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タクティクス・コンバット・オブ・オーガ  作者: トビオ
《第4章 新世界へ》
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第34話 それぞれの思惑

 あの駐留基地での戦闘から半年が経った。


"第一次オーガ侵攻防衛戦"


 この戦闘で幾人の隊員が殉職したが世間は知らなかった。情報規制がかかっていたため一般メディアには知られることはなかったのだ。

 奇跡的に英雄は生きていた。しかし、もう戦える状態ではなかった。身体的に精神的にも。

理由の1つとしては千葉隊長の存在だ。

 英雄が今、生きていられるのはあの戦闘で千葉隊長が身を呈してオーガの渾身の一撃から守られたからである。その代償として未だに千葉隊長は目を覚ますことなく病室のベッドの上にいる。治療は終わったのにも関わらず意識が戻らないまま。

 それが原因で英雄の心が折れてしまった。

そして、兵士としてもっとも大切な視力が戻らなかった。視力に支障があれば自衛官として生きていくのは困難だ。



「立花くん、報告をお願い」

 執務室で加藤雫に促された秘書の立花は手元にあるバインダーに纏められた報告書を要約して読み始めた。


「はい、まずは特殊戦術機械化装甲戦闘大隊《特甲戦》についてですが━━こちらは順調に戦力の建て直しを図れてはいます。スミルノフ主任の口添えの効果があったのか幾分か支出を抑えることが出来まして第一戦隊には既にタイプ:ロが3機搬入されています。残りの3機も近日中には納入が出来るとスミルノフ主任から連絡がありました。第二戦隊は各種チューンアップが施されたイカズチが3機搬入済みで完熟訓練の日程終盤に来ています。

 第三戦隊については補充要員も含めた新型T:ASの装着訓練を開始しています。

 また、タイプ:ロのロールアウトに伴い開発中でありましたコンバット・ウォーカー用重輸送戦闘ヘリの規格整備が予定通り進行しておりますので近々第四戦隊の編成を行います。部隊については以上になります」


 立花はバインダーを閉じることなく雫に"部隊"の状況について説明を終えた。ただ、このあとに来るであろう質問は予想していた。だからバインダーは閉じていない。


 雫はゆっくり口を開いた。

「━━あの英雄はどう?パイロットは不足しているんでしょ?」

 雫の表情は硬い。何せ戦闘機より高価で複雑な精密機械の塊であるコンバットウォーカーをしかもタイプ:イより高性能な代物を準備出来たのにも関わらずパイロットが揃っていないのだ。

 コンバット・ウォーカーの操作は単純そうに見えて複雑で難しい物であるとわかった。その操縦訓練に取りかかる前にT:ASの装着訓練が必要不可欠なのだ。

 何故なら"体感"で操作する面が強いコンバット・ウォーカーには予めパイロットのパーソナルデータを入力しておくことで初めて"マシ"な操作が出来るのだ。


「はい。現在、篠崎"元"一曹は服務規程に則り除隊後は天道メディカル部門の医療機器販売会社に営業として就労しております。通常の日常生活は何とか過ごせてはいるようですが視力は以前の半分程…兵士としての復帰は難しいかと」


「天道メディカルの先進医療の高度人造細胞で作られた人工眼が合わなかったのかしら?」


「いえ、天道医師によると器質的に異常はなく検査結果からも接合術は成功しているため原因は"心因"ではないか…と」


 コーヒーを飲んでいたグルムがカップをテーブルに置いた。


「人工眼ね━原因はストレス……ですか。参りましたね〜雫さん。何なら俺が第一戦隊のパイロットとして赴任しようか?」


「それはダメよ。貴方たちには彼等が不在となったときに日本に残って守りを固めてもらう大事な役目があるんだから」


「雫さんのナイトなら喜んで承りますよ?」


「ちょっ…茶化さないでよ」

 雫の顔が赤くなり疲労が溜まっていた硬い表情がすっ飛んでいった。

 立花は感心していた。このグルムという男は諜報員として時には戦闘員としての実力は世界の軍事機関のスパイや兵士と比べてもトップクラスであることは事実だ。

 ただ、出身や本名など本人に纏わる情報が一切ないのだ。秘匿ではなくないのだ。過去を詮索してはいけない相手なのだろう。しかし、我々日本には必要な人材であり総理の精神衛生を保つためにも彼は必要だ。まぁ、ただおちょくっているだけかもしれないが。と立花は心の中で喋っていた。


