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 なんで最近書くことがなくなったのか分かった。私はここで伝えたい自分の中にある考えや感情を大方出しきってしまったのだ。それを表現することを面白かったのだが、今は出し殻になってしまったので、書くことねぇなぁ、といっているのだ。じゃあこれから何を書けばいいのか。。

 まあ日記だからなんでもいいか。というか最初から書くことの方針なんて決めてないのだから今更悩む必要はなかった。最早ここに文字を打ち続けること自体は大事なのだ。優れた言い回しも特別な思想もないが、私という個人が存在したという証明はここにしかない。この文を読んだ誰か、それは数十年後か、数百年かもしれない人に伝えたい。他人は過去にも生きていたし、世界のモブのように見える彼らはそれぞれが主人公であったと。私もそうだったと。あなたと同じくらい考え、悩み、置かれた環境で生きようとしていたのだと。


 よく一緒に遊んでいるグループと疎遠になりつつある。それぞれにそれぞれの趣味があり、目指す先も違うのだろう。私たちは同じ日本人だけど、違う人なのだな。そうして切り離されたとき、私はどこに進むべきなのだろうかと迷っている。あらゆる趣味も長い人生を誤魔化せるほど万能なものではないと思えてしまう。そうすると、結婚の文字が浮かんでくる。それが最もシンプルで最も有効な解決方法に思えてならない。多少の障害はあるが、私にはそれが実現可能だと思っている。しかし結婚し、普通の幸せというものに飽いてしまう自分を想像することが恐ろしい。どれほど退屈に感じても、他者が関わる以上投げ出してはならないという道徳に囚われ、雁字搦めになる未来が恐ろしい。

 きっとそんなことはないのだろう。人間は生殖をするよう生物で、多くの人たちが成してきたことであり、そして私はその枠から外れるほど特別ではない。私は普通の人間だ。感受性に多少の偏りはあるが、それは個性の範疇でしかない。だから普通に結婚して、普通に子どもを愛せると思う。

 もしかしたら私は特別な人間になることを諦めたくないのかもしれないな。結婚は特別な自分に見切りをつける、最後の分水嶺だと思っているのかもしれない。


 昔から死が恐ろしいものだと考えられずにいる。正確には自分の死が、だ。他人の死の方が恐ろしい。でも自分の死は単純だし、人生のちゃぶ台返しのように思えてどこか清々しさすらある。でも無意味に痛いのは御免だ。意味のない痛みはただの苦痛だから。どうせ痛みで死ぬのなら秘密を守るために悪の組織に拷問されて死にたい。その痛みは高尚で意味があるものに思える。まあ、多分すぐにおもらしするだろうけど。私は拷問に耐えられるほど強い意志の人じゃないから。

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