第39話 政略と語学と拾い子か
オレ達、特甲戦は市街地戦闘の翌日には追撃作戦を実施、2日後にはオーガの連隊規模戦力を殲滅することに成功し駐留基地を奪還した。
プリーナを拉致しようと実家に工作員が侵入し、父さん達に撃退されたことを知ったのはもっと後のことだった。
ただ、今1番の問題は国際社会の目、と言っても同盟国に限るが、そして国内の政権を狙っている野党の政治家達の追及だ。
●●市での戦闘が全国放送に流れ、そして海外メディアにまで事件が報道されてしまったのだ。野党の政治家連中はこれを機に内閣に事件の責任やら開発費の隠蔽等を追及し、政権奪取をしようと動き回ってるらしい。そりゃごもっともでもある。コンバット・タンクは試験的に同盟国内の一部で運用はされて認知されていたが、コンバット・ウォーカーについては開発段階から秘匿されていたんだから。
何故、それがいけない事なのかって?そりゃぁ、補正した予算案にコンバット・ウォーカーの開発名目もなく勝手に税金である予算を組んだんだ、当然だ。
そんな状況であるにも関わらず1つの命令が下された。
"あちら側の世界に行く準備を整えろ"と……
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執務室では加藤雫総理がイライラしていた。このあとの衆議院会議で補正予算の説明で野党からの執拗な発言がでることが目に見えているからだ。
「あいつらは全く国民のことを何も考えてもいないんだから!」
「まぁまぁ、野党も国民の代表として必要なことを質問しているだけですから」
「でも、物事の本質を見ずにあれやこれやといってくるだけ!あの市街地戦闘で何が起きていたかも知らないで」
「総理、原稿がまとまりました」
「ありがとう」
執務室には雫とグルムに立花秘書官の3人が居た。
「うん、これで行きましょう。それにグルム、証拠集めご苦労様」
「いえいえ、この位お安い御用です」
「要注意は小鶴井議員ね」
「あの方は面倒ですね、でもこれだけ証拠が揃えば、まず流れはこちらに傾くでしょ」
「我々が一歩を踏み出す為には、今この会議にかかっているわ」
「雫さんのお手並み拝見ですね」
「任せて頂戴。国民の命を守るために私達は政治で闘い、特甲戦には現場で戦ってもらわないと」
「では、総理。会議の後は"大統領"と"王子"の会談が控えていますので手早くお願いします」
「わかったわ、では行きましょうか」
雫は政治と言う自分の戦場へ赴くことになった。
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「大越大隊長、調査報告書がまとまりました」
「ご苦労、で結果としてはどうだね」
「何点か問題があります」
駐留基地内にある一部屋を臨時に大隊本部室を設け、大隊長室で大越大隊長と山田三尉が調査報告書から今後の作戦について話し合いをしていた。
「まず、防衛省から送られてきた資料にありました旧陸軍の研究施設を発見、予想通りオーガ勢力はこの施設にあった神物と呼ばれる"大鳥居"からこちら側の世界に来ていたことが解りました。発見当初はオーガが一体程通れる巨大な洞窟があり、そこから出入りをしていたようです。今現在は施設科の重機でコンバット・ウォーカーが余裕で通れるように穴を広げ、洞窟の補強作業が終わっています」
静かに説明を聞いていた大越が口を開いた。
今の説明の中に特に問題らしい問題があるとは感じられなかったのだ。
「そうか、で、問題とはなんだね?」
「"大鳥居の起動"と"言語"です。大鳥居の起動方法については現在防衛装備庁から来た研究員が施設に残されていた資料から探っていますが…」
「言葉の問題か……」
「はい、内閣から出された指針によりますと、橋頭堡を確保した後に現地住民と協力関係を結び、今後の作戦行動を有利に運ぶように、と」
