22 10/26
人を見た眼で判断してはいけないという言葉がある。しかし、多くの人は人を見た眼で判断する。実際のところ、私も人を見た眼で判断する。断定はしないが、一見で得られる情報というのはそれだけ大きく、信頼性も高いのだ。
髭を剃っていない。髪がぼさぼさ。服はジャージ。肌は白い。極端に痩せている、あるいは肥満。多くの人間なら気を付けていること、あるいは無意識にできていること。そういった基本的な身だしなみができていないというのは、私は基本的なことを知りません、あるいは合わせるつもりもありません、面倒くさくてそれすらもできません、というところだろうか。
理由はなんでもいいが、そういう人を見たときに抱くのは、この人は協調性が著しく欠けているのだろうということだ。実際はどうかというのは置いといて、そういう傾向にあるという話だ。しかし別に私は彼らに不満を持ったりすることはない。彼等とて好んで社会に適合していないわけではないのだ。それに攻撃的な人はやはり少ないように思うので、特に大きな害があるわけでもない。
嫌なのは、自分からズレた特徴をくっつけるやつらだ。タトゥーをいれたり、鼻や舌にピアスをつけたり、とにかく目立ちたがっているやつらだ。はっきり言って、私が知る限りでこういう見た目のやつらが真面な人間であった試しがない。だからこういうやつらにあったら、私はすかさず頭のおかしいことを言い出してもおかしくねぇなと、心に準備をするのである。自分から頭のおかしい人間ですよと目印を立てて入れてくれる点で、そこだけは老害とかよりマシだろうか。
私のスタンドの前も大きな国道が走っているものだから、珍走団がぶんぶんと珍走していることがよくある。今時あのように社会のレールから外れてしまった阿呆を見ていると、いっそ哀れみすら覚えるものだ。子供の心理学で、叫んだら先生がかまってくれるので叫んでしまう子供という図解があったが、珍走団はまさにあれに近いのではないかと思っている。社会から見向きされない馬鹿どもが、デカい声で叫べば構ってもらえると思っているのだ。しかし一人でやる勇気はないので、虫のように寄り集まってぷいぷいと鳴いている。保母さんの代わりに警察に構ってもらいながら。しかもそれをやっているのが良い歳した大人というのだから救いようがない。ガキのまま大人になったという言葉があるが、彼等にはそれがぴったりだ。
言いたいことがズレてしまった。トラックにはデコトラと呼ばれる、トラックをあれこれとデコレーションしたりするお遊びが一部の頭の悪い人間の間で流行っている。少なくとも私が業者だったらあんなトラックには仕事を委託したくないが、不思議なことに仕事ができているようだ。
給油口には「優しく挿入れてね?」とか「お漏らし厳禁」とかいうシールが貼ってあったりする。もうこれだけでドライバーの人間性が透けて見えるようだ。派手な電飾や謎のルーフをつけていたりして、トゲトゲしい見た目、ルーフには「夜の暴走なんちゃら」みたいな文言の看板が置いてある。ちなみに着飾っているので洗車機には入れないから汚い。
まあなんでこんな愚痴みたいなことを言っているかというと、そのデコトラのドライバーと軽くひと悶着あったからである。あいつら論理的に会話できないから説明しても意味ないんだよ。うるせぇ、死ね、そんなんばっかだ。
そういう人間とも仕事である以上付き合っていかなきゃならんのだ。進化し損ねた別人種として仕方がないと思うしかないだろう。猿に人間の社会性を求めて仕方がないのだ。