「コホン。第一戦隊のパイロットについては現在のウォーカー教育課程にいる隊員達よりも特甲戦内部での人事異動させた方が良いかもしれませんな」

 津久田は咳払いをしつつ打開案を提示した。


「そっそうね。その辺はお願いします。ですが、あの服務規程が活きているのですから彼の監視は継続して下さい。もしかしたらがあるかもしれません」


「ただでさえ少ない対オーガ戦経験者だ、戦線に戻って来られるよう祈るよ。で、津久田大臣の方はどうでしたか?」

 グルムはそちらが本命とでもいうような視線を送っていた。


「当たりを引くことが出来ました。ただ問題が2つ…」


「何でしょう?」

 雫はこれ以上最悪なことがあっても驚かない自信があった。


「研究資料があまりにも少なく詳細は分かりませんでしたが、転移自体は出来たようです。しかし、結果としては任意の場所に転移は出来なかったようですね。転移実験に使われていた重要な代物(キー)である神物(しんぶつ)と呼ばれていた"大鳥居"ですが、大戦末期当時に敵国に研究内容を知られないように殆んどの研究資料共々山奥に埋められたことがわかりました」


「その口ぶりから場所は判明しているんですね?」


「はい、ただ場所が問題なのです」


「それはどこですか?」

 雫が聞き返した。


「第一次オーガ侵攻防衛戦においてオーガ勢力が出現したポイントです」


「ビンゴですね……奴等はこちらの転移実験を利用して来ている可能性が出てきましたね。これで奴等の移動方法の解明が進んでこちらからの侵攻を実現できそうだ」

 グルムはやれやれといった身振りをしてみせた。


「この半年間…奴等は侵攻の足を止めているわ。今がチャンスとみるべきよ。あの戦闘で戦力を消耗したのは彼方も同じということ。時間との勝負だけど新型を含めた戦力が整えられれば今度はこちらからあちら側の世界に足を踏み入れる番。それまでは駐留基地には現行の機甲戦力で防衛しなくてはいけないわ」


「あぁ、その通りだ雫さん。それまでは外野の奴等には黙ってて貰うために少しチョロついているのがいるからこちらで排除しとく」


「お願いね。意外と過激的に動くことを躊躇わなそうだから慎重にね」


「了解した」


「本来であれば敵地を攻めいるなら予備兵力も用意しておくのが戦術の基本。もしかしたら彼方も戦力を立て直して侵攻してくる可能性は捨てきれません。あと、残りの問題ですが」


「忘れるとこでした、残りの問題はどのような?」


「当時の関係者リストを当たってみたのだが、当時の研究員は全員死亡が確認されたが実験に参加した者が生きていました」


「誰なんですか?」

 雫はデスクから身を乗り出していた。


「転移実験の被験者として参加していた2名の内の1人……篠崎源太郎元少尉━━。篠崎元一曹の祖父です」


「…………」


「これは何かの運命なのかしら……」


「総理、これは必然かもしれない」


「必然だったとして、こちら側にあちら側の世界に転移経験者がいたことはオーガ勢力にとって誤算であり、我々にとっては希望になるだろう」

 グルムは自分が思い描いていた流れになっていると感じた。



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 篠崎浩司は今では立派なサラリーマンと化していた。元々コミュニケーションは得意であった彼は天下りにも似た形で天道メディカル医療機器の営業部に就職していた。主に戦後傷痍隊員が入院やリハビリしている病院向けの営業を担当している。