「では、"彼女"に協力を要請するしかあるまい」
「解りました、直ちに篠崎上級特尉に話をしてみます」
「頼む」
「あと、1つご報告があります」
「何だね?」
「洞窟にありました足跡から、やはり国民の何人かはあちらに拉致されたことが確定されました。その時に発見されたのがこちらです」
山田三尉は1枚の写真を取り出し大越に渡した。写真にはオーガと足軽に人間の足跡にもう1つ跡が残されていた。
「これは、もしや……」
「駐留基地に配備されていた牽引砲の装輪痕だと思われます」
「やはり奴等はこちらの装備を強奪していたのか」
「はい、装備の爆破処理に何らかの問題が起こり処分されずに残ったモノだと思われます。あちらの技術力はまだ不明な部分が多い為、意図は解りませんが注意は必要かと」
「そうだな。そちらは行方不明者捜索と平行して情報を集めるとしよう」
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駐留基地は奪還作戦時には部隊に被害を出さず終わった。しかし、駐留基地の被害はそれなりに酷かった。オーガ達に占領された際に車両や砲台等を含めた装備品を鹵獲されないように爆破処分した。その被害が建物のあちこちに散見されていた。
再度、駐留基地を本来の機能を取り戻すべく陸上総隊の施設科が総動員で修復・改修作業を開始していた。そんな状況でまずは隊員の居住区の整備が優先的に行われ、今では調理場からトイレに大浴場と順次復旧した。そして比較的損害が軽微だった大広間に机に椅子、教壇にホワイトボードなどを搬入し、駐留基地における語学教室が完成した。
今、彼らは頭を悩ましている。ノートに必死に板書する隊員達。そんな日本人の風習で他国と大きな違いが何点か存在する。平仮名に片仮名と漢字の3種類もの文字を使い分けている人種である。これは、柔軟に物事を吸収できる子供の時に覚えるため然程難しいことではない。
しかし、彼らでも大人になって新たな言語を覚えるのは難しかったようである。その為、文字は覚えず言葉のみを覚えるだけに変更した。それでも、頭を抱える隊員は少なくない。
「なぁ隊長さん」
「何だよ」
「語学授業って必要か?私達はパイロットだぞ?誰か通訳役を立ててそいつだけが喋ればいいじゃないか。どうして、全隊員が対象なんだよ?」
「そりゃ、皆が話せれば楽だからじゃないか?」
「でもさ━━」
「ちょっと、2人とも声が大きいですよ」
浩司と彩菜三尉の会話に谷口が割って入るも遅かった。
「そこ!真面目に授業を受けなさい!ですわ」
そう浩司ら3人を注意したのはこの語学教室の先生であり、とても可愛らしく愛でたくなるようなオーラがありフサフサな耳に頬をスリスリしたくなるようなキュートな少女だ。
普段は10歳そこそこの普通の子供と変わらないが授業となると人が変わったかのように厳しい。そして語尾がおかしい。
「ちゃんと話を聞きなさい!ですわ」
「はい先生…」
「はい先生…」
いつも可愛いプリーナが先生だなんてな……
教壇に立った途端に厳しいもんな。それでもって語尾は絶対にエリーの影響だ。オレの勘違いかもしれないが、時々、うっふんポーズや胸を強調するような仕草をしているようにも見える。これもエリーの真似ごとだ……エリーは10歳そこそこの少女にどんな教育をしたんだよ。
急にチャイムが鳴り響いた。授業終了の合図である。
「今日はここまで。次回で最終テストします、ですわ!」
「「え〜〜」」
全隊員が不満を漏らした。しかし、厳しくも可愛いプリーナが見れるだけで何だかんだで隊員の癒しであり、マスコット的な地位を確立し始めていた。
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授業も終わり既に勤務時間外になったが、ここはオーガ勢力との戦いでは最前線とも言える場所である。その為、交代で警備に着く隊員も多い。そんな駐留基地の調理場には隊員に紛れてせっせこと働く者達がいた。
