペルシャ陣営。
私はペルシャの望みが友達が欲しいのと、四魔将として認められたいっていうのを知っている。
つまり、ペルシャを説得できれば、ケンドさんはこっちになびく。
ここで友達だって嘘が見破られなければ、勧誘は無理でもある程度の協力関係は結べるかもしれない。
「はぁ……。それで? あんたがペルシャ様と友達にだったら、俺にどんなメリットがあるんだ?」
「ペルシャの秘蔵情報を教えます!」
「……おもしれぇ。じゃあ、その秘蔵情報とやらを一つだけ教えてくれ。信用できねぇ。」
ここまでは完全に予定通り。
思わず口角が上がってしまう。
ランプさんが『気持ち悪いでせ』って呟いた気がするけど、一旦無視だ。
「ペルシャは寝る時、アヒル口になります!!」
「マジかよ! くっ! 最高すぎんだろ!!」
ケンドさんが目を見開いてちょっとだけ狼狽えてる。
効き目ありだ!
「それに、気分が良い時は鼻歌を歌います!!」
「なにぃ! マジかよ!!」
ケンドさんが稲妻に打たれたように驚いている。
一つだけでも良かったかもしれないけど、思わず二つ目も言っちゃった。
でも、計画に支障はない。
後はこのまま。
「私の味方になってくれたら、もっと教えます!!」
「……魅力的な提案だな。」
ケンドさんが顎に手を置いて考えてる。
もう決まったようなものだ。
「だがよ……ペルシャ様は魔族側についてる。もし俺を引き込みたいなら、相応の覚悟を見せてもらわねぇとな?」
「へ……覚悟?」
「ドラゴラ族の流儀に大事な事は全部戦いで決めろってのがある。ペルシャ様の友達なら相応の力を持ってるってことだろ?」
え? そんな流儀知らない。
うろたえる私にランプさんが呆れてる。
「……仲が良いとか言ってたくせに知らなかったでせ?」
「知らないよ! 知ってたなら止めてよ!」
タガメも呆れてる。
どうしよう……。
ランプさんも本当にこいつは未来から来たでせ? みたいな顔してる。
やばい……。
「そうだな。俺が勝ったら、あんたが知ってるペルシャ様の秘蔵情報とやらを全部教えろ。あんたが勝ったら、味方になってやるよ。それでどうだ?」
闘技大会で戦ったからケンドさんの実力は実を持って知ってる。
蛇の姿になれない私じゃ、為すすべがない。
ケンドさんが手招きする。
焦る私の背中をランプさんが無理矢理押す。
こうなりゃヤケだ!
トレント様に渡された剣を握って構える。