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パソコンを開いたらなぜかタッチ操作の設定になっていて戻せなくなっていた。最初はなにかと使えそうだと思っていたタッチ操作であるが、実際に使っているとまったく必要性を感じない。むしろ今回のことがあって余計なものをいれるなと思うほどに必要性がない。逆にこの機能を使いこなしている人は存在するのだろうか? なにをするにしてもタッチ操作をするほうが遅い気がするのだが。
愚痴っても仕方がない。こんなおさがりパソコンではなく、もっと高いものを買えばよいのだ。タッチ機能がなくて、高性能なやつを。冬のボーナスは確か27万ほどであったか、それをパソコンにつぎ込もうと考えている。借金の返済もあってなにかとたまらぬお金ではあるが、博打や風俗でなければお金は積極的に使っていきたい。いきたいのだが、手元にお金があまりないというのはいざというときのことを考えるとやはり不安だ。
私の同期には結婚している人もいるのだが、よくこんな状態でさらに家庭を養うためのお金を抽出できるものだ。私は今の状態でもかなりきついのだが、カツカツである。結婚どころか彼女を作るためにオシャレをしようとか、マッチングアプリに課金しようとか、そういう気すら一切おこらない。
結婚し、子供をつくる人間というのは本当に立派であると思う。生きていくうえで、ほぼ一生大きな責任を負うという覚悟をしなければならないのだから。私は他人を背負う覚悟もなければ、そのような気概もない。自分の人生は自分のためにしか使いたくないという、とても我儘な人間だ。だから自然とお金の使い道も自分のことしか考えていないのだろう。
この生き方がよいか悪いかは隅に置いて、とても現代的な人間の生き方だと思う。これは勝手に思っているだけだが、私のような考えの人間はそこそこいるような気がする。一度個人主義の時代というような話をしただろうか、あまり覚えていないのだけど。
簡単にいうとナショナリズムの反対のように、団体を重視する観点から離れ個人というものを尊重し重視する観点だ。日本人はこうだ、ではなく日本人にもこういう人やこんな人がいて、それもまた当然であり尊重されることだという視野である。少しLGBTに近いのだろうか。
そのような個人の生き方それぞれが尊重される現代では、結婚し子供をつくるという典型的な大人の価値感から離れ、自分の生き方を好きなように決めたいという人が多くなっていると思う。ましてや動画サイトなどで自分の好きなものをそれぞれがばらばらにたしなむのだから、価値観が多様化するのは当然の流れであるといえよう。
それでも子供を持つというのは生物的に大きな意味を持つのだから、どれだけ価値観が変容しようともそれが崩れることはなかなかないだろう。たとえ結婚というものがなくなってもだ。




