第54話 小さな騎士
賢者マルクス邸の菜園にて
今日は雲一つ無く、太陽がよく照り、日光が燦々と降り注ぎ、野菜が良く育ってくれる晴天です。
ここの菜園には旬な野菜や果物からハーブまで色んなものが育てられてて、最初はマルクスの趣味でハーブ栽培から始まったけど、私やヒッグの農家の血が騒ぎ、今では趣味の範疇を超える規模の菜園が出来ました。
そして収穫を迎えた野菜ちゃん達を丁寧に採っていたら人生最大の危機を迎えるとは思いもよらなかったです。
私は元々下級貴族の出身、しかも地方の田舎とあって王国騎士団に入りたいと父に告げたときは"野菜しか触ってこなかったお前には荷が重い"と、予想通りに許しがでなかった。
将来は同じ地方の下級貴族の男性と結婚して、領地の民と一緒に農作業で汗を流して、たまに作物を荒らしに来る魔物討伐に向かう駐在騎士団の無事を祈りながら見送ったり、そしていずれは子供が出来て、一生田舎暮らしになるのかな━━って考えたら、やっぱり一度は大きな夢に向かってチャレンジしてもいいじゃんって思うようになった。
上が男しかいない兄妹の末っ子だからかな?
剣を持って魔物を狩りに行く兄さん達の勇ましい姿にいつの間にか憧れていて、いつか自分も剣を握って領民の生活を守りたいなって思い描いていた小さな夢がいつしか心の中で少しずつ、少しずつ、大きくなってっていった。
そんな私に人生初の転機が訪れた。
たまたま、遠征帰りの王国騎士団が村にやって来たのを兄さん達の会話を聞いて知った。
その時、居ても立っても居れなくて家を飛び出した。村の中央から少し外れた所にある集会場に王国騎士団が荷卸をしていた。
その中でも一際目立っていた一人の騎士様の姿が私の視界に入り、気付いたときにはダメ元で稽古をつけて欲しいと直談判しちゃってた。
何故かこの時の記憶が見事に抜けちゃってるんだよね。
人って余りにも緊張しすぎたらこんな風になるもんなんだね。
ただね、これだけは鮮明に脳裏に焼き付いて覚えてる。
気品が漂う綺麗な顔が笑顔で私を受け入れてくれたあの瞬間を。
綺麗な女性騎士様に快諾してもらえた。
翌日、私はいつもよりもすごーーく早起きをして約束の丘に駆け足で向かった。お下がりの鉄の剣を持って。
そしたらですよ!師匠が一番乗りして待っていてくれたの!
嬉しかったなぁ。
私に気が付いた師匠はあの美しい笑顔で迎いいれてくれた。
同性だからかな?剣術の経験がない私にあの人は嫌な顔せず基礎からやさしく教えてくださった。
短い時間だったけど村一番の腕前を持つ駐在騎士さんとやりあえるだけの腕を身に付けることが出来た。
あの方が他の騎士団と一緒に村を発ったあとも剣の稽古は欠かさず毎日しました。
何事も地道にコツコツと努力を重ねるのが大事だよね。
そしたらある日の夕食の時、父がやっと認めてくれた。
"一度は自分の目で世界を観てみるのもいいだろう"って。
世界って━━王都に行って王国騎士団に入りたいだけで別に私は冒険者になって世界を旅したいだなんて言ってないんだけどね……
毎日私の剣の稽古に付き合ってくれていた兄さん達も応援してくれた。
そして、私は入団試験に合格して念願の王国騎士団の仲間入りした。
ただ……
結果から言うと思っていた騎士人生からちょっとかけ離れちゃった。
見習い期間を無事に終え、叙任式を経て晴れて正式に騎士として職務に着くことが許された。
そしたらなんと!王国騎士団の中でも精鋭中の精鋭で、最強の騎士団と言われる白豹騎士団に入団出来たんだ!
ここが私の騎士人生の最高潮ね。
同期入団したヒッグとキツイ訓練を終えた後、駆け出しの騎士生活一年目での細やかな楽しみである夕食、その日は鶏肉と豆料理だったかな?あと貝のスープがあったっけ。
あれは美味しかったなぁ〜。
流石、貿易大国だけあって山の幸に海の幸が揃ってる!
