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なんというか、なんというべきか。
端的にいえば、最近オナニーの回数がすごい。20代というのはみんなこんなものなのだろうか。一日に最低二回はしているだろうし、休みの日などはやることがないなー、とボーっとしているといつのまにかオカズ探しを始め、そして自慰行為に至っている。もはや理性のない猿も同然の状況だ。
おかずといえば皆さんはどのようなものを使っているのだろうか。最もポピュラーなのはやはりエロ動画などをネットサーフィンしてみているのだろうと思われる。PoronHubがアカウントに不明性のある動画をすべて削除するという一大事が起きてから少し経っているので、いまの主な市場はXvideoあたり映っているのであおろうか。
そんなことより、本当は私の性癖について幾ばくか語ろうと思っていたのだが、そんなことより大事な主張が思い起こされたのでそちらについて語ろうと思う。
奇乳というのは皆さんはご存じだろうか? エロ漫画を読まない人間からすればなんのこっちゃという話だろうが、奇乳というのは通常ありえないほどに乳を肥大化させているのものを指す。例えば乳が顔より数倍も大きかったり、腰まで垂れ下がっていたりと、それはもう生物的調和性を著しく損なった乳が見受けられる。
この話を聞いただけで、あなたは何とおぞましいものかと顔を青くしていることは間違いないだろう。それは正しいことであり、人間として正常な判断だと私が保証しよう。武道の型が美しく見えるように、人間は合理性に正しさを見出すよう本能的に作られている。だから、奇乳というのは人間本来のありかたに反する描写であるといって間違いない。
だが私が意味もなく未来の希望を無駄うちするように、性欲というのは時に人を狂わせ正しい道から外してしまうものであるのため、そのような奇乳を好む人間が存在することは許されるべきことでもある。しかしなぜだろうか、このような奇妙な属性を好む人間があなたの想像以上に、一定数存在し、当然のように市民権を得てエロ漫画に紛れ込んでいる。まるで私たちの知らない場所で、市民権を得た奇乳教という邪教が当然のものとして受け入れられているようではないか。これは非常に由々しき事態であるといってよい。
人間の道から一度外れてしまったら、彼らはそれだけでは満足できなくなるだろう。奇乳はさらに肥大し、人は乳のおまけとなり、より過激な性癖が好まれるようになる。奇乳がよいなら女性器が男性器に変貌しても不思議ではないだろうというとんでもない考えがまかりとおるようになり、女体本来が持つリアリティーの魅力が損なわれていくことになるだろう。
性癖というのは個人の自由で、誰にも侵害されるものでないし、誰かに言われて変わるものでもない。だが覚えていてほしい、あなたの性癖が狂えば、それはあなたを狂わす引き金となっていくことを。




