7話 タルーム王子
篠崎二曹 輸送機にて
今、味方の機甲科部隊が陽動を始めている頃だろう。あのイカズチなら主力部隊だと敵は誤認するはず。
一度でいいからイカズチの戦闘を見たいと思いつつも刻一刻と降下ポイントに近づいてきている。
T:ASを使っての初落下傘だ。緊張はする。
今回も誰も死なずに無事に帰還したい……
頭の中で不安そうにしているエリーの顔がふっと思い出すように出て来た。
《シナナイデネ……》
あの言葉、あの声が耳に残る。
……エリーに会いたいな。
「……!!」
今、自分の心の声に驚いてしまった。
自分で自分の顔が熱を持っているのが分かる。
……オレはいつからエリーのことを……
と、考えていると現実に引き戻すように機長からのアナウンスがでた。
「作戦空域まであと5分!降下準備に入れ」
……エリーに会う。
唐突に自分の中で目標が出来た。今回の作戦を皆で生き残って、無事に終わらして、休みをもらってエリーに会いに行こう。
ただ、ただ、無性に会いたい。
この気持ちが何なのか今のオレには分からない。でも、会いたいものは会いたいのだ。
そう想いを抱いてオレは空に飛び出した。
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タルーム王子一派シェルターにて
「王子、もうそろそろ同盟国軍が救出に向かって来るかと思います。今暫くの辛抱を」
そうタルーム王子に声を掛けるのはムハド執事長だ。昔の中東では執事という仕事があったのかは分からないが、王子の周りには沢山の執事とメイド達がいた。
タルーム王子独自の私的部隊バトラー兵団という執事兼護衛兵団がある。
"バトラー"とは"執事"を意味する。王子の身の回りのお世話をしつつ警護する一石二鳥な存在だ。この兵団が設立された理由に色々な沢山の人間が王子の周りを彷徨くと、刺客が紛れ込む可能性がある。だから、普段から世話をしている人間が護衛能力を兼ね備えた方が都合が良い。
何も捻りのない部隊名だが、ムハド執事長はタルーム王子が命名したこの安易な名前にこだわらなかった。どんな名前を命名されても仕事内容が変わるわけではないからである。
ただ、自分が仕える主人には少々ネーミングセンスがないことは昔から知っている。
「シャリー、状況説明をお願いできますか?」
シャリーと呼ばれた女性はメイド服を来ていた。メイド喫茶で着られているような普通の服ではない。見た目は落ち着いた印象が持てるもので且つシャリーのスタイルと相まって優雅なドレスのように見えなくもないが全てケブラー繊維で仕立てられている防弾メイド服だ。
他のメイド達はさらにその上から戦闘チョッキを着込んでいる者もいる。
「はい、ムハド様。現在我々が立て籠っている第2シェルターですが、第一隔壁が先程突破されました。その戦闘で3名が重症、2名が軽症を負いましたが命には問題ありません。軽症の2名はすぐ戦闘に参加できます。しかし、第2シェルターは完成したばかりだったため、必要な備蓄品が搬入しきれていなかったため、長時間の籠城は困難と思われます。また、敵方は第二隔壁の解錠に着手しています。あと、1時間と少しで突破されるかと…」
シャリーの話を静かに聞いていた20代前半と思われる浅黒い肌の青年がゆっくりと目蓋を開いた。綺麗な薄いエメラルドグリーンの瞳が
見える。
「シャリー、苦労を掛ける。」
「いえ、勿体ないお言葉」
タルーム王子は少し考えを転らせ深呼吸をした。
「皆もご苦労である。…あと少しだ!あと少しで救援が来る!それまでは一人も死んではならん!お前らは私にとって家族同然!家族なら私自ら戦い、お前達を守ろう!……約束だ、死んではならぬ!いいな!?」
「はっ!タルーム王子!」
バトラー兵団全員の士気が上がった。
………一先ず戦意は上々だ。
タルーム王子は周囲を見渡した。先に視界に入ったのが、先の戦闘で重症を負った3名だ。
横になっている3名の周りには止血に使われた血塗れのガーゼや縫合道具が散乱していた。
タルーム王子は看病をしているメイドに近づいた。
「アイシェ、3人の容態はどうだ?」
「はい、止血は何とか完了しました。ですが出血量が多かったためいつ急変してもおかしくない状態です。本来なら早く輸血をしたいのですが……」
