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 最近は特に書くことがなくなってきている。

 書くこがないということは、日常において何か特徴的な出来事がなくなってきている、あるいは思考が停滞しているということのように思える。それは非常によくないことだ。なにかしらのテコ入れはしたいのだが、そう都合よく何かるあるものだろうか。

 なんとなく外に出ることが正解だとは思っているのだが、外に出て何かをするというのはすべからく金がかかるものが多い。どうして外で遊ぶのにはこれほどお金がかかるのか。外に出てお金がかからないというと、散歩とかそういった単調なものになりがちだ。道行く人に声をかえ仲良くなるとか、そういった物語の主人公のみたいなムーブはさすがにできそうにないし。

 

 それよりも、今は一度決めたこととしっかり向き合うことが大事なのではないかと思っている。つまり、基本情報技術者試験と就職活動だ。働いていると心のどこかで私の働く場所はここではないと、そう感じることがよくある。もちろんただの思い過ごしであることは分かっているのだが、一度染みついてしまったその思いはもう簡単に取れることはないだろう。

 人はいつも外に理想を求める。西の果てには楽園がある。天の上には天国がある。外国は様々なものが先進的で日本に比べて何もかもがずっと進んでいる。他人の生き方が素晴らしいものに見える。隣の芝生は青く、他の仕事は今の仕事よりずっと良い物に思える。そこにいければ、なんとなく自分は生き生きと生きていけるような気になってくる。

 もちろんそれらは幻想だ。たとえ楽園が真実であったとしても、そこで人が生き生きとしているとは思えない。物事の価値というのは相対的だから、何かが不足しているならそれが手に入れば人生はすべてが充足するのだという勘違いをおこすことがある。そのときはそれが非常な価値に思えても、一度手に入れれば途端にその価値は二乗式に減少していき、また自分にないものを求めるのが人の性だ。

 そしてやはり私はそれを悪い物ではないと考える。求めることこそ人の生きかたならば、それに逆らう必要があるだろうか。意味のないことだと諦観するのがよいのか、そうではないだろう。欲しいならば求めてあがき、手に入れてはやはり何か違う、何か足りないと他のものを求める。それが私の求める生きかただ。

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