1日を締めくくるに相応しいご飯をヒッグと一緒に食べていたときにそれは起きた。
私の剣の師匠である"白戦姫"様が何かから逃げていたんだよね。
因みに、見習いとしてある日修練場で木人形相手に自主練していた時に師匠から声をかけられて、思い出話やあれから毎日剣の腕を磨き村一番の腕前になったこととかで話し込んじゃって、その後に師匠との会話の様子を観ていた先輩見習いから師匠の正体を聞かされ時は正直ぶったまげましたよ。
あの稽古の時、師匠は何にも自分のことは話してくれていなかったんだもん。
でも、師匠が誰でどのような立場であろうとも師匠は師匠です。
一応、この国の姫様でもあろうお方が城内を走り回ってるなんてただ事じゃないと思い声を掛けた。
これがいけなかった。
「師匠!何をそんなに慌てていらっしゃるんですか?」
あの日の優雅さの欠片も感じられない。
「っ!? モルーー!!助けて下さい!!」
「はい?」
師匠はそう叫んだ後、私の後ろに隠れるようにしゃがんだ。
だって、師匠が私の体を使って隠れるにはしゃがまないと隠しきれないんだもん。
私は背が低い。
150センチも無いんだもん。
だからよく子供と間違われて城下町を歩いていたら……
"あらあら、可愛いお嬢ちゃんね。騎士さんの格好して将来は騎士さんになりたいの?偉いわねぇ、飴ちゃんあげる"
なんて、声を掛けられたことなんて沢山ある。
私は正真正銘の王国騎士ですよ!
鎧だって……鎧だって……
サイズが合わないから見習い騎士のモノを特注で直してもらったものだし!
しかも、裏には男子用って書いてあるし!
直したときに消せよ!クソ鍛治士!
これでも気にしてんの!乙女心なめんな!
そりゃぁ、師匠と比べたら胸もお尻も平たくて女性らしい体なんてしていませんよ!!
あれの成長に良いと聞いてから毎日ムートンのミルクを飲んでるのに一向に効き目が現れないし……
ハァ。
何か急に師匠が憎く感じてきた。
いやいやいや、それでも私に剣術を教えてくれた恩人。ここは恩に報いないと。
師匠が私の肩越しに正面を見て指を指してこう言ったのです。
「あの者です! 何度も何度も倒してもきりがないんです!モル、私の替わりにあの変態を倒して下さい!」
あぁ。
あの変態賢者か。
賢者マルクスはその膨大で貴重な知識を持っているため"生きる辞典"だなんて言われてるけど、城内の女性達からは"変態マルクス"と言われている有名人だ。
師匠は元々ハレンチ行為は嫌いで、ことある事に叩きのめしていたって周りの侍女から聞いたけど、直ぐに生き返ってはゾンビのように執拗に追いかけ回し来るから結局師匠は根負けしちゃったらしい。
「娘よ、そこを退きなさい。わしはリリエナ様にマッサージをしなくてはいかんのだ ゲへへへ」
「イヤーー!!」
「……」
私は一歩前に出た。
そうしないと届かないと思ったから。
「なんじゃ?」
別に嫉妬じゃないけどね。
このお城で働く殆どの女性が一度はこの毒牙にかかったことがあるって聞いたけど、私は一度もない。
たぶん、私が幼児体型だから。
別に嫉妬じゃないですよ?
ただムカつくんですよ。
馬鹿にされたようで。
「幼児体型で悪かったな!!」
私は思いっきり右足を蹴りあげた。全ての怒りをこの右足に込めて。
変態マルクスのゴールデンボールを捉えた。
生きる辞典はその日、一度も目覚めることはありませんでした。
翌日、国王様に呼び出されました。
たぶん、賢者に対する無礼を働いたことへのお咎めだと思いました。
もう王国騎士団には居られないと覚悟を決めて意気消沈していたらとんでもないお役目を仰せつかっちゃった。
「そなたに賢者の護衛を頼む」
「はぁ?」
この時、この人は何を言ってるの?って思っちゃった。
思っただけで口に出してはいませんよ?
だって、賢者のゴールデンボールを潰そうとした者に賢者の護衛をさせるなんて何を考えていらっしゃるのか国王様は……
師匠の御側から離れるのは心苦しかったですが、席だけは団に残して貰えたのでそれだけで安心でした。
それから私とヒッグは、名目上、賢者様が研究に専念出来るようにと王国が用意したお屋敷に移り住むってことだったけど、実状は変態マルクスが城から追い出される形で一緒にお屋敷に住み込みで護衛することになった。
因みにヒッグは完全なとばっちり。
ただ、私とコンビを組むことが多いという理由で。
ごめんねヒッグ。
そんなこんなで、今までこのお屋敷に侵入者なんていなかったから呑気に変態マルクスの趣味の園芸の手伝いが日課になってて野菜のことばかり考えてて。
だから、平和ボケしていた私達は油断していました。
突然の刺客に私達は秒で倒されちゃった。
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賢者マルクス邸の書斎にて
「(暗殺専門業者って、殺し屋ってヤツか?)」
《はい ですが、浩司の世界で言う殺し屋と違って厄介なんです》
「(何が?)」
《呪力総量が極端に少ないんです》
だから?
