第二話 理解できない
ーー人影?
修太は、重い瞼をそっと開けてみせた。鉛のぶら下がっているような重い目は、一筋縄にはいかなかった。しかしその一筋縄ではないのを開けてみせた。
しかしそもそも目を開けた前に、違和感を抱いた。修太は高校生になってから東京の割と中心部の方の賃貸アパートに一人暮らししているのだ。つまり、彼の家には自分以外誰もいないはずなのである。
ーー仕送りかな。ありがたいなァ。
目を開けて、微笑んで人影を見送った。
ーーいや、でもおかしい。仕送りなら、俺の口座に入れとけって言ってたのに。人の話聞いてねぇなあ。
でもそれなりに良い刺激になった。重かった瞼が、気体になったかのように一度に軽くなり、上がる。そして、いつもは枕元に置いてあるはずのスマホを取ろうとする。
「スマホ、スマホ……」
手を想いのままに動かす。普段はこの枕元にあるはずのスマホ。しかし、なぜだか今日は不思議なことに、一切見つからない。それどころか、探している間に徐々に身体中の感覚が戻りつつある。痛い。硬いところにいる感じ。それにより、自分がベッドの上にいないのだと気付かされる。寝相の悪い方では、決してなかった。なのにだ。
色々な感覚が戻るのと比例し、違和感の量も増える。
目の感覚も戻りだす。目に映ったのは、真っ赤な壁。
ーーあれ、俺のアパートって、壁こんな赤くないよな。白いはずよな。
違和感が増す。修太の本能が、違和感を思いっきり抱いたらしい、「これはヤバい状況だ」という警告のように、彼の身体に告げる。
ヤバい、と。
枕も、ない。
ーーもういい!
勢いで立ち上がり、走って逃げようと体制をとる。そして、立ち上がった勢いで、走る。走る、走る。
しかし、異変を感じる。いつもの持久走や短距離走のように、速くは走ることができない。体は軽いが、心は重い。
しかも、手を見てみると、色白だ。まるで、吸血鬼を思わせる。透き通るように、魅惑的な美しさを持っているように感じるのが、不思議だ。
ーーこれが、俺か?
現実に追いつけない。だが自然と納得してしまう。
これは、いわゆる転生というやつなんだと。
でも、異世界に転生してしまったということは納得できたが、理解はできない。
「起きて、王子ジェボール様」
目の前に一人の若い女性が現れる。いたのかもしれないが、この空間には。少なくとも、アパートにはいなかったはずだ。
ーーあっちがテレポートしてきたのか? でもあんなやつ、しらねぇよ。
ーーはい? 俺が王子? 俺はせいぜい村人Aに転生したかったな。
「理解できない」
ぼそっと呟く。若い女性は、何もないかのように、修太(王子)に向かって何かを差し出す。陶磁器の中に入っているコーンスープと、スプーン。美味しそうだ。
「ご飯の時間ですよ、王子」
「俺が、王子?」
理解できるように、わざと口に出して驚いた。