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タクティクス・コンバット・オブ・オーガ  作者: トビオ
《第6章 関所砦攻防戦》
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第63話 未成年

 ポルータ村での朝は早い。


 ユミナは窓から日が差してきたことで、まだねむけに堪えきれないまぶたを擦り、掛けてあった布を畳み、シーツのシワを綺麗に伸ばことから一日が始まる。


 寝具を整える、これ基本。着替えたら髪を束ねます。


 次にプーちゃん達にご飯を出しに行きます。


 プーちゃん達、プートル種は私達の生活には欠かすことが出来ない魔物です。

 プーちゃん達は、荷物を運んだり、畑を耕したり、狩のお供として大切な存在です。

 馬よりも万能なんです。

 そして、何と言っても可愛いんですよ、本当。

 生き物を飼うには愛情が一番。愛情を注げば注ぐほど信頼関係が深まって、大変な作物の収穫作業の時なんかはいつも以上に頑張ってくれるんです。それに、お父様やマリンには相談出来ないことなんかでは良い話し相手にもなってくれて、私が落ち込んだ時にもそっと頬を舐めては寄り添い、慰めてくれたこともありました。



「たんと食べて大きくなるんだよ」


「キェ」

 モシャモシャと食べている姿は肉食獣のような出で立ちであるが、一応草食である。


 プーちゃん達の次は私達の朝食の準備です。


 お家にはマリンって言うメイドさんがいるけど、食事のしたくは私の仕事です。

 メイドさんがいるならメイドさんが作るべきでは?って、周りの人達はそう思うかもしれません。

 しかし、私がやるんです。 いえ、私がやりたいんです。これだけは譲れません。


 何せ彼女が作った食事は、お世辞にも美味しいとは言い難いゲロマズなんです。


 これは私とお父様の命を守るためと言っても過言ではありません。


 マリンは、掃除、洗濯、来客の対応、お茶などは誰が見ても卒なく完璧にこなします。

 ですが、料理に関してだけはあまり才能がないのです。


 初めてマリンがお家に来たときは厄災と言うのがしっくりくる惨事でした。


 マリンの名誉のために前もって言いますが、彼女はやる気だけはありました。

 決して手を抜いたり、サボったりしたことはありません。

 ただ、センスがないんです。


 マリンのお洗濯で餌食になった衣類は数知れず。 私のお気に入りのパンツも……あれはショックでした。

 私がパンツのことで凹んでいた時に、マリンは自分のしでかしたことだからと、お詫びのつもりでマリンが自分のお気に入りのパンツと同じ物を買ってくれたんです。

 私はたかがパンツで……と、多少大人気なかったなと(まだ子供ですが)、これからも一つ屋根の下で一緒に暮らしていくのだからと、彼女の気持ちを受け取りました。


 包み紙を開けたらあらビックリ。


 色は大人なブラック。ここまでは許容範囲でしたが、大事な部分が丸見えなタイプでした。


 私は早くに母親を失っていたこともあって、小さな頃から身の周りの事は自立していました。そんなこともあって、自分でいうのもなんですが周りの同年齢の子達と比べたら多少大人な考えや知識を持っていましたよ。

 それこそ、どうしたら赤ちゃんが出来るのかってことも。


 私はこの大事な部分がわざとに裂けて作られているパンツを見て、思いっきり握りつぶしましたよ。


 まだ、成人もしていない少女になんちゅーもんを寄越したのか。


 でも、私は考え方が大人なんです。


 物に罪はありません。

 私は握りつぶした如何わしいパンツを広げ、シワを伸ばして、そっと戸棚にしまいました。


 いつか私にもこれを使う日が来ると信じて。


 まぁ、こんなこともありました、彼女は至って真面目な方です。失敗の数は数え切れませんが、料理以外の家事を卒なくこなせるようになりました。私の我慢という努力の甲斐あって。


 でも、流石宮廷で働いていたということもあって、呪術の扱いが長けていて、教養のある方です。お父様が村運営で忙しくされている時になんかは、よく私のお勉強を観てもらいました。