「(その理屈なら呪術が使えないんじゃない?なら、オレ達でもどうとでもなるんじゃない?)」
楽勝と言わんばかりに浩司は楽天的な考えだったが直ぐに覆されてしまう。
《暗殺専門業者は呪術に優れていない分、身体能力が著しく桁外れに高い特異体質者の集まりなんです!その戦闘スタイルも独特で油断していたら首が飛びますよ!》
首が飛ぶという言葉で浩司は恐ろしくなった。
王国騎士が二人が瞬時に無力化され、おまけに感の鋭いマリンやアリエですら直前まで気配を察知出来なかった手練れだ。
呑気に構えていたらこちらが殺られることを悟り、浩司は戦闘モードに入った。
「彩菜三尉はこの場で3人の守りを、オレと谷口でアサシンとやらを迎え撃つ」
「了解」
「了解」
3人はUSP9をホルスターから抜きスライドを引き、初弾を薬室に込めた。
「こうじ……」
「大丈夫!ララエナはそこで待っててくれ」
不安の表情を浮かべるララエナに浩司は余計な心配を与えまいと余裕をみせた。
しかし、非常に不味いことに浩司は気が付いていた。
T:ASを装着して来なかったのだ。
こちらの世界で魔導鎧と呼ばれるタクティカル・アシスト・スーツを3人とも身に付けていない。
以前、ポルータ村でオークのデルクに槍で刺された時は貫通せず、オーガの火球の爆風に巻き込まれた際も重症を負うこともなく、その有用性を見せつけた万能防具が今はないのだ。
頼れる装備はUSP9と浩司は源太郎から授かった刀"髭切"と谷口と彩菜三尉のマチェットのみ。なんとも心ぼそい装備しかない。
この装備で果たして3人を守りきり、アサシンとやりあえるのか不安でしかなかった。
「婿殿、この家は特殊な木材で建てられておるゆえ、家の中ではマリンの呪術は使えん」
「えっ?!本当ですか?!」
彩菜三尉のサポートをお願いしたかったのに……
「はい、現状の私はただのメイドに成り下がっていますので戦力にはなりません。 もし、婿様達が負けてしまわれた際は、姫様共々変態貴族に売られ、この絹のようにしなやかな綺麗な体の純潔が奪われ、毎日慰め者のように好きなように弄ばれる日々を過ごすことになりましょ」
なんちゅう発想してるんですかマリンさんや。
だけど真面目な話、オレ達3人だけか……心もとないけどやるしかないよな。
命を掛けて人を助ける。
それが自衛官の本分だし。
今、目の前で友好国となり得る国の重要人物が命の危機にさらされている。
そんな彼らを決して見捨てない。
自分達は誇り高き自衛官。
他の2人も同じ思いのようで、覚悟を決めた顔つきであった。
彼らは日の丸に誓いをたてている。
自衛官は国民の生命と財産を守る大切な盾であり、脅威を祓う矛でもある特別国家公務員。
防衛の前線を担う武装組織が自衛隊だ。
敵国との戦争に必要な戦闘訓練や実戦は十分経験を積んできた。
しかし、今は暗殺を生業にする者を相手にしなければならない。
果たして、今まで培ってきた経験が何処まで通用するのか━━
「━━行動を開始する」
浩司は異世界で自分達はどこまで通用できるのか。
この戦闘で何かを掴めそうな感覚でいた。
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書斎から浩司と谷口が出ていく後ろ姿を見送ると彩菜三尉は急かさず入口の鍵を掛けた。
そして、テーブルを横に倒して、もし敵が入口を破壊して侵入してきた時の最後のバリケードにした。
テーブルの裏にはマリンがララエナを抱き締め、マルクスは杖を構え、彩菜三尉はUSP9の銃口を入口に向け膝撃ちの姿勢をとっていた。
「大丈夫よ、ララエナ。私達が必ず守ってあげるから」
「うん━━でもね、彩菜お姉ちゃん。私もずっと守られるだけじゃいけないと思うんだ。だから、いざとなったら私も一緒に戦うよ」
彩菜三尉はこんな時だが少しだげ嬉しく思った。
こんな時だからこそなのか。
最初は不安がっていたのにララエナの肝が据わってくるのを感じていた。
「あぁ、いざとなったら頼むよララエナ」
「うん」
「(ララエナには悪いけど、いざって時が来ないことを祈るよ)」
そう考えていたら何かガラスが割れるような激しい音と銃声が家全体に響き渡った。
戦闘開始の合図であった。
この時、菜園で倒れていたモルは意識が朦朧としている中、目の前に散乱している先程摘み取っていたハーブを必死に手で掴もうとしていた。