アイシェが言葉を詰まらせた。
「━━備蓄品に輸血がなかったのだな?」
「はい………明日搬入予定でした。申し訳ございません」
兵団の中ではアイシェは若手の新人だが、医学を学び病院での職業経験も積んできたため医療分野に関して権限を一任されている。
そのため医療品の仕入れも彼女の仕事である。
「納入時期については私も了承していた。気にするな」
タルーム王子はアイシェにそう答えたが内心焦りを感じている。
第二隔壁が突破されれば、最後の砦が第三隔壁のみとなる。それまで、なんとか粘り同盟国軍の救援が来るだろうか。
それまで、この3人の命がもってくれるだろうか。
今この場で戦える人間は12名しかいない。少しでも戦力を上げなければ……
タルーム王子は覚悟を決めた。
「ムハド、私にライフルを」
「はっ。王子、こちらをお使い下さい」
タルーム王子はAN-94を受け取った。
「それとこれを…」
「━━━持ってきてくれていたのか」
タルーム王子の目の前にあるのは短剣よりもやや大きな片手剣。コピスだ。
「父上様の形見です、どうぞ受け取り下さい」
「よし、ムハドあともう少しだ頼む」
「はっ!この命にかえて」
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中東強硬派第二シェルター前にて
「まだ開かないのか!?」
「隔壁素材が事前情報と違っていたため解錠にはもう少し時間がかかります」
「くそっ!ここまで来て手ぶらでは帰れないんだぞ!」
強硬派のメンバーは殆どが覆面をしているがこのリーダー格の男と数名だけは覆面を脱いでいた。
「外の様子はどうだ!?」
「索敵範囲外からの遠距離砲撃により、こちらの戦車が3機やられました。その後こちらのコマンドが敵主力と思われる機甲部隊を捕捉。その中に見たことがない兵器があるとのこと、只今主力部隊を迎撃に出しております!」
「チっ。多分陽動だな。━━日本の工作員からの情報を教えろ!」
眼鏡を掛けた男が答えた。
「No.2より独立戦闘大隊の第一戦隊が中東に向かったと情報が最後です」
「あれだな、アルマン大使を救出したっていう奴等がいる部隊だったな」
「そうです。構成メンバーは大使救出に関わっていた隊員とのことです。奴らどうやら新型のアシストスーツを装備しているようです」
「なら大方そっちが本命だろうな…」
リーダー格の男は蓄えていた顎髭を触りながら考えた。━━今後の戦略を。
━━新型の機動兵器でこちらの主力を引き付けている間に第一戦隊が後方から輸送機から降下
して一気に攻めいる戦法だろうか……セオリー通りだな。こちらに対空砲がないことを知っての動き……ならこちらは━━
リーダー格の男は戦術を決めた。
「おい!グルム!」
「何でしょか?」
先程の眼鏡男がPCから視線を逸らさず答えた。
「彼奴らに盾と重機関銃を装備させて侵入してくる敵を正面から相手させろ、その間に予備戦力の戦車隊全て敵陽動部隊の迎撃に加えろ!左翼から攻めさせて十字砲火で殲滅させる」
「了解しました。各部隊にオーダーを伝達します」
「ククっ…これで退却の道を塞げば敵は降参するしか道はない……例えここを突破しても生身で機甲大隊を相手には出来まい…」
リーダー格の男は策略に長けていた。
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第一戦隊 タルーム王子宮殿外にて
対空砲が配備されていなかったため降下自体は無事に終わり第一戦隊はタルーム王子が所有する敷地の南側から潜入した。難なくタルーム王子一行が立て籠っているであろう宮殿の外まで戦闘も無く来れた。
途中宮殿近くに集合していた機甲部隊が全速力で北へ向け進行していったのが見えた。多分ここに残っていた最後の機甲戦力だったのかもしれない。
宮殿の入り口10メートル手前の物陰で千葉隊長よりストップが掛かる。
事前のブリーフィングで再度作戦内容と状況確認するためのポイントに到着したのだ。
「よし、ここからいつも通りのフォーメーションで宮殿に潜入する。中央中庭を越えたら俺、篠崎、谷口をアルファチーム。曹長、寺井をオメガチームに分ける。シェルターにはアルファが突入、脱出路確保にオメガだ」
「了解」
「了解」
「了解」
「了解」