 あの戦闘で傷ついた体を癒すのに2ヶ月程入院生活を送った。

 左目を失明したが先進医療で人工眼を移植され入院中はエリー、美優紀、アイシェの三人が交代で時には全員で看病しに訪れていた。

 三人の献身的な働きで浩司は元の調子を取り戻したと思った。しかし、千葉隊長の意識不明の状態を見て絶望した。

それから退院後は除隊申請をして一般人として生活を始めた。



「じいちゃん、素振りを1日1000回ってキツいんだけど……」

浩司は今袴を着て汗をかきながら道場で竹刀を振っていた。


「何を言っとる。お前は急に体を動かす機会が減ったらから鈍ってしまう。今まで養った体を維持するにはこれが一番良い」

 篠崎源太郎が答えた。源太郎もまた袴を着ていた。


「だからって剣道って……オレは空手の方がいいんだけど……」


「━━いずれ()()()()時が来る」

 源太郎は遠くを見るような表情で答えた。


「…998…999…1000!━━はぁはぁっ終わったよじいちゃん」


「いいぞ、それでは手合わせといくか」

 源太郎は壁にかかっていた竹刀一本を手に取り道場中央まで歩いてきた。

浩司は面と胴に小手を着けて源太郎と向かい合わせになった。所が源太郎はいつも通り防具は着けていなかった。


「じいちゃん、余裕だね。今日は一本取るかもしれないよ」


「今のお前ではまだ無理じゃよ」

 源太郎はニヤついた。浩司が()()の稽古を始めてから前向きな発言が聞かれたからだ。


 互いに礼をして二歩前に出て蹲踞の姿勢になり、立ち上がり正眼で構えた。

 いつも道場には二人きりのことが多いため試合開始の合図はいつも源太郎の掛け声が合図になっていた。


「始め!!」

 源太郎が開始の合図を出した。


 浩司はすぐに上段の構えに移行し半歩前にでて膝を曲げることで確実に間合いを詰め面に打撃を入れようとした。

 しかし、源太郎は体を半分捻り素早く摺り足で浩司の左側から逃れた。


「ズルいぞじいちゃん!」

 浩司は焦った。左の視界は未だに回復していないため、突然相手が視界から消えたように感じてしまった。


「何、左目はきちんと意識して動かさんと。それにな、自分の弱点は相手が知らないという道理はない」

 源太郎は竹刀を脇に構えた。こうすることで相手には竹刀を持っていないかの錯覚をさせる。

 浩司は知っていた。この構えが源太郎がもっとも得意としていることを。


「今のお前には()()()()ことが足りない。相手の動作一つが戦いにおいて有利に運んでいるのだ。それさえ体で理解したらまず剣技で一刀目から死ぬことはないだろうな」


 浩司は迷った。竹刀の長さは規格が統一されているから、この構えは本来()()ではあまり有効ではない。しかし、これが真剣であれば話は違ってくる。相手の刀の刀身は解らないことから間合いは取りづらく急所である正中線も隠れているためかガラ空きの左側から攻め入りたくなる。源太郎は真剣での戦闘経験からこの構えを一番気にいっている。

だが、これ自体が源太郎の策略だと浩司は見抜いていた。でも、この策略から抜け出す方法が見つからない。


「(それならいっそのこと誘われたフリでもしてやるさ)ヤーー!!」

 浩司は左胴に目掛けて力を込めて竹刀を振った。

ここから竹刀で受け止められるかそれとも左胴を狙ってくるかのどちらかだろう。

 そう思っていた。しかし、どれもが違った。

源太郎の迎撃行動は余りにも遅かった。これが篠崎神源流の真骨頂であった。



 倒れていたのは浩司の方であった。


「何だよ今の……じいちゃんあれって奥義かなんか?」

 浩司は床に大の字に痛み堪えながらなりなが源太郎に問うた。


「奥義といえば奥義になるのかの。あれは己の覚悟が決まっていなければ出来んぞ?少しでも迷ったら斬られて終いだぞ」


 源太郎は笑いながら答えた。

先程は浩司の左胴の竹刀を最小限の動作で上半身を捻ると同時に自分の竹刀の柄頭で受け止め、渾身の一撃を弾かれた浩司は姿勢を崩されガラ空きの胴に見事に一本を決められたのだ。

 説明を受けた浩司は真剣でやる技ではないと思った。


 二人しかいない道場に可愛らしい人物が現れたことで本日の稽古が終了した。


「じいちゃん!こうじ!ご飯出来たよ!」

 プリーナがご飯の支度が出来たことを知らせに来たのだ。


「そうかそうか、なら食べに行くとするか」

源太郎はプリーナと手を繋ぎながら母屋へと向かおうとした。


「ねぇ今日はどっちが勝ったの?」

 純粋なプリーナがオレにとって酷な質問をじいちゃんにしてきた。


「当然、おじいちゃんだよ」

 ドヤ顔で言い放っていた。


「これで、え〜と━━108勝0敗だね!凄いねじいちゃん!」

 そんな可愛らしい顔から現実を突きつけられた浩司の心は傷ついた。


「浩司よ、剣技は人を殺す技ではあるが篠崎神源流は活人剣であることを忘れてはならんぞ」


流派を開いた本人から有難い御言葉を頂戴した浩司であった。



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