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 私は何かに夢中になるということがほとんどない。という話は今まで何度かしてきたと思う。しかし、一つだけ今でも寝食を忘れるほど夢中になるものがある。それが小説だ。


 この二日間、とある小説に夢中になっていた。するとどうだろう、出した皿は出しっぱなし、掃除機をかける気分にもならず、当然勉強などする気力もおきない。要するに、だらけ切った生活をしてしまったわけだ。しかし小説が原因かとも思ったが、よく考えるとその前からこの状態は始まっていた。そう、コロナウィルスの予防接種を受けた日からだ。

 そのときは確か、熱が出ているから仕方がないと自分をごまかしてあらゆることをさぼっていた。確かに熱が出ていたし、頭も痛かった。しかし日常的な家事ができないほど衰弱していたわけではない。そして小説家になろうをあさり、たまたま面白い小説を見つけた。そこからはもう惰性的にだらけた生活が継続し、今のような惨状になっているわけだ。


 思うのは、夢中になる、熱中するというのもまた両面性を備えており、良いことばかりではないということだ。私は何かに夢中になるということがほとんどないので、ついそのことを忘れて良い方向にばかり考えてしまう。

 熱中とはつまり充足だ。その時間は他のことに目が向かないほど充足しており、欲望を満たしているその最中であるといえる。私にとって人生とは求めることであり、それが達成されている時間とはそのまま価値となる。だからこれはなくてはならないもので、それなくして私は人生に価値を見出せない。

 しかし欲望というのは多方面的で、簡単にいうとなんにでも向かうので一つに熱中すると他を見逃すのだ。頭がいい人、オリンピックにでている人、ゲーム実況をしている人、単純にゲームが上手い、クリエイティブな活動、お金をたくさん稼ぐ、美人と結婚している、田舎でのんびり暮らしている、挙げていくとキリがなりだろうが、すべて欲望の矛先だ。

 一つのことに熱狂していられるのは一握りの者だけだ。少なくとも私はそうではない。だから私は欲望をうまく分散させ、一時的な熱狂と適度に折り合いをつける必要がある。


 小説には終わりがある。終わらない物語にも字数的な終わりはある。そうして終わってしまうと私は余韻に引きずられて、自分の欲望をうまく消化できなくなるのだ。だから自分で小説を書いてみたり、他の小説を探してみたりと、色々と試すのだが、それらはたいていうまくいかない。

 この余韻というのが厄介で、結果として求めるものが手に入っていないので時間ばかり無駄にしているという焦燥が身を焼く。だから欲望とうまく折り合いをつけなければと、そんな気持ちになっているのだろうか。

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