蒸気の熱を利用して調理する寸胴の容器に大量の野菜と肉が入れられ、カヌーで使うオールのようなモノで炒めている。メイド服にエプロンを着用している少女…女性はてきぱきと調理をこなしていた。
「カレーのルーはどこですか?」
「アイシェちゃん、これ使って」
「ありがとうございます美優紀さん」
「エリーさん、そっちは大丈夫?」
「サラダはオッケーですワ」
「シャリーさんはどうですか?」
「こちらも最後のお肉が揚げ終わりました」
シャリーが揚げた唐揚げを皿に盛り付け始めた。盛り付けられた唐揚げは何だか輝いて見えた美優紀は1つ味見をした。
「━━!美味しい」
「ありがとうございます」
「シャリーさん、これの味付けって何ですか?」
「味付けは……秘密です」
「あぁ、ズルい。もしかして西曹長ですか?」
「えぇ、好きな殿方の好物ですからほいそれとお伝えは出来ませんね」
その会話を聞いていたアイシェは思った。
シャリー姉様は年上好きだと。
「シャリー姉様は西曹長のどこに惚れられたんですか?」
「アイシェ、いつの世の女性は強い殿方に気持ちが奪われるものよ。あなたも篠崎様をお慕い申しているのと同じように。そこには年の差は関係ありません」
「そうですよねシャリー姉様」
そんな会話をしている女性人達の横から声がかけられた。
「皆お疲れ様、ご飯は出来てるかな?」
授業を終えてきた浩司であった。その横には彩菜三尉に谷口、天道と寺井二曹に、そして西曹長が居た。
西曹長の姿を見たシャリーは頬を赤くしながら近くに駆け寄りカウンター越しに話しかけた。
「厳様、今日の晩御飯に厳様の好物の唐揚げをを用意しました」
何時に無く満面のスマイルをシャリーさんが西曹長に向けているな。しかもアレだ。いつの間にか下の名前で呼んでるし。そんな美人メイドに最高のスマイルを向けられた西曹長はどうだ?……!?何だ?もしや曹長、照れていらっしゃる?!いや、デレか。デレなのか?!こんな曹長の顔をオレは見たことないぞ。
「久々のシャリーさんの唐揚げが食べられるなんて…恐縮です」
「そんな…私は厳様が喜んでもらえるのが何よりも嬉しいのです。それに……シャリーで結構です」
何だよ、この甘酸っぱいようなやり取りわ。
おいおい、曹長。あなた……惚れましたね。その顔、惚れましたね完璧に!
シャリーさんや、だからこちらに親指を立ててポーズをとるのはやめてください。
折角、曹長の恋の様子を気持ち良く観れていたのに、あなたのその策略性が筒抜けで冷めてしまいますよ。
彩菜三尉が浩司の側で耳打ちしてきた。
(おい、あの女親指立ててたぞ?あいつは相当のやり手だぞ。曹長は大丈夫なのか?金目当てに狙われてるんじゃないのか?)
彩菜三尉や、あの親指ポーズを見たらあなたの考えが正しいと思うよ。でも、一応純粋な恋からの策略であるんだよ。少々露骨なアプローチもあるけど。
そんなやり取りしている中、アイシェからカレーが出来たとお声がかかった。
腹が減ってはなんとやらだ。皆で頂くとしようか。
ただ、気になることがある。オレは誰にも相談していない《アリエ》の存在とオレの《能力》についてだ。あの戦いではオレは小ぶりなオーガとはいえ生身で刀を振っただけでオーガの指を切り落とすなんて普通じゃ考えられないことをした。あの時の刀は見たところいたって普通の真剣だった。つまりは、アリエの力でオレの中にある力がそうさせたってことだ。………オレってもしかして……人間じゃないのか?
いやいやいや、今まで生きてきて急に人間離れした怪力や瞬間移動や目からビーム出したりなんてしたことないしな…でもな……何、オレって橋の下で拾われた子なのか?
そろそろ作戦開始が近づいているって噂だし。その前に実家に帰って父さん達と話をしてみるしかないか。