全員の声が揃った。
「あと寺井、EAを起動しろ」
「了解、中継器はここに設置します」
寺井二曹は背中から筒状の物を取り出し、中から小型の三脚アンテナを取り出した。
寺井二曹のT:ASの左腕に小型のタッチパネルが装着されていて右手で画面を操作していた。
「起動完了」
「よし、突入開始する」
千葉隊長の掛け声でオレ、千葉隊長、谷口、寺井二曹、西曹長の順のフォーメーションで突入した。
宮殿入り口には敵5名が陣取っていたが、一瞬で制圧した。T:ASの機動力と射撃アシストのお陰だ。
今の戦闘でオレ達の侵入は敵にバレた。
普通なら敵兵があちこちから沸いて出てくるが……出てこない。
「隊長、どうしますか?」
思わず確認した。
「各自前後左右上を警戒しつつ前進」
どこから敵が出て来てもすぐ対処するための指示だ。
宮殿入り口から2階まで続く大きな階段がある大広間を越え、渡り廊下を小走りで移動した。
色んな部屋があった。キッチンや使用人の待機室など色々だが、どこにも罠や伏兵が居なかった。
もうすぐで中庭に差し掛かる目前で銃火が轟く。
ドドドドドドドドドド……
銃声とベルトリンク、そして薬莢が散らばる音が一緒に戦場の音色を奏でている。
オレ達はそれぞれのチームに分かれ瞬時に壁に身を隠した。
流石、T:ASの機動性と俊敏性だ。
しばらくして銃声が鳴り止んだ。
「あ〜あ、やっぱロケット弾でやれば一発だったのになぁ」
「仕方ない、リーダーが時間かけて殺れってさ」
「でも、この装備の僕らに勝つって無理っぽくな〜い?」
「このアシストスーツ"スパイダー"があれば怖いもの無しさ」
「殺っちゃうか、兄さ〜ん」
「当たり前さ、弟よ」
左側の壁にアルファチーム、右側の壁にオメガチームがいる。
敵は中庭の奥の2階バルコニーにいる。
「………」
多分、敵は重機関銃を持っている。
あちこちの壁や地面のえぐれ具合から12ミリ相当の口径だ。オレはどう打開するか分からなかった。
「全員、その場を動くな。もしかしたらアシストスーツを装着した奴かもしれない。相手の出方をみる」
「どうして分かるんですか?」
オレは素直な気持ちで疑問に思った。
「俺が敵ならあんな距離からは外さない。そもそも俺達が固まっている所をロケット弾一発で倒せたはずだ。多分、"動いて戦う"ことを前提とした射撃だ」
「それなら変です。試作アシストスーツのレベルで重機関銃なんて持って歩けないですよ」
「敵さんが手を加えていてそれが可能になっているかもしれん」
千葉隊長が壁越しから覗いたら、敵2名が空中に身を投げ出していた。いや、2階からジャンプしたのだ。
「……!?」
「千葉隊長どうしました?」
「……篠崎、彼奴ら強そうだぞ…」
「えっ?!」
"強そうって何だよ"って谷口の顔が訴えているのが見えた。
オレも壁越しに覗いた。
「えっえぇ!?さっきまで2階に…ってあの装備なんだよ!?━━マジかよ」
「先輩、隊長何なんですか」
谷口が覗きに来た。
「はっ!?重機関銃を…持って歩いてる……」
谷口が見たのはとても試作アシストスーツとは思えない外見だった。おまけに敵が被っている防護ヘルメットに蜘蛛みたいな眼がついていて不気味だった。
強硬派が奪取した試作アシストスーツ10着は主に下半身の動作アシスト機能しかなかった。
しかし、グルムという男が5着を分解し残りの5着に追加パーツとして接合させ総合的に能力を向上させていたのだ。
外見が下半身のアシストパーツに腰辺りから左右に2本づつアシストマニュピレータが伸びたように着いている。この左右の計4本のアシストマニュピレータで重機関銃を保持しているのだ。
もう一人の男は生身の腕でAK-12のドラムマガジンタイプにアシストマニュピレータで左右に防弾シールドを保持している。
「まるでSF映画だ……」
谷口の言葉にオレも同感だ。
人間に腕が4本多く生えている姿をみて、畏怖を感じる。なんせ、そんなのを相手にしたことがない。初めて見るモノには恐怖心がでてくる。……どっかで聞いたセリフだな。
脳内会議をしていたら千葉隊長から命令がでた。
「アルファは盾を、オメガは機関銃の相手だ!各自フォローを忘れずチームで戦え!」
「了解!」
全員が覚悟を決めた。
これから初めてのアシストスーツ対アシストスーツ戦が始まる。