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第6楽章 「崩壊」

 しかし、全てが終わったと確信した時、それは訪れたの。

「うっ!くっ、苦しい…!」

 男は突然自分の顔を押さえ、その場に蹲ってしまったんだ。

「ど、どうしたんですか…?ああっ!」

 慌てて駆け寄ろうとした私は、男の惨状を見た瞬間、我と我が目を疑った。

「み、見るな!見るんじゃない…」

「こ、これは…?」

 押し当てた指の間から見える男の顔には、幾筋もの亀裂が走り、そこからバラバラと砕けていった。

 それはまるで、さっき校舎の壁に叩きつけて破壊した全身鏡のようだったの。

「どうやら俺は、鏡の中で長く居過ぎたみたいだ…俺の身体はもう、こちらの世界では生きられないらしい…」

 その言葉が遺言となったらしい。

「ひいっ!」

 男の顔は粉々に砕け、ガックリと膝をついて俯せに倒れてしまった。

 地面に倒れ伏した男の身体は、ガラスみたいに澄んだ音を立てて砕け散り、服の布地を突き破って辺りに散乱した。

 こんなのは人間の…いや、この世の生き物の死に方じゃないよ!

「うっ…うわあああっ!」

 カバンとヴァイオリンケースを抱えて、私は脱兎のように駆け出した。

 何処をどう走ったのか、全く覚えていない。

 一刻も早く、あの悪夢の光景から逃れたい。

 その一心だった。

 気づけば私は、下宿のアパートに帰りついていたの。

 その時の私ったら、本当にひどい有り様だったよ。

 初夏にもなっていないのに全身汗みずくで、まるで頭からバケツで水を浴びせられたみたいになっていたんだ。

 ブラウスなんか、身体に張り付いて透けちゃっていたの。

 そのくせ顔は真っ青で、心臓は今にも破裂しそうな程に脈打っていたし。

 足だって、産まれたての小鹿みたいにガクガクだったよ。

 四肢の関節の震えを抑えながら、見慣れた下宿部屋の中に足を踏み入れると、そこで私の緊張の糸はプッツリと切れてしまったんだろうな。

 どうにか鍵をかけて部屋着に着替えると、私はシャワーも浴びずにそのままベッドへ倒れ込んでしまったんだ。


 そうしてグッスリ眠った翌日からは、私は色んなグループの友達に連絡を取り、ひたすら遊び歩いて連休を消化したの。

 さやま遊園ではフリーパス券であらゆるアトラクションを乗り倒し、大浜水族館では最前列でイルカショーに歓声を上げて。

 その他にも、映画館にボウリング場、カラオケボックスにゲームセンター。

 賑やかで華やかな場所なら、この際どこでもよかった。

 とにかく色んな遊び場をハシゴしたよ。

 そうした楽しい思い出で恐ろしい記憶を上書きして、地下練習室での一件を悪夢として片づけようと必死だったね。

 その結果、連休最終日である5月6日の頃になると、遊び疲れてもうクッタクタだし、お財布の中身もすっかり心細くなっちゃったの。

 しかし連休明けに登校すると、地下練習室には「ドア修理のため、当面使用出来ません。」との掲示が貼り出されており、あの恐怖の一夜が本物だった事に改めて気付かされるのだった。

 そして校庭でも、男の服が一式発見されたらしいの。

 ポケットの財布には加賀美中(かがみあたる)という男性の免許証が入っていて、証明写真の顔は私が地下室で会った男と全く同じだったんだ。

 ニュースや新聞によると、加賀美さんは15年以上昔に行方不明になっていて、田舎の両親から失踪届けが出されていたみたい。

 だけど、内側から鋭利なガラス片で突き刺されたような傷が随所に確認出来るボロボロの紳士服の持ち主は、その後も発見されず仕舞いだったの。

 きっと、もう永遠に見つからないだろうな。

 どうせ信じて貰えないだろうから、警察には言ってないけど…

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