22 10/5
以前茶っぱ屋というお店にいったのだが、そこで気に入ったちゃっぱをかってきた。私が比較的濃い味のお茶が好きだと話すと、川根茶というちゃっぱを使った、深蒸し茶をおすすめしていただいた。これが実によいもので、味もさることながら香りがよいのだ。
口を近づけ飲む前に鼻から一呼吸、するとまろやかな抹茶の香りが鼻孔をくすぐる。すするようにあたたかなお茶を口に含み、口内に伝わる熱と味を楽しむ。なるほど私が飽きっぽい性分なのでまだたいしたこだわりもないが、茶道と呼ばれるようなマニアが現れるのも頷ける味わいがある。ここに和菓子などあればなおのことよいのだが、そんな凝ったものを頻繁に用意する金はないので個包装のチョコレートをつまみながら楽しむことになる。
甘いモノというのは口が慣れるとそれ本来の味を楽しめないものだ。過剰な甘味は満足感を超え、なんというのだろう、満腹感とはちょっと違うのだが、これ以上は勘弁してほしいと体が拒否反応をおこす。適当な単語を探してみたのだが、見当たらなかった。満腔感とでもいえばよいのだろうか。マックスコーヒーとかいう、砂糖を飽和量以上に投入したようなバカげた飲み物があるが、ああいったものはおいしいのは最初の数口ばかりで、それ以上は最早苦痛でしかない。
しかし私の友人にはあれを好む人間もいるので不思議なものだ。人体というのはどれも似たように思えるが、驚くほど異なる性質を備えていたりする。
以前話した気がするが、面白いのは生物としてのステータスは基本的に限界値があるというものだ。生命力、繁殖力、大きさ、運動能力、知能、特殊能力。こういったステータスがあって、それらにポイントを振ったかのように、合算した能力が均等になる。無論、ビルドによって各種族の優劣は決まってくるのだが。今のところ知能に極振りした我々人類が世界を席巻している。というかバグみたいな状況になっている。これが本当にシュミレーションゲームなら、修正パッチが入っているはずなので、おそらくこの世界は作り物ではないのだろう。
しかし考えてみれば、世界にもゲームの世界にも、そう大きな違いがあるわけではないのかもしれない。ゲームは組み込まれたプログラムに従って動いているわけだが、現実も似たようなもので一定の自然法則があって、我々はその法則に従ってしか行動することができない。飛び跳ねても空は飛べないし、何もないところに奇跡を呼ぶ魔法はないし、死んだらあらゆる行動は許されない。
ただゲームと明確に違う点もある。管理者はいないので理不尽なクソゲーみたいなことが起こるし、リトライができないので初見攻略だし、プレイヤーが多すぎるしギルドがデカすぎる。しかも初期ステやスタート地点が不平等だ。
後半はゲームでも不可能ではないのでただの愚痴だ。しかし運営がいたらかなり不平不満がでそうな状況である。それを一番言いたいのは人間以外の生物かもしれないが。宇宙人から多数決で地球の生き物の願い事をかなえてやるというので、結局人類絶滅というのになった話があったな。
実際のところ動物がそのように考えているとは思えないが。彼らは我々を憎むほど暇ではないだろう。彼らは生きることに全力なのだ。それが少し羨ましく思えるが、彼らからすればこれほどの侮辱的な言葉もないかもしれない。