 呪術の座学から実技、世界の歴史、他国との貿易についてと、勉学の内容は多岐にわたっていてマリンの凄さが垣間見えた数少ない場面でした。


 私はある日、いつものようにマリンの教えで教本を読んでいたときに、何か少し心に引っ掛かるといいますか、ちょっとした疑問を感じました。


 私は首を傾げた。

「ねぇマリン。 古代文明では“マジュチュ”が盛んに使われていたようですが、何故今時代は“呪術”がその代わりとして使われるようになったのですか?」


 マリンは、やや暗い面持ちで静かに口を開いた。

「お嬢様、それについては古代文明が滅んだと同時期に、書物の大半が失われてしまっていて事実を知る者は誰もいないのです。 きっと、魔術は余りにも強大過ぎる力だったのではないかと私は考えています。古代戦争が終結した時、大陸に残った種族には大きな被害がありました、ある種族の血脈は途絶え絶滅したとか……また残された種族も数が激減、大変苦労したことでしょ」


 何やら難しい話になってきたと感じたユミナは、先程のマリンの説明にあった“絶滅”という単語が気になった。

 パラディオ大陸には数多くの種族が生活をしている。一言で大陸としてまとめてはいるが、中には離島も存在し、他種族とあまり交流を持たない種族もいる。いつの頃からかは分からないが大半の住人は離島も含めてパラディオ大陸と呼んでいる。

 だから、先程の“絶滅”した種族がいた話もどこか遠い離島に住んでいる種族なんだとユミナは思った。

 ユミナは勤勉であり、気になりだしたら止まらない、なんで?どうしてっ子でもある。


「マリン、その絶滅した種族って何?」


「あまり世間には知られてはいませんので他言無用でお願いします」


「……わかったわ」

 世間一般では知られていないことを自分は知っている。その優越感が自分を特別な存在だと錯覚させる。


「それは魔族と呼ばれ、神に見放された種族です」


 この時のマリンは些か口が重いように答えているように見えた。



 何だかんだで、マリンはスタイル抜群、気配りが出来て教養のある優秀なメイドであるには間違いがありません。

 料理はゲロマズですが。


 ユミナはマリンが作り始める前に朝食の下ごしらえを終わらせ、自家製ハーブを取りに外に出た時、その音が聞こえてきた。


 バン……バン……と、何かを力一杯叩くような音。


「?」


 ユミナは聞き慣れない音が聞こえてくる方へと足を運ぶ。


 次第に何かを叩きつける音が大きくなるにつれ、その音を発する出処がわかった。


 自衛隊の駐留地


 ポルータ村の新領主に就いたバロン篠崎の命により、日本から届く資材と人員で着実に組み立てられている建築物。自衛隊は村の半分余りの領地を占領していた。


 村の半分もの領地を占領されたにも関わらず、

 ユミナは今までに見たこともない材料と道具を巧みに使い、短期間のうちにプレハブとコンクリート製の二階建ての建築物を築き上げた日本人に関心を寄せていた。


 ユミナが日本人、いや、自衛隊に関心を寄せている理由には他にもある。


 一つは日本人の精神だ。

 ポルータ村の新領主に自国民が任命されたと言うのに、我が物顔で振る舞い、村の住人達とある程度いざこざが起きてしまうんではないかと、当初はユミナも心配していた。


 ユミナ自身はウラニオ・トードから彩菜三尉に救われた経験があったため、そんなことは起こらないと考えてはいたが、やはり心の片隅では万が一もあり得ると思いも捨てきれないでいた。しかし、この気持ちは直ぐに払拭された。


 何故なら、“挨拶まわり”という日本人の礼儀作法というものが住民の不安を取り除いた。


「この村にお世話になることになりました、日本国自衛隊の大越と申します。 遠い異世界から来たばかりですので、文化の違いから私をはじめ、部下達が何かとご迷惑をお掛けすることがあると思いますが、まずはご挨拶だけとも思い、日本国の銘菓をお持ちした次第です。ご家族でお召し上がりください。 あと、何か村の復興にご助力させてもらいたいと考えておりますので、何かありましたら気兼ね無く声を掛けてください」


 流暢にパラディオの言葉を話し、なんと丁寧な挨拶なのか。

 これには前村長であったユミナの父、フェデリオも感心していた。


 現に大越の言葉は社交辞令などではなく、自衛隊員による、村の復興の協力がなされていた。


 半壊した家屋の修理、荒れた畑の整地、現地住民と言葉を交わしながら作業に勤しむ日本人の姿を見て、住民達はすぐに異世界人を受け入れていた。


「流石、ラーナが連れてきた方々は皆さんお優しい方ばかりで良かった」


 ユミナは日本人の気遣いや、礼儀正しさが功を奏したと思い、安堵した。


 自衛隊が居座ることになった土地も切り開いたはいいが、新たに入植する人がいなかったためほとんど手付かずの状態であった。

 そこに自衛隊が来ただけのこと。誰も文句は言わなかった。


 これは、逆に入植者を募らなくても、これだけの日本人が入り浸るようになれば村は盛り上がるんじゃ――例えば、酒場をオープンさせたら儲かるんじゃないかな?と、頭の中で銭勘定をしだすユミナ。同年代よりも、ちょっとだけ大人な彼女。


