21 2/24
昨日のことについて日記を書こうと思っていいたら、気づけば夜になっていた。度し難いことだが、ままあることだ。言い訳をさせてもらえば私は(遊びで)忙しかったのだ。昨日は夜遅くまで友人とテトリス大戦をしていて、しかも朝も早くから都会にこぎだす約束をしたものだからさっさと眠ってしまったのである。
その約束がなんであるかというと、任天堂スイッチを探しにいこうというものであった。発売からすでに四年が経過しているというのに、在庫がまったく見当たらないとはほとほと困り果てたものだ。私は急いで買うつもりはなかったのだが、友人(I君と呼ぶとしよう)は今すぐゲーム対戦をしたかったらしく、テトリスを積み上げながらも着々と明日の予定も積まれていかれたのだ。そして案の定というか、電気屋にいってもスイッチは売り切ればかりでまったく手に入る気配もない。最初に新宿で五店舗ほどめぐって、そのあと秋葉原に場所をうつしてそこでも10店舗ほどは探しまわったと思う。そのころには日も高くなり、久しぶりに歩き回ったものだから疲労も蓄積し、売り切れの張り紙を見て落胆することにすら疲れたというありさまであった。
そしてお昼ご飯をとってから向かったのは池袋だ。池袋にビックカメラとヤマダ電機の本店がまるで犬猿のように向かい合って立っているのだが、なんと私はヤマダ電機においてスイッチを見つけることに成功したのだ!
ここまで苦労してものを手に入れるという経験を久しく忘れてたものだ。小学生のころはなにかとほしいものがあったが、自らの手元にあるわずかばかりの金銭ではどうしようもなかったものだ。ゲーム機やソフトを手に入れる機会というのは誕生日やクリスマスのみで、その日をどれだけ心待ちにして胸を躍らせたことか。私はそんな童心の思いをかみしめるようにして、スイッチを手に入れるに至ったのだ。
なぜ気づけば夜になっていたのか、というのは聡い皆さんならすでにお気づきだろう。これほど連続して同じゲームをやるというのは実に久しぶりだった。大学生になってからというもの、ゲームを楽しむ純粋な心というのが失われたように思う。大人になるとゲームをやる体力がない、というのはよく聞く話だが、私の場合だとゲームの先にあるわくわくを見失ったといえばよいのだろうか。
知らないというのは偉大なことだ。それだけで世界は濃くなり、生きることの喜びを与える。私はきっと、どのようなゲームをやろうとその先についてなんとなく形を思い描いてしまうのだろう。新鮮さは失われ、そこにあるはずだった期待は空虚なものに変わる。実にばかばかしい話だが、私は一人で勝手にゲームの先にあるものを覗いて、なんとなくつまらなさそうだとやる気を喪失しているのだ。
もちろん世の中は素晴らしいゲームばかりで、実際にプレイしてみると夢中になっていたりするのだが。
それともう一つ、重大なミスがあったことにお気づきだろうか。そう、新しく投稿するにあたって年が変わっていたものだから、私は西暦の下二桁をタイトルにつけたしていたのだ。しかしながら何を間違えたのか、記されたのは22という数字であった。おそらく2/22だったため2という数字が脳内に先行していたのであろう。それにしても次のときには気づいてもよさそうなものだが。
というわけで、今日から21と改めたのでもし22年にこのお話を読んでくださった方がいたら、誤解のないようにお願いしたい。




