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私は最近プログラミングに手を出しているといったのは先に言った通りだ。最近では将来性も含めそのことを真剣に考えている。何を馬鹿な、と自分でも愚かなことを考えていると思うのだが、なりたいものがない私が珍しく目指したいとやる気を出してるのだ。これは大変珍しいことである。
しかしまあ、そんなことが高校生の頃にもあった。私はその時なろうを読んだ小説家になりたいと思ったのだ。もちろん仕事としてではなく、副業や趣味としてそれを考えていたのだが。その結果はまあお察しのとおりというか、私は小説を書くというものを随分と甘く考えていたわけだ。彼ら楽しく小説を書いているのではなく、ただ仕事として、自分が書きたいものではなく仕事して小説を書いていた。趣味ですら完結させれないのなら小説家になろうなどとは夢のまた夢である。
だが、今回はプログラマーということでそれがそのまま仕事になる。一時の気分でやるのではなくそれだけ将来性を踏まえて真剣に考えなければならない。しかしながら、人生とはそんなもんだとも思ってしまうのでもある。
なにせ今までも流されるように生きてきたのだ。今さら流されるように生きることに否定的になってダラダラ過ごすよりも何かしら虚構でも目的があった方が良いとも思う。どちらにせよプログラミングを仕事にするかはこれからの私にかかってくるだろう。例え他の仕事をしていたとしてもやる気があるのならスキルを高め転職することもできるはずだ。
そういえば、私はパソコンというか機械に詳しい人に憧れがある。よく分からない文字の羅列とかを見て、それを読み解くこと。ゲームのMODを作って遊んでる人。めちゃくちゃカッコいい。
おそらく私は幼少期からパソコンに触れてこなかったから、それだけパソコンに詳しい人がすごい技術を持った人間に見えるのだろう。SEやIT土方になってみたいというのはそういったしょうもない憧れが含まれているのかもしれない。
まあ目下の問題はこのことをどう母に切り出すかだろう。今まで散々文系一筋でやってきて急にこれである。また気が狂ったと思われて致し方ない。小説家になりたいといったときも生暖かく支援してくれたが、事が生涯の仕事になるとまたどう言われることやら。
まあ大事なのは私自身の意思なので、母のことを気にしても仕方あるまい。その私の意思が明日にはプログラミングは飽きたとか言い出しそうな薄弱なものであることが問題なのだ。
もし子どもを持つとしたら、私は自分の子に夢を持つことを提案したいものだ。今では何にでもなれると言われているが、私のような人間はオープンワールドに向いていないのだろう。
ドラクエのように一本道の用意された人生があったら、不満をこぼしながらも真面目にそれに従っていたのではないだろうか。