 まぁ何にせよ、自分が生まれ育ったポルータ村が今よりも活気付けばそれでいい。

 そんな村のことを考える村娘にはもう一つの関心ごとがある。


 それは、寺井秋吉ニ曹の存在である。


 初めて、自衛隊がポルータ村に来たあの日。


 ユミナの心の中で小さな衝撃が走った。


「所謂、魔物ですか」

 彼が放ったのは、たったその一言だけだっだ。


 私の知らない、それも異世界の人が魔物の存在を知っている。もしかしたら、彼らの世界にも魔物は存在する? いや、他の方たちはまるで初めて見たような反応でした――ということは、テライさんは博識?異世界の賢者様?

 でも、どう見ても自衛隊の騎士さんの格好をしていたし……あっ! あの時“らのべ”と言っていたから、“らのべ”という知識の事典を読んで学んだんだわきっと。


 う〜ん、私も“らのべ”を読みたいな。


 こうなったら、テライさんとお近づきになって、どんな手を使ってでも読ませてもらうんだから。


 ラノベをどうしても読みたいユミナは機会をうかがうようになった。

 しかし、今日という日までその機会は訪れなかった。


 異世界駐屯地の門番に挨拶すると、ユミナはそのまま敷地内に歩いていった。


「おや? 今日はあのキョウリュウは連れてきてないのかい?」


「まだ朝が早いので家でご飯を食べています」


「そうか、今度連れてきたらこのビーフジャーキーをあげようと思ってたんだ」

 そう言う隊員は、胸ポケットから犬用のジャーキーを取り出した。


「次はちゃんとプーちゃん達を連れてきますからね」


「絶対だよ」


「はい、因みにプーちゃん達は草食ですから」


「あれま……」


 村長の娘と言うこともあり、残念な表情を浮かべる警衛任務に着いていた第三戦隊の隊員は、ユミナの笑顔を見るや手を振りつつ顔パスで通した。


 ユミナは村を代表して何度も駐屯地に足を運んでいたため、警衛任務の隊員達と顔見知りになっていた。


 さて、どこからあの音がしてたのかな……


 見渡していると、どうやら隊員宿舎の裏側から音が聞こえてきた。


 そこはコの字の形で簡易的に土を盛って作られた射撃場である。

 ユミナは近づくにつれ、そこに人影が二人並んでいるのか見えた。その内の一人は見慣れた人物である。


「……もうニミル右ってところだな」

 双眼鏡を覗き込むしょろうに差し掛かるであろう中年の男性が、狙撃銃のスコープとにらめっこをしている若い隊員に告げた。


「了解」

 若い隊員はスコープ越しに返事をしつつ、小銃に取り付けられているスコープの調整を行う。


「テライさんだ……」

 ユミナは二人の邪魔にならないように少し距離をとった位置で二人の様子を見ていた。


 バン……バン……


 この音は、テライさんが撃っていた銃の音だったんだ。


「ん?」

 寺井ニ曹の射撃訓練に付き合っていた西曹長はふと、視線を感じ振り向いた。


 西曹長は何かを察したのか、それとも訓練用に用意した弾丸が無くなったのか、ユミナの姿をみた途端、終了の合図をかけた。


「打ち方やめ! 安全装置確認」


「打ち方やめ、安全装置よし」


「今日の所はこんなもんで良いだろう、射撃の腕も中々だな寺井。良いデータも取れたことだから、これならムラサメに狙撃銃を使わせても大丈夫だろ」


「ありがとうございます、射撃訓練に付き合わせてすいません曹長」


「なに、昔の陸教を思い出して楽しかったぞ」


「曹長の教育は鬼でしたからね」


「教え子が立派に育つ姿を想像するとつい力が入ってならん」


「なら、自分はまだまだですかね……」


「そんなことはない。 現に同僚として任務をこなす上で頼りになっているぞ」


「鬼教官からそんな言葉が聞けるなんて、同期に自慢したいくらいです」


 なんだか、テライさんはニシさんと仲が良さそうです。


「まぁ仕事には口は出さん。 ただ、コホン。 俺はシャリーさんとの事があるから強くは言えんが“法”だけは犯すなよ?」


「? はぁ。自分は学生時代から補導もされたことはないので大丈夫ですよ」


「まぁ、俺がお前のプライベートに口を出すのはここまでだ。 寺井、お前にお客さんだ」


 寺井ニ曹は、西曹長に指さされた方を見返すと、木陰からこちらの様子を伺うようにユミナが立っていたのに気が付いた寺井ニ曹は笑顔で声をかけた。


