第20話 脅威
今日は色々と考えなければならないことがある。研究所からの報告によれば獣の少女については良い進展具合ではあった。ただ、例の勢力との"戦の準備"となれば新兵器の開発・実戦配備が予想より遅れをとっている。これはあまり良くない報告である。例の勢力かいつ大軍で攻めてくるのか分からないのだから。
まだ、国民に知らせるタイミングではない…
国民には今はまだ戦後の平和の余韻に浸ってもらうしかない。
つい先程、"英雄"への叙勲式を行ったばかりだ。
"ラリマー勲章"
この度の戦時下で新設された勲章で、もっとも戦時下において社会平和に貢献したものに贈られる。
また、同盟国主権国家の一つであるUK国より栄誉勲章である"騎士爵"を与えられた。
一自衛官に与えられた褒章としてはトップクラスである。単に彼方の副大統領に気に入られた部分も大きい。しかし、実力も申し分ない。
新設される部隊のフラッグシップとして戦ってもらわないといけない。
"英雄"とツーショットの記念撮影が終わりやっと執務に戻れる。
執務室に戻る途中、後ろが賑やかになった。
《コウジ!おめでとうですワ!》
《浩司くん、凄いね!》
《おめでとうございます浩司様!》
あれが副大統領の娘さんに、幼馴染みの娘に……メイド??……あぁタルーム殿下の所の…
加藤雫総理大臣は執務室に入った。
「最近の若者はいつからあんなに節操が無くなったのかしら」
「加藤さんだってまだまだ若者ではないですか」
男はソファーに座り丸メガネを拭いていた。
「お世辞でも嬉しいわ」
加藤雫は歴代総理大臣として初めての女性総理として世間から注目を集め支持率も安定し、その政治手腕…特に外交に関しては秀でているためか2期目に入る程の政治家である。ただ、政治に興味があり過ぎてあまりに政治学に没頭してしまい大学生以来お付き合いをせず40代に突入してしまった。本人はまだ諦めていない…"総理大臣である私に白馬の王子が現れる"ことを。
因みにそこそこの美人である。
「所でこの前は急に護衛任務を引き受けてくれて助かったわ、ありがとう」
「いえいえ、大したことではありませんよ。まだ、少女について嗅ぎつけている国が少ないので楽な任務でしたよ」
「まぁ箝口令は出してるけどやっぱりどっかからか漏れるのよね……」
「まぁまぁ。今回は2名程倒したのであちらさんは暫く黙っているでしょ」
護衛任務とは、先日駐屯地で開催されたフェスティバルイベントに赴いたプリーナのことである。密かに他国より狙われていたのだ。それをこの男は密かに護衛し、護衛対象に気付かれずに任務を達成したのだ。
「それなら良いけど……立花くん例の新設部隊の状況をもう一度教えて」
「はっ。独立戦闘大隊は部隊再編により第一戦隊はコンバット・ウォーカー試作機タイプ:イを6機編成、第二戦隊はコンバット・タンクのイカズチを3機編成、第三戦隊はT:AS化した歩兵小隊を予定しています。当初在りました第四戦隊については専用運搬機がまだ目処がたっていないため設立しておりません。第二戦隊には16式機動戦闘車を3両追加配備予定であります。以上になります」
秘書官である立花が答えた。
「試作機か…しかもまだ6機……ですか。少ないですね」
「仕方がないでしょ?一度決まった防衛費に追加予算を無理くりつけたのよ?これが精一杯よ……これ以上いじると周囲が怪しむわ」
「まぁそれもそうですね…天道重工は良い仕事しますからね。立花さん、指定管理区の状況も教えてもらえますか?」
「はい、元々この地に在りました村の建物をある程度強化補強を施し、新たに防護壁を建設させ至る所に90式戦車を配置。塹壕や矢倉等も加えて要塞化してはいます」
「矢倉って…使い道は?」
「当初確認されました大型生物"一つ目"以外に最近新種が現れました。新種の大きさは人間と大差ないですが弓矢を用いているようです。それらを目視で早期発見に役立っていると報告書が届いております」
「ほぅ…で、それから"一つ目"の出現は?」
「2回程戦闘が起きました……完全勝利とは言えない結果で終わっております」
「これは早くに打開しないと不味いですね……」
「私の方から天道重工に例の計画は伝えてあるわ。あとは、予算の確保と邪魔が入らなければ問題ないわ……あなたの新しい兄弟の部下はどんな具合?戦力にはなるの?」
「あぁ、元々傭兵だった奴らだからな。上下間とルールを教え込んだ。あとは日本語もな。それに定期的に給料が払われると伝えたら従順になった…使えるよ」
「あなた達はいざとなったら動いて。それまではこれまでと同じく諜報活動をお願いね"グルム"!」
「了解」
グルムは軽快に官邸をあとにした。
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朝が来た。オレは布団から身体を起こして周りを見る。オレの布団以外に3組の布団があるが3組とも畳まれている。
オレは布団を畳み戦闘服に着替えて渡り廊下を歩き母屋へと行く。
母屋の居間を開けるとそこには見慣れた顔がいた。
「先輩、おはようございます」
谷口だ。
「おはよう…ふぁ〜」
うん?何だか良い匂いがしてきたな…今日の朝御飯は…アイシェちゃんの当番か。
「浩司様、おはようございます!盛り付けますので先に洗面を済まして下さい」
「うん、いつもありがとね」
「いえ……み…未来の妻として修行の身…ですから…」
アイシェは御盆で顔を半分隠して照れながら言ってきた。
「っ!?そうだねハハハ…」
朝から何て可愛いんだ……
「コウジ!おはようですワ!」
エリーは浩司の後ろから抱きついた。
おいおい、朝から何て幸せなんだ……
「…浩司くん、鼻の下伸びてるよ…」
「へぇ?しっ仕方ないだろ?美優紀にも同じ事をされたら鼻の下伸びるのは変わらないぞ?」
「えっ?本当?!」
「ホント、ホント!」
「…じゃ私もギュ〜〜!!」
オレは…もう…満足です…
「あらあら、朝からお熱いわね」
「おはようございます、母上様」
「おはようございます、お義母さん」
「いいわね〜二人ともその調子よ〜」
母さんは本当に3人共、嫁にさせるつもりなのか?