「ユミナさん、おはようございます」


「出発は二時間後だからな、それまでに荷物はまとめておけ」

 寺井ニ曹にそうつげて、その場を去ろうとした。


「了解です、曹長」


 アイツ、昔から自分は女にモテないって言ってたが、俺が知る限りじゃ隊員の娘さん達には人気があったよな。

 まぁ、全員が幼女だが。


 変な趣味に目覚ないでくれよ寺井。


 誰にも相談ができない案件を抱える西である。


「おはようございます、テライさん。 今、何をなさっていたんですか?」


「新しい装備が届いたので、その訓練です。 自分は昔から要領が悪かったので、部隊の皆に迷惑をかけないように人一倍訓練をこなさないといけなくて」


「そうなんですか? テライさんは、他の誰よりも博識な方だからそんな風には感じませんが」


「博識……ですか? あぁ、以前話したラノベのことなら本を読むのは趣味なので、自然と知識がつくんですよ(空想の物語だけど)」


「そう!そのラノベです! 今度、私にも(知識が詰まった事典を)読ませてもらえませんか?」


「そんなことならお安い御用ですよ、次の補給日程に間に合うように頼んでおきますから。 そうだ、どんなジャンルがいいですか?」


 じゃんる? 聞き慣れない言葉。


 ユミナは迷った。ここに至るまでただラノベが読みたかっただけなのだ。

 考えればわかること。いくらラノベと呼ばれる知識の宝庫である書物であっても色々な種類があるのであろ。

 今の寺井ニ曹からの言葉から、どのような種類が読みたいか訊ねられているのだ。


「テライさんのオススメでお願いします」

 無難な答えを導き出した。


 オススメという、言葉を聞いた寺井は迷った。


 確か、ユミナさんはララエナ姫と同い年だったと隊長が話していたな。


 参った。


 十歳の女の子が好むジャンルって何だ?


 バトル系?それとも異世界系?いや、推理系の可能性も捨てきれない。


 いやいや、ここはそもそもが異世界だ。間違っても魔法やドラゴンが出てくるようなファンタジー系は論外だろう。


 寺井は、最初の段階でユミナが求めているであろうファンタジー系を知らずに候補から削除した。


 この歳になって、こんな少女と仲良く話すなんて考えもしなかった。

 十歳の女の子は字ばかりの本を読むのだろうか?ここは、少女漫画とかにしてあげるべきか……いや、少なくとも彼女自身からラノベを所望している。俺が渡したのが、実はラノベでなかったと知れたら傷付けてしまう。

 これは、女子の立場から楠木三尉にアドバイスを貰うのが得策か。


 ……いや、あの人のことだからラノベの存在すら知らないかもしれない……却下だ。


 う〜ん、十歳の女の子に受けが良いジャンルってなんだ。


 寺井の脳内会議は、いくつもの提案がなされては、不採用が繰り返されていた。

 その実際の時間は一秒にも満たない。


 しかし、最後の閃きが自分にもしっくりくる答えが出た。


 これなら外すことはないだろう。

 そう、自信をもってオススメ出来るジャンルがあった。


「わかりました、丁度良い(ラブコメ系)のがありますから用意しておきます」


「ありがとうございます、色々(魔法とか魔物が出て来る)凄いのを期待してますね」


 凄いの? ラブコメ系で凄いのと言えばなんだ?ドロドロ系か?最近の女の子はおませだな。


「任せてください」

 寺井は胸を叩く仕草をして、大船に乗ったつもりで任せて欲しいという意思表示をした。

 これが異世界の住人に伝わるかは不明だ。


「おい、寺井。 そろそろ出発準備をしないと間に合わなくなるぞ」

 再び戻ってきた西が告げる。


「テライさん、これから何方に行かれるのですか?」


「数日間、王都にいる予定です。 国王様から我々の装備を観てみたいと依頼がありまして」


「そうでしたか。 道中お気を付けて下さい」


「はい、では行ってきます」


 二人を暖かい目で見守る西曹長。

 どうか、寺井が未成年に手を出すようなことになりませんように。

 そう、祈っていた。


 しかし、既に自分の隊長が、未成年の異国の美少女を許嫁としてもらっていることなど、この時は頭の隅にすらなかった。


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