「じゃ、皆揃ったな!では戴きます!」
父さんの号令で朝御飯はを食べ始めた。
今日の食事当番はアイシェちゃんだから旨い!
いつの間にか大所帯になったな…何か団欒で良いね…
「御馳走様でした」
オレ、谷口、エリー、美優紀は食べ終えて出勤に向けて準備をする。
玄関にて、
「じゃぁ行ってきます!」
「行ってきます」
「行ってきますワ」
「アイシェちゃん、帰り何か買い物して来ようか?」
「大丈夫です、昼間に片しときます皆さんが外で働いている間は私は家事を頑張ります!」
「アイシェちゃん!可愛いねぇ〜じゃ今日からシベリアのホールデビューしちゃおっか?!」
美咲が提案してきた。
「良いんですか?!」
「当たり前よ!また可愛いウェイトレスが居るってだけで収益アップよ!」
アイシェちゃんのウェイトレス姿かぁ…観たい
「じゃ、隆くん行ってらっしゃい…チュ」
「行ってきます…チュ」
うぇー…弟の前でするなよな……
「みっ皆さん!私たちも…その…どうでしょうか?行ってらっしゃいのキス…日課にしてみては…」
急に顔を真っ赤にしてアイシェちゃんが二人に提案してきた。
「良いですワね!」
「二人が良いならするよ!」
「やったー!」
いや…一番嬉しいのはオレですよ?
両方の頬とおでこにされた……
うん、仕事に身が入りますな!
「じゃぁ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ」
先にエリーを研究所に送り、そのままオレと谷口と美優紀は駐屯地へ出勤する。
第一戦隊事務室には、西曹長と寺井二曹が既に出勤していた。
「おはようございます」
「篠崎"一曹"おはよう」
「あっそう言えば昇任しましたね」
「おいおい、きちんと階級章ついてるだろ?」
「先輩、どうせアイシェちゃんに縫ってもらったんでしょ?」
「それがな……エリーが縫い付けてくれたんだ」
「エリーさん、裁縫できるんですね。意外だ」
「だろ?」
「何だか朝からイチャイチャ話ですか……」
何故か寺井二曹が負のオーラを漂わせている。
最近、第一戦隊で浮いた話がないのは…寺井二曹くらいなもんだ。
千葉隊長は何だか天道先生と良い関係だし、谷口とオレは知っての通りだし、天道技曹にはマリアちゃんがいるし、西曹長もシャリーさんからのアプローチが露骨だし……あぁ…わかった……これは嫉妬だ。
急に事務室のドアが勢いよく開いた。
「おぅ!天道意外は全員揃ってるな!」
「千葉隊長、おはようございます」
「はい、おはようさん。今日の午後にタイプ:イの専用武装が届くぞ!そんでもって第二戦隊と第三戦隊の編成が完了したから後で大隊長からありがたい話があるとさ。それまで午前中は各自で行動とする」
「了解です」
各自自由行動になったが、皆倉庫で自分のタイプ:イの整備の手伝いや調整を昼ギリギリまで行った。
「先輩!今日のお弁当は何でしょうね?」
「楽しみだな……何だろなっと…おぉ!」
「これは…お弁当定番のハートマーク!!」
「アイシェちゃん、戴きます!」
「美咲さん、戴きます!」
二人の弁当作りは基本アイシェと美咲が担当している。アイシェは働いているエリーと美優紀にも作っている。きちんと自分の居場所を作っているようだ。
昼休憩も終わり大講堂室に隊員が集まり始めた。知らない隊員の顔も沢山いる。
「やっとうち以外に隊が編成されて賑やかになりますね」
「そうだな、イカズチのパイロットは誰だろうな?」
皆がざわついていた。
壇上に大越大隊長と山田三尉が登壇した。
「皆、集まったな。周りには知らない顔が多いだろう。やっと第二、第三戦隊の編成が完了した。これから我々は同じ部隊の一員として任務に着くことになる……まずは新しい部隊名を発表する……部隊名は…"特殊戦術機械化装甲戦闘大隊"だ。名前の由来は皆想像つくと思うが自衛隊で唯一コンバット・ウォーカーにタンクが配備されている最新鋭兵器を有するからだ……これから新しい隊員の紹介に移りたいが…さっそく我々に指令が下された。今、日本は新しい脅威にさらされている……」
何?新しい脅威??だって戦争は終結したんじゃないのか?
「新しい脅威……これが我々が戦う相手だ」
大隊長の言葉が切れたと同時に"それ"は大型モニターに写された……
絶句する者。
悲鳴をあげる者。
理解が追い付かない者。
この時、瞬時に理解した者がいた。
神崎美優紀。
彼女は何故コンバット・ウォーカーが開発されたのか疑問に合点がいったからだ。
「……目標コードネーム"オーガ"だ」
これから篠崎浩司の新しい戦いが始まる。
2章完
2章が完結しました。これから異世界編が始まります。